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1桁No.の同胞達と飲み交わしていた時。
なぜその解呪方法にしたのか何気なく尋ねられ
スーパーセブンが出した真面目な答え。

「毒を毒と定義づけられたのも、役目を果たした廃棄物も、呪いも、皆ヒトが生み出したもの。一方的に忌み嫌い、利用し或いは突き放すのも『かわいそう』だと思ってねえ。だから私は抱えて愛しむだなんて、ちょっと回りくどい真似をしてみてるだけさ。」




巨大な尾を玄関で引っ掛けたビクスバイトは、『八塩折の酒亭』で酒を引っ掛けていた。
夜も更けに更け、一人だけの客を相手どっていたのはマスターであるダイオプテーズのみ。

「お前は本当に酒選びが上手いな」
「君の顔に呑みたい物が書いてあるだけだよ」
「そんな単純かね、俺は?」
「どうかなあ、単純だったらビールジョッキ出すし」
「純違いだろそれは」

ようやく、綻んだ。

最近の激しい変化の波に逸早く危機を感じていたのだろう。

彼は根が真面目である。
混沌を深く噛み締め、深刻な自体をまともな精神で伝えるのが己の役目であると…遊郭でたまにハメは外しはするが。

そんな彼に差し出したのは吟醸酒であった。澄んで、旨くて、そして重い。




赤ワインを注がれたグラスをゆっくりと…半時計回りにスワリング。

「おや、珍しい」

珍しい客ルビーに対して、これまた珍しい事をしたなと素直な感想である。

「少し渋みが増したかなと」
「ボトルキープを始めてから十余年経っちゃったからなあ」
「ふふ、すぐに飲み切ると当時は思ったんですがね」

忘れていた訳でも嫌いになった訳でも無い。
ただ、飲み切るのが惜しいのだとルビーは今ようやく気がつけたのだ。
息を吹き返した赤ワインを一口、舌鼓…

「マスター、私は過去にこだわりすぎなのでしょうか?
たまに、皆の再起の足枷になっていないかと不安になるのですよ…」
「じゃあまずは私のために飲み切ってほしいな」
「え?」
「贈られてきたワインには『祝福』『労い』の意味があってさあ。でもせっかくなら良いのをやりたいと、より年代物であったりより新しいのだったりととにかく順番待ちが多くてねえ」
「一体何の事です?」
「ルビー、君に感謝したいヒトで渋滞中なんだよ。数で言えばあの親子が相当だし、次点でファミリーからだし、最新だと例の個体のコが贈りたがってさ〜」
「いつの間に…そんな………

判りました、マスターの足枷になりたくないですしどんどん飲み尽くしてしまいましょうか」




そわそわきょろきょろと落ち着かない巨漢。
その目は好奇に溢れ、澄んで輝いている。

「こういう建物は珍しかったかな?
スティヒタイト…じゃなかった、サッちゃん」
「サッちゃん!」

呼び方が余程気に入ったのか、満面の笑みを浮かべて足をばたつかせている。
耐震性の強さには定評なのに揺れる揺れる。

この男、スティヒタイトという暴漢だったのだが…転生の呪いの影響でサーペンティンなる幼き少女に体の主導権を奪われたようだ。

「おじちゃんはなんておなまえ?」

虚空に向かって話し掛けた。

「あれ?どうしたの?
…どっかいっちゃったあ」
「ごめんね、あのおじちゃん静かに呑むのが好きなんだよ」
「そうなの?なんかききたいのかなとおもってきいたのに」
「女のコが来るのはうちじゃあ珍しいからね〜、つい見ちゃったの」

共に小首を傾げる

「はい、サイドカーもどきジュース。サービスだよ」
「あ!このまるくてきらきらのきいろ、なぁに?!」
「レモンだよ。ちょっと漬けておいたね。それは食べてもいい物だよ」

喜んで頬張る彼女を、物陰から見つめる小さい常連客は微笑んでいた。




「だいぶご無沙汰だったねえ。
部下は?
ああ、あのホテルなら金払い良い客には仕事してくれるもんね」

独り言ではなく、これでも客と対話をしているのだ。
首周りを覆っていた帯状のモノがゆるりと解けると、あらわになるのは人の輪郭を失った顎である。

「噂通りマフラーじゃなくなったんだ、よく動くねソレ。」

だが『ソレ』の詳細は判っていない。
崇拝する邪神からの恩恵の延長である事以外は。

「変化とか進化とか色々表現はあるだろうけど、トーリが『成長』した証じゃないのかい?」

アーモンドの香りがするウイスキーが濃厚なカクテルを差し出した。

「氷たっぷりにしといたよ、普通の倍入れちゃった。

なんの酒かって?マフィアの酒さ。
『薔薇』はウイスキー強めを好むし、『蝶々』は甘めを好む」

トリフェーンにとって、ダイオプテーズはいつまでも誰よりも強い味方であり敵だ。

だから安心して呑める。
ゴッドファーザーを味わうゴッドファーザーであった。



「はい、甘酒」
「えっ?!これもお酒なんですか?!」
「立派な酒だよ。嘗ての人間なんか、幼少期にドリンク変わりに嗜んだそうだよん」
「そんなにアルコールに強いヒトがいたんですか?!」
「まあ同じ甘酒でもそっちは酒粕が無い方の甘酒だけどね」

あわあわと翻弄されている少年は、大きい帽子と花を模した耳飾りが特徴的。

「大人だってアルコールが体質的に受け付けない人がいるし、同胞も例外じゃないよ」
「お酒が呑めない食屍鬼がいたんですか?!」
「ああ、だからクリソコラ君に出せるおすすめの呑みやすい酒といったら先ず甘酒しかないのよ」
「な、なるほど…おいしい…」

ちみちみと呑んで麹の食感を堪能している。
これでも彼も同じ食屍鬼なのだが、未成熟のまま世に放たれたのである。
他の個体にはない不安や危機感を抱くのは極自然な事だ。

「お嫁さ…いや、伴侶もできて、住まいも決まって、これから大人達と付き合う事も増えるだろうと思って、飲み慣れるなら何から飲むのが良いかなと思って……」
「大人の定義も近年益々曖昧になってきたからなあ」
「ぼ、僕はまだ大人じゃないんでしょうか?」
「さあ?でも努力してる旦那さんだとは思うよ。良い旦那かどうかはお嫁さんのジャッジ次第だけどね。」

おどおどとおっかなびっくりだった男の肩の力が抜けたのが判った。




「判った、日付が変わったらそちらに向かおう。
…ああ、どちらにせよだ。現場を見ておかないとおちおち寝てもいられないからな。」

ようやく端末をしまった。
ミントがたっぷり入ったモヒートを一口、喉を潤す。
この青々しさはアザルシスにおいては細やかな贅沢か…

「目が冴えちゃわないかい?」
「あれは言葉のアヤだよ、マスター。
私は何時何処でもすぐ眠れるし、起きれる。」
「現役軍人顔負けの特技だね。」
「商売だって立派な戦場さ。」
「じゃあさしづめ軍師かな?」
「どちらかと言えばそうか。
思い通りに事が運ぶと…」
「気持ち悪いよねえ」
「ふっ、さすが名軍師。
よく判っている。」
「『名』じゃなくて『元』だよ。」
「それは失敬。」

くくっ、と苦笑。

「そうだ、私はどう動くのか読むのが楽しくて続けているのかもな。」
「へー、じゃあ以前は退屈だった?」
「あまり記憶に残っていないから、きっとそうだ。」
「エメラルドはアメジストの事好きね〜」
「あまり適当な事を言ってもらいたくないな?」
「だから『元』って言ったじゃん?」




「よお、マスター。
一杯引っかけに来てやったぞ。」
「一杯だけなの?」
「相っ変わらずだな」

お互い目の笑ってない笑顔で始まるいつもの応対である。
食屍鬼も肉体派ばかりではないが、口で負かす事に徹底した個体はこのサファイアくらいだろう。

「酒が旨いのは認めるけどよ〜、スタイル維持と話術のため深酒しないって言ってんじゃねーか」
「判ってるって、君にとっての貴重な一杯だって事は」
「そりゃどーも」

はいどーぞ、と差し出されたカクテルはブラッディメアリーだ。

「…マスター、隠し味は『誰』だ?」
「卸したての20代女性のだよ。賭博場で撃たれたみたいだけど本人も状態もそりゃあ綺麗なもんだったね」
「……濃いなあ、いや旨い濃さだけどよ」

心の臓直搾りの血は、トマトの酸味をほとんど吹き飛ばしていた。見た目では気づけないくらいなのにどんな配合をしたかは、いつもの『企業秘密』だろう。

「とんだ偶然だよな?賭博場にたまたま来たっていう誠実な男から依頼が来たんだけどよ、一目で惚れた女が20代でな、結婚やらを提案して賭博場から離そうと必死になったらしいが、女は金よりも勝利が欲しいから生涯此処に巣食うって聞かなくてな」
「勝負師〜」
「最期まで勝ったんだよ、だから女に勝てねえ馬鹿が躍起起こして撃って勝った気でいやがってよ。で、しかもやらかしたのが客じゃなくて役員側ときたもんだ。」
「おやおや、そう言えば私に安く提供してくれたからお釣りはいらないと言ったら『癡』から頼まれたって配達のバイト君が言ってくれたんだよね」
「揉み消す気満々じゃねーか、雑魚がよ。…良いこと思い着けたぜ、これで痛い目に遭わせてやるか」
「誠実くんからどれくらい詰まれたんだい?」
「そりゃあもう…。あ、報酬貰ったら今度はいっぱい呑んでやるわ」
「それはそれは。私も『女王』も楽しみに待ってるからね」




テキーラをジョッキで呑めるのも嗜めるのも彼くらいだろう。

普段は、酒の勢いに任せて罵倒暴言をする者の酒の席に付き合う事が多く『酒は神も好んで呑む夢見る毒』と称するくらいであったから酒は苦手かと思ったのだが…

「嫌いと苦手と出来ない、は全て似ているようで違うのだよ」
「毒が好きなヒトもいるもんね」
「今回の展示品の一つに彼をモデルにした物もあったのだが、気迫があるとウケが良かったね」
「あの人の毒は神も殺せそうだしなあ」

と、会話の最中さり気なく煽ってジョッキを瞬く間に空にしてしまった。
展示会のため正装をした上品な身形に反して、体型通りの豪快な呑み方をしてくれたものだ。

「新入りの二人がとても良く働いてくれるお陰で、今回はいつもより作品を多く出せたね」
「ワイルドホースにとって、あの壁画は作品の対象外?」
「あれを描いたのは…私であって私でないのだよ。
薬毒に負けて暴走した、哀れな化物さ」
「薬も酒も、頭からじゃなくて口から飲みたいよね」

ああ、だからショット(射つ物)は避けたのかな?
とふと思ったダイオプテーズであった。




「確かにビックスは常連客の中でも特に来る方だけど、今日は来てないなあ」
「なんだあ、会えると思ったのに」
「彼も忙しいんだよ」
「えー?」
「遊ぶのに忙しいんだよ」
「え〜」

納得してない様子。
未成熟の食屍鬼も何人かいるが、この子は特に幼いような気がする。
額の広さがベビーフェイスに拍車をかける。

「なんか頼んだ方が良いのか?俺、一人で店来るの初めてなんだよ」
「おやおや、ビックスは大事なことを教えてくれなかったんだね」
「いっつも先に何か頼んでくれるからなあ」
「例えば?」
「ん〜黄色っぽい透明のやつをよく見た気がする…」
「じゃあこれかな」

ホワイトラム、ホワイトキュラソー、レモンジュースを容れてシェイクしたカクテルを差し出した。

「……あっ、そうそうこんな感じ!
俺が来るとビックスは皆にこれ奢ってんだ!」
「ちなみにXYZっていうカクテルだよ」
「何だそれ、薬みてーな名前なんだな」
「お酒だよ」

こんな事を言うあたり、ビクスバイトが見てぬ所で薬物の交換をしていた輩がいたのを小耳に挟んだのだろう。

「それにしてもクリソベリルはビックスが好きだねえ」
「だって一番カッコいいし」

最上級の笑みを見せてくれた、無邪気で可愛い後輩であった。
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静寂が続く。
グラスを磨いているダイオプテーズの思考を、琥珀色のカクテル・ゴッドファーザーを舐めるように嗜みながら『読んでいる』のだろう。

「ふむ。

貴方の作る酒は旨さが約束された味ではあるが、貴方と来たら複雑極まりないな」
「そうなの?グラスのヒビの具合見て使えるかどうか考えていただけよ?」
「うっかりヒビを入れてしまったのは……へえ、私が見たこと無い個体も来るんだね」

大きく翅を伸ばすこの異形もまた食屍鬼である。ラルビカイトといい、力づくで読心能力を得た、静かな暴君たる組長だ。

「………うむ、翅は飛行にも使えるし収納も出来るよ。便利さ」
「便利だねえ、夜鬼ちゃんが飛んで逃げても追いかけられるね」
「真面目な子達に見えたが仕事を抜け出す事もあるのかい?」
「いや、君から逃げようとしても逃げにくいだろうなあと」

頭を抱えて笑いを堪えている。

「ああ、何を考えているのか判っても何を考えているのか解らない」
「よく言われるねえ」
「だろうな。
ああ恐ろしい、思考が読めないのに…何故だろう、ふふふ、笑いが………止めたまえ、なんて事を考えてるんだ貴方は」
「なになに?言語化して?なんて言えば良いのか私にはわからないよ」
「くくく、そう来たか。
それじゃあもう一杯くれないかい?」

酒は、密を解く蜜。




「…本当に繋がっていたんだな」
「やあ、ようこそバーボンハウスへ」
「は?」
「バーボン以外もあるから安心して」

『特別な扉』から入店してきたのは、傷面にみすぼらしい服装…屋内続きだからこそ許される裸足の食屍鬼ヘリオドールである。
彼は闘技場で引き籠もって闘い続ける男だが、その闘技場は世界的に見て反対側の大陸の国に位置している。安易な来店を叶えているのは空間移動技術が施された『特別な扉』による賜物…

「そうか、じゃあピンガを」
「はいよ。えーとカシャッサは何処だったかな」
「ピンガと言ったんだが」
「うん、だからカシャッサを探しているんだよ」
「ピンガだっつってんだろ」

イライラし始めている。
とりあえず一杯差し出した。
冷えてはいるがロックではない。サトウキビがほのかに香る。
彼はそれを一息で飲み干した。

「旨いな、良いピンガだ」
「カシャッサだよ」




「イオ〜、わいもなんか呑んでみたいんや〜」
「なんかと言われましてもねえ。何が良いですかな」
「おすすめの酒とか無いん?」
「養命酒かな」
「おーそれそれ、ってその酒かーい!」
「元気良さそうだから大丈夫そうですね」
「酒〜!」

ダイオプテーズに張り付くようにぐるんぐるん回る、尾を引く光る物体。
この方こそ食屍鬼に愛され食屍鬼を愛する邪神モル様である。
ただ、時代の流れにより信仰が薄まったら存在感まで薄まり、今では光って飛ぶ謎生物化してしまっている。

「本当に何を出せば良いのか判らんのですが」
「じゃあイオが呑みたい酒とかどうや」
「私が呑みたいのですか、それなら……」

和酒を2本持って、同時にしかし適当な割合でグラスに注いだ。
清酒と濁り酒が、アルコール特有の妙な渦を巻きながら奇妙な混ざり方をする………

「それもカクテルかなんかなんか?」
「清濁併せ呑むというカクテルです」
「あ〜〜、なるほど。
確かにイオの酒やわ!がはは!!」

邪神はこの酔狂な信者が大好きであった。




『特別な扉』を持つ者は何人かいて、彼もまたその一人。そして皆に共通して辿り着く先が…

「よーう、久しぶりぃ。
いつもの頼むわ」

時間帯が時間帯ゆえ貸し切り状態の酒場である。

「バーニィ、尻尾なんか振っちゃって動物感あるわ〜」
「んえ、振ってた?」

漆黒の鰓と背鰭と尾を持つ彼もまた食屍鬼である。名はバーナクル。
彼が着席したとほぼ同時に一升瓶泡盛と茶碗を差し出した。

「あ〜、これこれ。やっぱり良い香りだわ〜」
「それで、子供はどうなったかな?」
「無事に産まれたよ。ちなみに『付いてる』方だ」
「おめでとう。11人目だっけ」
「…12人目だよ」
「そっか」
「そうだ」

茶碗に波々酒を注いで煽る。
高い位置から注がれ、泡立つ…波々入れるが溢さない、そして煽る…

彼が子の数に意固地になるのは、一度きりの事だが、12週を前に母胎の中で成長しなくなった我が子の存在を知ってしまったからだ。

当時、事態を伝えたのはバーナクルだが、事態を理解させたのはダイオプテーズの方である。
だから全てを把握した上で二人は恍けも正しも繰り返す。
酒の泡沫にあの子を連想しつつ。




狭い視界、体はふわふわする、しかし思い通りに手足は動かせる。
いつも通りの酒場……

ではない。

「うーん、完璧だなあ。
提供する酒が無い事は除いて」
「ちっ、やはりそうか」

此処は、『八塩折亭の酒亭』の内装を再現した夢の中。
未成熟の食屍鬼クリソプレーズが作り出した夢の中だ。
彼も訪問歴はある。その時の記憶が再現されているのだ。見覚えのある嘗ての床染みが物語る。

「夢の中でも感覚ってあるの?」
「あるぞ。私はそれでたまにヘリオドールに稽古をつけてもらっているし」
「ゴリラは草で、食屍鬼は人肉で、君は夢で筋肉が付くんだね。
じゃあ味覚もあるわけだ」
「うむ」
「でも酒が無いんだよ」
「うむ」
「店に来てね?」
「うーむ」

返事を濁すと同時に周囲も濁ってきた。

「濁醪が君を待ってるぞ」
「お前は待ってないのか」
「さあ、もしかしたら私の方が夢の中にいるかもしれないし」
「ふ、人の睡眠時間まで私が操るわけにはいかんな」

それを最後に、夢はフェードアウトした。




「うーん、美味しいねえ。キールロワイヤル。
円味があるというか、呑口がすごい良い。」

尾を優雅に振りながらカクテルを満喫しているこの異形も、一応食屍鬼であり、名をアンモライトという。
下半身が巨大な獣の肉体で、その体型から立呑をせざるを得なかった。
シャンパングラスに振れる手は紅くて細い。

「この繊細で優美な泡立ちがたまらないね。」

長い前髪を少しずらしながら、また一口。髪の間から焦点の合わない紅い瞳が一瞬見えた。

「………マスター?」
「ん?」
「聞いていた?」
「ああ、聞いてましたよ」
「なら良いけど。
あ、おかわり欲しいな」

くっ、と飲み干し空のグラスを差し出す。
淡々とカクテルを作るダイオプテーズ…。

「君って何処所属だったの?」
「何処と言いますと?」
「何処の軍に雇われていたのかなって。
さっと調べたけど履歴が見つからなくてさ。」
「そりゃ見つかりませんよ、私は戦わないし戦わせもしないし。」
「なんて時代に逆行してるんだ君は、だからクビになったとか?」
「いんや、自主退職ですよ。」
「戦場で最期を迎えずに辞めて店を開いたのかい。君ってやつぁ無血開城という城の無冠の王様じゃあないか。」
「無関心のおじ様ですよ私は。」




「ジェット君や」
「あ?」
「創立記念日」

と、無愛想な後輩に見せたのはエライジャ・クレイグと読めるラベルのボトルである。

グラスにその琥珀色の酒を注ぐと益々樽の香りが強く鼻を刺す。
右目を眼帯で覆い隠し、後頭部から枯れ枝を生やした若い食屍鬼ジェット。彼を少々強引に着席させて呑ませたし、自らも呑んだ。

「いつの間にまた一年経っちまったんだな…」
「2ヶ月くらい早かったかも」
「創立記念日っつったじゃないッスか…」
「当日君がいるか判らないし、今日にしちゃった」

はぁ、と溜め息をつかれる。

「俺がまた長期間遠征行くの伝えてました?」
「そうなの?」
「いや、絶対判ってるだろマスター…今回は『増える』可能性高いのも…」
「もし来たら私『達』は初対面になるかな?」
「『皆』の詳細な人脈は判らねえけど、そうだろう。
…………だから、尚更かもしれねえな。」
「それはそれは、なんとまあ」

きっかけが丸で無かった者が加わる。
複雑そうに、だが真摯に現実に向き合うジェット。2杯目の催促どころかまだ1杯目も飲み干していない。決して苦手なわけではない。無いのは欲だ。

「………そろそろ行くかな」
「早すぎない?まあ良いけど」

二人ともグラスを空けた所でボトルを閉めた。

「香りが残っているうちに飲み干そう?」
「出来たらそうする」
「三人で。」
「それは相手次第だな……」

苦笑しながら後輩は酒場を後にした。




「わ〜綺麗だね〜素晴らしい〜」

9種類の鮮やかなカクテルを前に、のったりした口調ではしゃぐのは、上質な装飾品で身を包んだ食屍鬼モーシッシである。

「呑める?」
「うん、大丈夫」

アルコールではなく、グラスを持てるか否か。
彼は四肢が無い。だがまあ、細かく言えば四肢が短いと言うべきか。器用に挟んで呑んだ。

「おわっ!あまりにも美味しくてびっくりしたよ、うちの専属もレベル高いけど格が違うっていうか!ねえ、何処で修行したの?シショーとかいる?」
「よく喋るね〜」
「だって、口があるならあるだけ使いたくなるじゃん?」

にっと見せた真っ白い牙。

「そうなんだ?私は足はあるけどあんまり動きたくないんだよねえ」
「僕も多分歩かないよ。めんどくさい」

はっはっは、と笑いが同調する。

「いつもは危険を避けるために初めて来る所に行く前に未来予知するんだ」
「それじゃあ私がどう饗すか判っていた?」
「ふふふ、それがねえ………
びっくりしたよ、何されるか判るけど解んないんだ!」
「なんだか聞き覚えのあるフレーズだなあ」

天も予測の付かぬ男からの饗し、モーシッシにとっては最高に恐怖であり愉快でたまらないものだ。
何が起こるか楽しみにしながらカクテルを呑んでいく…




ボトルキープの酒も増えてきて、こまめに整理をしているのだが……いつまでも封すら空けられていない酒が一本ある。
思いきって、酒の主の前に差し出してみた。

「グアノや」
「…………」
「ヤスカタ」
「なんだ?」
「一杯どうだい?」
「あいつが来てからな」
「そっか」

交渉失敗である。
この『足の無い』食屍鬼はヤスカタという名ではないが、グアノという不名誉な名を与えられたばかりに、益々反応が悪い。

「ふ、しかし………能も知っているのだな」
「能しかない者でして」
「そこまで潔いと嫌みも無いな。
あいつもきっと喜ぶ。」
「いつになるかな〜」

『善知鳥』と書かれたのラベルのボトルを再び締まった。
「マスター、あの雑魚追っ払ったぜ〜」
「細かく言えば逃げた先に下水道に落ちて流されちまった〜」
「あすこなら、ゴミが詰まらんようにってカッター設置してあるからよ〜」
「以上、オチはあったけどつまらない話だぜ〜」
「ハイわかったありがとう。」

髪も爪も伸び放題、隙間から覗くギラついた牙で笑われると一層不気味で、それが浮いていて、それが何人も同じのがいるわけである。
食屍鬼クンツァイトによる分身能力だ。
彼の『足は無い』。

「ご褒美は何が良いかな?」
「えー」

欲も無い。生前からこうだった。
同胞のためになる事をやり、称賛されるのが彼にとって既にご褒美。
今では『外の事故で済ませたい事』を担ってくれている。
それは大変ありがたいのだが…

「思いつかない?」
「んじゃ、はい。エール。」
「エール」

泡で蓋をされた小麦色の酒を差し出した。

「後処理をする彼に代わって呑んでやって?」
「はは〜、そゆこと!
じゃあいただかないといけねえな!」




「点検終わりましたよ。異常無しっ」
「ご苦労様。一杯やる?」
「そのために今日最後に訪ねたんじゃないですか〜♪」

待ってましたと言わんばかりに着席したのは、やや大柄な食屍鬼のビスマス。
空間移動のための出入り口を管理するのが主な仕事。世界や時空を跨ぐ事も度々あり、多忙。だいたいこの酒場で仕事に区切りを一旦つける。

スパイシー赤ワインと、赤みが強く太いソーセージ数本を盛り付けた皿を差し出した。
ここのソーセージが一番旨いと食べ歩きをする彼には好評である。

「最近、新しい住民も増えたもんだから需要も増えて大忙しですよ」
「嬉しい悲鳴ってやつ?」
「んん〜俺自体には出会いが無いから恩恵が…
肝心な会いたい人には弾かれたし」
「おや、言っちゃって良いのかな?
別の大先輩が聞いてるかもよ?」
「ははは、そんなわけ……
いや冗談でもやめてくださいよ、あの時マジで生きた心地しなかったし…」

目もカラフルだが、顔色がころころ変わって面白い後輩であった。




「なるほど、そう言った解釈もあるか……」
「ところで、此処は酒場なんだけど」
「ああ、もう一杯貰おう」

タブレット片手に、茶の代わりのように酒の追加を頼んだのは、髪を短くして清潔感のある食屍鬼リビアングラスである。

信仰について、他神ではあるが信者としては先輩信者であるダイオプテーズに色々学んでいたのだ。
授業料は、酒。

「信仰を示す為に血染めの衣装を纏っているようだが、やはり効果はあるのか?」
「なんかそう言うと急にファンタジー感出るなあ。効果ねえ、特攻服みたいなもんさ。侠気をモル様に視認してもらいたいみたいな、お気持ち程度。」
「だが複数人揃ってそうしているのだから、正しく信仰の様に思えるが…」
「効果あったとしても、見た目じゃ判らない程度なのかも?」
「ふむ、威光を戻すというのは難儀な事なのだな。」
「ところで…」

グラスに手を伸ばしたがまだ空ではない。
条件反射が出る程同じやり取りを繰り返したせいだ。

「そのカクテルもちょっと宗教絡みなんだよねえ」
「俺はビール以外初めて呑んだと言ったはずだが」
「酒言葉が『無償の愛』のカクテルなんだ。甘めで君にぴったりかと。でも君はどっちかというと父性の強い偉大な人にも思えるからあちらも良いけど、あっちはマフィアの酒だしなあ」

イマイチ話が見えず困惑するが、シェイクも要らずに出来上がるこの簡単なカクテルの名は『ゴッドマザー』であった。

武骨なマザーを信者にした神は、きっと赤子のように小さくも内なる力を秘めているに違いない。




「おや、これはまた随分珍しいお客様だ」

特徴的な特徴がないのが特徴の食屍鬼がやってきた。
レコードキーパー、彼は異世界で食屍鬼シリーズ創始者の護衛を務めている……がしかし単独でやってきたのだ。

「ゴッチェはあるか?
ゴッチェ・インペリアル。」
「あるよ、はい」

ショットグラスと共にボトルを差し出した。

「博士はお元気?」
「そりゃあもう」

注ごうとしたら、自らボトルを取って注ぎ、舐めるように呑む

「どちらかと言えば退屈に殺されそうな感じだった?」
「マジものの殺しは来たぞ」
「博士殺しのままなのは違いないかな。」
「そうだな。博士はあいつに夢中だよ。
いい機会だし、一旦戻ってきた。何十年ぶりになるかもう忘れたが。」
「多分一桁足りてないよ。」

淡々と語らいながら呑み、少しずつアザルシスの味に体を慣らしていくのであった。




「マスター、スコッチウイスキーを。ラフロイグがあったらそれでお願いします。氷は要りません。」
「はいよー」

注文がきっちりしていてマスターは大助かりである。
きっちりしていないのは目の数だけくらいの、食屍鬼でも優等生なアイアゲートが多忙の合間を縫って酒場にやってきたのだ。

「ここに来るまでに注目されなかったかい?」
「されぬように軽度の幻術を掛けながら移動しましたから。」
「怖っ」
「殴り飛ばすよりは平和的だと思いましたが?」

しれっと言いながら着席。
差し出されるボトルとグラス。

「外で酒呑みたくなる日もあるんだねえ」
「ええ。人目を避けたくて引き篭もりたくても、なかなかそうもいきませんからね。」
「人気者はつらいねえ」
「人気者に向ける眼差しはもっと異なるかと」

酒を煽る。丸い氷が音を立てる。

「……ところで、スーパーセブン氏の嗜好は御存知で?」
「君が出してくれる物じゃないかな?」
「………参ったな、当人と同じ事を言われるとは。
………猫の嗜好品は…?」
「猫じゃないから判らないにゃん。」
「マスター」

調子は狂うが不快感は特になかった。
スーパーセブンとダイオプテーズは、同胞同士なのは確かだが特に同じ香りがしなくもない。
だからこそ贈答用の嗜好品を尋ねてみたかったのだが、この有様である。




「マスター、魚!」
「はい」
「肉じゃん!」
「肴だよ」

まるで4コマ漫画である。

「まあいいや、ハムもうまいから好き。
ちょっと塩が強いけど」
「酒に合う塩気にしたからね。」

生ハムを摘んでぺろりと平らげる。

猫を思わせる仕草の、赤目の食屍鬼キャッツアイは、愛する猫達のためにあまり酒は飲まない。

では何故ここに来たかと言えば

「野良は最近いない?」
「お陰様でいないね。猫も人の子も」

彼は孤児院で勤めており、同時に猫を始めとした小動物の保護も行っている。

「そうなんだ、カラスが割と騒ぐっていうから気になっちゃあいたけど」
「カラスが突いてるのは私達の餌だよ。」
「そうか、なら安心。」

保護対象外は意外とドライであった。

「君、捜し人いなかったっけ?
もう大人でしょ」
「ああ、ネヴィなら……
逞しく生きてるよ、きっと。
だって生きるために危険から逃げる選択ができた、賢い奴だもん。生きてるよ。」
「そっか〜」

自分に言い聞かせるように同じ事を何度も言う。
逃げた子には逃げた先のベストプライスがあると、キャッツアイは信じているのだ。

酒をあまり飲まぬ彼は少々お調子者ではあるが、常に正気を保ち、常に現実を受け入れる体制は整えてはいる、根っこは真面目な男だ。




「面白い事考えたね、覚えとくよ。」
「マスターの知恵も必要になるかもしれねえから、まあ頭の端に留めておいてくれ」
「私は注文が欲しいなあ」

苦笑いするのは、右目に特異なモノクルじみた物を付けた食屍鬼コスモオーラである。

「あ〜、んじゃコニャックでも貰おうかな。」
「はいよ。」

四角いグレーのスライムみたいなのが皿に乗って現れた。

「それは!蒟蒻!!
べったべた過ぎッ………!!」
「とぅるんとぅるんだよ。」
「蒟蒻の食感じゃなくて……!!」
「それにしてもマニアックな食材まで知ってるんだね。
で、銘柄指定とかある?」
「へ、ヘネシーリシャールで…」

ようやく、目当ての酒を出してくれた。
濃い琥珀色の酒がストレートに注がれたグラスを差し出され…一気に煽ぐ!

「わぉ、強いね。」
「……っか〜、これもなかなか…!」
「元からなのか、呑める口になるまで鍛えられたのか。」
「そりゃあもう、酒にも毒にもなんだって耐性は付けたい。」
「おやおや、王様に気に入られたくて頑張っていたのかな。」
「そりゃあ、もう………。」

切実そうだ。
この男、なんでもこなせる万能でエリートで優等生に違いないが、大胆なのか小心者なのか判りにくい。テンションの妙な尖りぶりはヲタクそのものだが。

「何したら気に入られるんかなあ……はぁ。
マスター、何か判る?」
「うん。」
「えっ、マジ?!何??」
「弱みも見せる事。」

『それは、難しすぎるなあ……』と、天を仰ぐ彼に黙って酒を追加した。




来店してきたその男は…鬼札柄のアイマスクを付け、酒を求める手は無く畝る触手で、呑む口は背中のぱっくりでかい口…ではなく普通の口の方。
この異形こそ食屍鬼フリントストーンである。

「おい」
「なんだい?」
「何でもいい、気付けの酒を寄越せ」

お望み通り余らせ気味の酒を人便差し出すと…歯で蓋を開け、一口二口喇叭飲みし、後は頭から被った。
彼は、細かい傷だらけであった。何かに突かれた様な貫かれた様な。……銃痕だ。
滴り落ちていた血は酒に混じって流れていった。

「随分な呑み方で。」

だが気の利いた返しもなく、退店していった。ちなみに酒代の返しも無い。またツケだ。

背中の口が半開きで、中から舌と目が此方を覗いていた。臨戦態勢だ。
背中を向けた彼を深追いするのはお勧めできない、あれは全てのものを拒む意思表示。
酒場を吹き飛ばされるわけにはいかないので、フリントストーンには『なるべく』好きにさせていたのだ。

翌日………近所で潰れてミンチになったヒトや車両がいくつか見つかる怪奇現象があったらしい。ラジオの報せがソースである。

「リンってばもう。……なになに、『白い境界』の者らしき衣装が見つかったって?」




「一悶着あったみたいだけど、現世の者だけで解決出来た事なら良かったよ。
まあ、ナンバーを使われた個体は複雑そうだったけどね。」
「どうせ使われるなら格好良くしてもらいたいもんだね。」
「ははは、クォリティが低くて舐め腐ってる感強くて煽ってきてる気満々だったらしいもんな。」

談笑しながらエールと揚げじゃがを堪能していた食屍鬼がいた。

「まあ、しばらくはマフィアどもと遊んでいると思うんだ。
組員増やし始めたタイミングが此方を狙い始めるタイミングになるかと。」
「おや、それは怖いねえ。」
「ははは、他人事じゃないんだけど?
マスターも不戦勝貫き続けるのはそろそろ厳しいんじゃないかな?」
「えー、モリオンだったらどうするんだい?」
「貴方が俺に聞くんかい!
そうだな……おっと、もう来るね。
ごちそうさま、マスター。」

モリオンと呼ばれた食屍鬼は出された物を平らげると、姿を消した。

「やあ、マスター。来ちゃった♪」
「やあカンちゃん、今出すよ。」

来店してきたのは眼鏡を掛けた傷面の食屍鬼カンゴームである。やや肉付きが良い。それと、帽子の下は地肌以下まで抉れた傷がある。
彼が着席するなり、エールと揚げじゃがを差し出す。

「えっ、なんで僕が頼もうとしたの判ったんだい?!」
「好物なの判ってるからさ。」
「僕言ったっけかな?
まあいいや、ありがたい〜」
「ところで、私が人間から襲われたらどうしたら良いかな?」
「急にどうしたの??
しかも貴方が僕に聞くんかい!そうだなあ……」
外食は絶対したくないと断言してしまう食屍鬼がいた。ジプサムという、超潔癖な男だ。
長髪なのにさらさらと清潔感があり、眼鏡はぴかぴかマスクはぴちぴちである。

「呑む以外のアルコールのカバーも完璧なんだよなあ。
メタノールが最も手軽に入手できるからつい当てにしちゃう……」
「山、持ってるんでしょ?」
「持ってますとも。でもこの間の騒動から安定供給の軌道取り戻すのに手間かかってさ〜本当地味に迷惑だわ〜」

彼の愚痴を聞きながら台車に荷物を積み入れる。

酒飲み客でもないのに協力を惜しまないのは、彼が食屍鬼にとって最重要な研究をしている研究者だからだ。

「ところで、マスターは景気どうなんです?
安定してます?」
「ジプサムは研究どうなんだい?
進捗ある?」

ふふふ、と悪い笑みを見せ合う。

「俺が聞きたい事を判ってるようで、ええ順調ですよ。睡眠時間削ってるけど」
「私も順調だよ。貯金削ってるけど」
「「それは削っちゃ駄目でしよ」」
「まあ冗談だよ。
黒字だし蓄えにはまだ手出してないよ。」
「あら嫌だ、俺だけ悪い事になっちゃう。」
「眠れない夜には呑むと良いよ。」
「眠気は来ても暇が来ないんですってえ…」




「やっほ、来ちゃった。
この間はうちのサッちゃんが世話になったな〜」
「おや、君がジルコンかあ。」

信号機を埋め込んだかのような顔の食屍鬼ジルコンがやってきた。
サーペンティンの兄弟分で同じ組織同じチームメイト、なのだが彼女が迷子だと気づいたのは酒場から離れた後である。

「『匂い』に釣られて入っちゃったんだってな。確かにまあ良い香りはしてるけど、良い酒が判るんかな?」

目が黄色く光った。

「おや、じゃあ呑んで確かめてみるかい?」
「いんや、呑みたい気分じゃねーからいいやあ」

目が赤く光った。

「そうかい、お忙しいようで。」
「ああ、そりゃあ……ん?回線が切れてんな??」
「うちは一部通じなくなるからさ〜そういう作りなの。」
「やべーな、益々のんびりしてられねえ!」

目が緑色に光った。

「本当に忙しそうだね、んじゃあお土産を渡しちゃおう。
よーく冷やしたこれとこれを容器に全部入れて、混ぜて、呑むんだ。元気いっぱいになるよ。」
「えっ?!手ぶらで来たのに逆に貰って良いの?!」
「良いよん。サービスだ。」

そうして彼に持たせたのは『3本筋の入った缶』と『えすてぃーあーるおーえぬじー ぜっといーあーるおーと書かれた缶』である。

「ま、マスター!!」
「やあ、ジルコン。元気良さそうだね。」

後日、血相を変えて再びジルコンが現れた。

「ま、マスターの……あれ、酒なんだよな??
言われた通り入れたやつ呑んだら、ぶっ倒れたぞ?!」
「元気そうじゃない?」
「呑んだの、俺の上司なの!」
「あらぁ、私は君にサービスしたのになあ。
上司さんのそれは元気が溢れたんだよ。」

彼の目は忙しなく3色ランダムに光っていた。どうやら彼の感情とリンクしているらしい。
きっと、彼の上司の顔も3色くらい変わっている事だろう。




カツッとグラスに当たったのは顎の義体部分。
ちょっと零れる琥珀色の酒。

「ははっいつもラッパ飲みしてるからよ〜、シャレたグラスでシャレた酒飲むの慣れてねーみてえだ!」

義体は顎に留まらず、手足やらも。両耳もそう。だからか声のトーンが疎らである。
酒を零しながら呑んでいたのは食屍鬼アメジストだ。

「ああ、やっぱりそっちの飲み方のが多いのね。『祭り』でもそんな感じに映っていたもんなあ」
「観た?観てくれた?あれさ、マスターから引き継いだってのも合わさってめちゃめちゃ話題になってよー、けーざいこうかもあったって社長も喜んでたんだぜ〜!」

だから柄にも合わない酒を頼んだのはダイオプテーズへの恩返し、のつもりであったらしい。
『祭り』はアザルシスの年末年始で楽しまれている世界を跨いだ一大イベントの一つで注目度が非常に高い。出場権経路が不明確で、ダイオプテーズもアメジストも突然白羽の矢が立てられた者同士である。

「ところで、あれの中身なんだったの?」
「お酒だって」
「酒は判るけど銘柄っちゅーか〜
なんかしっぶい味したけど」
「えっ」
「えっ」
「呑んじゃった?」
「のんじゃった!
なんかあった?まあ何とかなるだろ、今の所なんも起きてねーし!」

からからと笑い飛ばす。
なんとも勇敢な男だ。




一日どころでなく、これでもかと言わんばかりに多種多様の人と物で溢れ、誰が持ち出したか判らないカラフルな照明やカラオケセットで視覚も聴覚もやかましく、そして酒は………

「ルチルく〜ん今度は何で乾杯するぅ??」
「大先輩スーパーセブンさんの結婚祝いに乾杯しましょう!おめでとうございます!」
「おめでとう〜」
「スーパーなんとかさんおめでとう〜」
「うえ〜い」

こんな調子であらゆる酒を呑まれたわけで………

「ルチル君〜」
「はい何でしょう、マスター!」
「酒、これで終わりね。おつまみも。
もう全部出しちゃったよ。冷蔵庫も棚も空っぽ。」
「あら〜呑みきっちゃいましたか!では今出してるの呑み尽くしたら精算してもらいますね〜」

この、頬にⅩⅦと彫られた食屍鬼はルチルといい……ヒトに最高の一時を与えるかわりに財産を食い潰す呪いを無自覚で出す恐ろしい個体だ。

酒場の酒と食糧が呪いにより全て出し尽くされたのだ。売上にはなったが、明日客に出せる物が失くなった。

この状況を打破するためには……。

「買い出し、行かないとなあ。スーパーセブンにも協力してもらわないとなあ」
「え!呼ばれるのですか!僕も逢いたいなあ!」
「君はあの人が好きだねえ、付いてきても構わないよ。」
「あの人と静かに呑むのが、僕は一番好きなんです!」

あれだけ盛大に騒ぎ通したが、最も好きな呑み方がそれである。
小憎い男だ。




たしか、開店して間もない頃の話となる。
今はもう怪獣のような超巨体になり来店できないからだ。一応異業種向けに特大サイズの玄関も、空間移動扉も設けてあるのだけど、文字通りの規格外になってしまった。

とは言っても人の形をしていた当時も異質だった。
巨躯に全身傷だらけ、何より印象深いのは……

「フォーダイトって」
「なんだよ」
「瞬きしないんだね」

そう、瞼はあるのに常に目をかっぴらいている。

「瞬きしている間に討たれる」
「爬虫類みたいだなあ」
「あんた喧嘩売ってんのか」
「いや?売ってるのは酒と飯だよ」

彼の仕事場は本格的な戦場ばかりの生粋の軍人だ。
常に死と隣り合わせ。

「ったく、噂通りだ。
あんたが相手だとペースが乱されるぜ」
「噂になっちゃってたか〜」
「当たり前だろ、上の奴等は俺達が血を流す所を見てえのに
あんたと来たら血を流させねえやり方をしやがる。
異端だぜ。
俺が思うにあんたのがよほど異世界派遣に向いて…」
「」
「」

不思議な事に、この時交わした話や提供した酒や
どう見送った等、どうにも思い出せないのだ。
別に殴られたわけでもなく、
記憶操作の異能を仕掛けられたわけでもなく。

こういう、事実はある中で記憶がブレる瞬間というのは
実はアザルシスでは珍しくもない。
異世界に関わった結果、知らない所で
歴史が変わったという通説があるのだ。

最近の異能力者の証言で言うと『フラグが変わった』




流行りのポップ音楽が流れる店内。

「カフェみたいになっちゃったな」
「マスターのおすすめでも良いんですよ?」
「おすすめか、はい」

コト、とテーブルに置かれたのは
コーラ割りのイエガーマイスターである。

「ふふふ、俺は音楽の事を言っていたんですが。
たしかに流行りの酒はご存知なんですね。
死んでからも音楽と酒が楽しめるここは本当良い所だなあ」

感性は若者だが、この食屍鬼はレピドクロサイトと言い
目と耳と頭部が欠けた、『此処』の新入りである。

「そういえばジェット君、最近見ませんね?」
「あれ、聞いてなかった?
出張行ったんだよ」
「マスターからその口で業務連絡を聞いた事ないなあ…」
「頭から聞かないの?」
「マスターの頭から必要な情報だけ読み取るのは難しすぎてですね……」

彼は読心の異能力者。
それにしてもこの手の能力者から
大体同じ様な返しを受けているのは気のせいだろうか。

「俺の異能が彼の助けになれば良いんだけどな。
素直で良い子だけど意地っ張りのようで、
思考の凝りみたいのが解消できたらなあ」
「聞かれたら殺されそうだねえ」
「ははは、もう死んでますって」



これは相当な年代物、3桁年の時空を跨いで呑まれる赤ワイン、
頼んだ食屍鬼も年代物である。

「うーむ、この深みが良いな…」
「相当渋くなってるから呑めるの君くらいだよ。」
「皆舌が若いのだろう」
「そんなとこかな」

ドヤ顔をするこの食屍鬼はローゾフィア。
顎の割れ痕が特徴的。
何人か現存している古株の中でも扱いやすい単純さが特徴でもある。

「それにしても時を遡っていると…
セプタリアンの奴が王位に就いているのが未だに信じられんし、
初だと世間で認識されてるのもなんだかな」
「いやあ、だって君は城主ではあるけど自称魔王だし」
「じ、自称と言うなっ
それもそうだが俺が言いたいのは
他にも王位を継いだ個体がいるのになとだな」
「え、それは私も初耳だけど?」

この年代物は旧い情報を蓄えていて、
それは他にない貴重な内容も割とよくある。掘り出し物。
「『契りの指』という小国が海域の関係で孤立した結果、
人間故に途絶えそうになった王位を
雇用した食屍鬼に継承させたという話がある。」
「へ〜」
「ただ、雇用主であった王族は『無明の繭』の流れ者でもあり…」
「へ〜」
「国の配置的に『縢りの手』周囲の挟み撃ちも危惧されていたが、
俺はそれは無いと思う。」
「あら、急に君の感想になっちゃったな。
会ったことの無い個体への信用の根拠は何かあるの?」
「同胞だからな!」
「ふ〜ん」
「ざっくり言い過ぎたが、彼には彼の思惑があると俺は思うのだ。
ウオズミ博士製の個体が皆戦向けの傾向はあれど、
争事に赴くとは限らんと思うのだ」
「ふーんー」
「き、聞いてないな?!
よし、根拠になりそうな物を見せてやろうっ」
付き合いが長いだけあり、こちらが聴き分けているのを把握していたようだ。
そして差し出されたのは、何やら可愛らしいラベルの包入り茶葉。
『妖精の十字茶』と書かれている。
「市場でイヴが購入してきたようでな、ほらここを見てみろ」
「お〜これは、『契りの指』産。
アザルシスの国産になるね」
「俺も驚いたぞ、まさかこの世界でしかも植物性の生産物がな…」
「私は驚いてないよ」
「驚いてくれ!
お前も茶はノーマークだったようではないかっ
とにかく、兵器でもなく犯罪を匂わす物でもない物を作るやつが
悪いやつとは思えんのだ!」
「どうかなあ」
「賛同してくれ?!」



目の前でカクテルを作り、来客に差し出す。
来客はそれを一口……

「うーん……
貴方と寸分違わず作るのに、この味の違いはなんなのでしょうか?」
「なんだろうね〜。
真似できたら二代目してもらえるのに」
「私はユークレースに尽くす事で忙しいので、出来ても遠慮します。」

そう言い切るのは、
モノクルにより如何にも理知的な雰囲気を醸し出している
食屍鬼ターフェアイトである。
飲みに来たというよりは『覚えに来た』。
彼は、桁違いの数値や膨大な工程数の動作等をそのまま記憶できる。
異能だ。
普通の人なら技術料の儲けで賄うのだから、
見ただけで技術を盗まれたら黙ったものではないのだが、
どうにもここのマスターには通用しないらしい。

「…そう、私はユークレースのために
酒作りのバリエーションの幅を広げたかったのですが」
「聞いてないよ」
「しかしどうにもこの味を完全再現できないのです…
道具に温度に素材に、動作の回数や早さや強弱も
寸分違わず同様にしているのに、何が違うのでしょうかね…」
「なんだろうね」
「答えてもらえないと困るのですが」
「答えたじゃないか、なんだろうねって」

相手は不満そうだが明確な答えである。

「ああ、でも一つ手はあるな」
「えっ」
「ユークレースなら判るかも。
全く同じに見えて何処かで歪みや違いが発生してるの計算できるかも」
「ああなるほど、さすがユークレースです。
私の求めている答えをいつも出してくれます。
思えばあの時の………」

以下、閉店時間きっちりになるまで
ユークレースについて語ったのであった。



その男は逞しく、勇ましく、自身に満ち溢れ、
潔いくらい堂々としており、美しさすら感じさせた。

「マスター、これは私のお気に入りのスカーフでね。
柄も良いが何よりひらひらしているだろう?
腰掛けた物が大破する予兆を知らせてくれるのだよ。
座椅子に敷いても構わないかね?」
「どうぞどうぞ」

宣言通りの動作の後に徐に腰掛ける…軋む座椅子、
男が重いからではなく、男から放たれる『圧』による影響だ。
そしてゴッドファーザーを一口…ではなく一飲み。

「私にも専属のバーテンダーがいるがな、これは君にしか出せない味だね。」
「判る?」
「私は舌も利くのだよ。」
「そうかい。ところで落ち着いて?」
「失礼、猛りがなかなか冷めなくてね。
此処に入る前に『体に入れられた』んだよ。」

ほら、と差し出したのは人の指ほどありそうな大きさの銃弾。

「右肩にこれを撃たれたんだ」

だが右肩にはなんの跡形もない。
左肩には青薔薇の入れ墨が大量に彫られているが。

「貫通はしなかったよ、ただだいぶ深く刺さったね。」
「治療のアテがあるんだね」
「治療のアテは私には人の数だけあるさ。君もその一人…」
「ああ、はい。」

銃弾を指先で摘み潰す。
もう真っ平らの金属と化して原型が判らない。

「この店の周りもなかなか物騒だね」
「デザートローズが人気者なんじゃないのかい」
「ふふふ、判ってしまったかい?」
「うん、ところで落ち着いてね?」
「さてどうかな。部下ならいつまでも待たせれるけれども」
「私はBB弾でも倒れちゃうよ」
「またまた、君は全力を見せた事が無いだけでは?」
「疲れるだけだもの」
「爽快なのだがね。」

男は部下を車に残し、惹き寄せられるように此処で呑んでいる。
個体差を…いや個人差を感じつつ酒を嗜むのであった。

全裸で
首を傾げながらこちらを見詰め続けるのは
笑顔の絶えない未成人体の食屍鬼クリソライト。
諸事情で依頼者の名は出せないが、秘匿のモノを運びに遣って来た。
俗に言うおつかいである。

「なんか気になる事でもあった?」
「ん〜……
強そうに見えねんだけど、皆大人しく呑みに来るワケがわかんねえなって」
「君も素直だねえ」
「あーいや、悪い意味じゃあなくてよぅ?!
俺の知らねえ強みがあんのかもしれねえけど、俺ぁ本当に弱ぇからさ。
参考にしてぇなと」
「強みねえ、まずは何か頼まないと判らないね」

言われてから何も注文していないのに気づき、カルーアミルクを頼んだ。

「おや、何処で知った?」
「姐さんが作ってくれた事あってさー、これなら呑めそうだなって」
「そういえばシリカちゃんの弟子だったね君。はい」

コーヒー…に見せかけて
アルコールがしっかり入ったれっきとしたカクテルを差し出す。

「彼女らしい気配りだなあ」
「ええ本当たまに女より女っぽくて………って旨?!
何コレ旨?!
アルコール入ってんのわかるけど酒特有の嫌な苦さが無くて旨?!
何したの?!」
「リキュールとミルクを入れて混ぜた」
「いやいやひょっとして特上のやつ?!なんか異能使った?!」
「そんなことしたら値段が20倍になるかもよ。
あと私には酒作りの異能は無いねえ」
「マスター誰に学んだん??」
「いや?私独自のやり方だよ」
「うわ〜…………」

真似できない業を身を以て知ってぐったりする。
リキュールが強かっただけかもしれないが。




綺羅びやかで特異な衣装を身に纏い
ピンクレッドに染めた豊かな毛量の頭髪で
得たいの知れないゴージャス感と強者感を醸し出している彼も
一応は食屍鬼で、名はハイパーシーンという。

「仕事の合間に良い所を教えてもらえたなあ」
「衣装着たまま来ちゃったんだ」
「着替える時間が惜しくてね、それに僕は目立つのが主な役目だし」
「その割に武勇伝は聞いた事無いねえ」
「暴力を使わず目立つこと、を僕の売りにしないといけないんだ。
…あ、ひょっとして
マスターから何かヒントでも貰って来いって意味で
マネージャーは此処を案内したのかな?」
「バーテンダーアイドルにでもなるの?」
「無血開城の方だって、ふふ」

ストレートのブランデーをまた一口呑みつつ微笑む。
跳ねないよう氷は入れず、且つゆっくり舐めるように呑む。

「…上流階級の方々はこういう酒を嗜んでいるのかあ
樽の香りがなんだか贅沢だね」
「それがかえって苦手って人も割といるけどね」
「馴染みの無い香りや存在から
違和感異質感嫌悪感が生まれるはよくある話だね。
僕も食屍鬼の中じゃあ異質なんだろうな」
「そうかな?」
「ん?」
「『私を食べてシン様〜』とか、食屍鬼の才能あるよ」
「ちょ………あれは、声援だって。判ってはいるよね?」
「一部の上流階級のババ様も
『どうせ生い立ち短いしお気に入りの子にたっぷり貢いでから喰われたいわ〜』
とか言ってるもんね」
「はは、僕はその辺りの層を味方につけて
最終的に世を味方にしなきゃあならないんだ」
「大層な目標だね」
「マネージャーの目標なんだけど、僕はそれが気に入って賛同したんだ。
他の個体も成し遂げてない事だよね?」
「無いねえ。アザルシスは血を求めてる人ばかり
異質な私も違和感や嫌悪の対象になったもんだけど
君はそれ以上の道に踏み込むわけだ。
だから私はむしろアドバイスをいただきたいくらいだね?」

僕は酒を頼んだ側なのにな、と
しかし柔らかい笑みを返しながら酒を煽るハイパーシーンであった。




「マスター、一杯良いかな?」
「ああ、いっぱい呑んでどうぞ」

そんなに呑めないさ、と優しく微笑みながら
着席したのは食屍鬼パパラチア。
サングラスをしているが、レンズに反射が映らない。

「はい、ブラッディ・メアリー。」

赤いカクテルを差し出す。
スピリタスが多めに、胡椒は少々振ってある。血は入っていない。
それを一口………

「何年ぶりかな、呑めたの」
「9年ぶりかな」
「ふふ、絶妙な適当さはさすがだね」
「それが私の売りだもの」

肩の力を抜いてリラックスして呑むが、使う酒が強烈なのはご愛嬌。
これくらいでないと呑んだ気がしないと言う。

彼には大変世話になっている。
開店当時は金はあるが品がない客が度々現れた。
その時酔い潰れたと見せかけて仮死状態にさせたのが彼の力。
それが落ち着いてからも、様々な霊に対する処置のための
システム構築に必ずと言っていいほど携わっている。
『こちら』に来る前はその倍は忙しない日々を迫られたので
本人は気には留めていないが。

「本当に、生き延びるコツは適当に済ます勇気を持つことかもね」
「私には抱えるモノがあまり無いから出来てるだけだよ」
「おや、そんな事を言ったらモル様が泣くよ」
「モル様に命を捧げるなんて罰当たりな事出来ないよ」
「ははは、ではマスターは適当じゃなくて適度に過ごせているんじゃないのかい」
「長生きできてるならそうかもね」

パパラチアは、完璧過ぎた。
暴力、財力、権力、人望人脈、家族も同胞も深く愛する。
非の打ち所がない完璧な存在。
だからこそ慕われたが、だからこそ恐れられもした。

「ヒトは逃げ場を遮られ追い詰められた時に牙を向ける、それも猛烈に」
「噛まれたんだね」
「お陰様でバラバラに。でも私は同胞と共に生きている。」
「噛んだ側は狂って交通事故起こして亡くなったんだっけな」
「車内で自分のウエストより細くなる程潰れてしまったようでねえ。僅かに残された金歯でようやく身元が判ったとか」
「車内じゃあないけど、似たような状態でアメジストは生きていたのにね」
「彼は強いし頭も冴えている。生き延びれたのは、体が丈夫なのは勿論だが何処を重点的に守れば良いかしっかり把握していたからさ。適度な処置ができていた」
「で、生き延びたけど欠損した所は『君』で補っちゃった」
「大丈夫、彼は適当な過ごし方も心得ている」
「完璧になる心配はないって事ね」

夜は更け、そして明ける……




馴染みぶりが早いというか、とにかく忙しない印象である。
パパラチアやガーネットと語り合いをしていたかと思えば
レピドクロサイトやクンツァイトと興じていたり
グアノと重い空気を漂わせたり
ジェットが来店した日には密着状態になったり………


「なんと、私がそんな忙しなく思われていたのか」
「そりゃあもう」
「此処に早く慣れたいと思ったし、楽しいからかね。」
「はしゃいでいるのは伝わる」
「はしゃぎ過ぎてジェットに叱られるのだよなあ」

ははは、と爽やかに笑うのは
頬の十字傷と白いウィッグが特徴的な食屍鬼スタウロライトだ。
彼の生前の情報はあまり得られず人物像が把握しきれていなかったが
誰よりも判りやすく熱くて爽やかな妖精ヲタクであった。濃い。

「どうも私は他の者とズレた認識があるようなのだが
それがはっきり明言化出来んのが悩みでなあ。
独りが長かったせいだろうか?」
「独りが、っていうか異世界節が強い感じかな」
「異世界節」
「アザルシスの者だけどアザルシスに馴染めて無い」

ああ………と、溜め息を漏らすように納得しながら酒を一口。

「言われてみれば私の人生、異世界にいた時間のが長かった。
そうか、私はまずアザルシスに慣れねばならなかったのだなあ」
「まあ別に誰も義務付けてないから焦らなくても良いけども。
ジェット君はさあ、あの子真面目だし
異能の精度に関わるから口煩くなっていたし」
「なんだって、異能にまで?!」
「たぶんきっと」
「多分なのか……」

ダイオプテーズの適当さも判ってきたようだ。

「……うーむ、しかし不思議な物だが呑めてしまうのだな。
それにこの、マスターが入れる紅茶ハイはどうしてこんなに美味いのだ…」
「なんでだろうねえ」
「職人技としか言えないか…所で、その腕を引き継ぐ者はいるんで?」
「いないねえ、弟子とか取ってないし」
「なんだって……惜しいが、だが私も後継者の事は考えずに
生前必死になっていたから判らなくはないな」
「必死になった事はないなあ」
「ふふ、天才か」




その整った顔で笑みを浮かばれたら、大凡の者が美人と思うだろう。
仕草一つ一つでも、品の中に艶めかしさがある。

「此処で嗜められるとは、思いもしませんでしたね」
「元禄の大古酒は手に入れるのも管理も大変だったね〜」
「ふふ、お酒は勿論ですが
貴方の元で呑めてる事実に感動していたのですよ」
そう語るのは最近登録されたという
特殊な食屍鬼カルメルタザイトである。
生まれからして先ず相当特殊。

「兄弟達も嬉しいのか蠢き続けていてですね…」
「あ、やっぱり動いていたの。腹芸の角度じゃなかったもんね」
衣服で隠してはいるが完全にではなく
呼吸をしてるのか眼球への配慮か定かでないがその歪な腹部が見えていた。
カルメルタザイトは食屍鬼複数人が合わさり、形成された異形の食屍鬼だ。

「つまみ、なんかいる?」
「話を摘んでみたいですね」
「そう。

そういえばグアノが君に感謝していたな。
一時でもサニディンと再会出来て嬉しかったって」
「おや、大先輩から感謝されるとは」
「かなり珍味だよ」
「様々な事象が重なり偶発的に叶った再会なのですがね。サニディンさんを囚えた時も淡々としていましたし」
「それが出来てしまってるのがなあ」
「アザルシス上では出来ない業ではありますね。見えても掴めない……

………ですが、貴方なら掴めてしまう?」
「おや、何を覗き見しちゃったかな?」
「珍味ですかね、ふふ」




その日はただならぬ緊張感で張り詰めていたが
ダイオプテーズはいつものようにグラスをのんびり磨いていた。
「よぅ」
「ん?」
「此処はいつも客が少ねえんだな」
「まあね〜」

それはこの男が来店した日に限る。
いつもは少なくてもそれでも数人は憩いの場にしていたのだが
この、食屍鬼ギベオンが来た日には憩えない。
眼球を失くして代わりに生やした異形の角は
何処から何処まで何が見えているのか誰もわからない。

「うまいな、このカクテル。
もう一杯くれ」
「はいよ」
「ところでよ」
「ん?」
「客じゃねえならあいつはなんだ?
誰だよあの血塗れ寝間着野郎」

店内に……いるのはダイオプテーズとギベオンだけだ。

「……つれねえな?そう強張るなよ。
……手招きしても来ねえ感じだな、暇だし酒に付き合えよお前」

背後を少し見遣った彼は
背中の一部を盛り上がらせ、服を貫き腕を生やし、ぬるりと伸ばす。

「ギベオン」

かつん、と先程まで磨いていたグラスをカウンターに置くと

「お触り禁止だよ」

鼻筋に走る横一文字から目がぎょろりと開くと
それが膨れて広がり、頭部全体が漆黒に染まる。
そして虚空を鷲掴む。

「がっ?!ぁ………てめえ、そこはっ」
「ウデヤラナンヤラフヤセテモ
『ココ』ハフヤセナイミタイネ?」

ぐぐ、と握る仕草をすると同時にギベオンは苦しみ喚き
人型すら失いかける。

「っあぁ、判った!
判ったっつってんだろォ!
そこは、ヤメロ!!!!」
「ん。」

数分後。
何事もなかったように着席した者とカクテルを差し出す者。

「ちなみにこれ、なんて酒だ?」
「モスコミュールだよ。
あれ?よく呑むんでしょ?」
「俺ぁ酒の名を忘れたんじゃなくて元からわかんねえんだよ。
こう見えても読めねえ字もそれなりにあるからよ」
「そうかい、じゃあ君でも読める字で注意書き追記しないとねえ」




白い方の下僕を連れて、冷やかしに来たかと思えば
見慣れない酒を持って現れたのは
両頬に深い縫い跡がある食屍鬼エレスチャルである。
いつも楽しそうなのは、趣味に走ると同時に
趣味しか視界に入らない性分だから。
なので来店しても酒の話になるのが逆に珍しい。

「見慣れないラベルだね、容量も小振りでアザルシスじゃ見ない型だな」
「人造ダイヤモンド酒じゃぞ」
「うん??食屍鬼の漬け汁を酒にしたのかい?
すごいニッチな趣向に目覚めたね、エリーちゃん」
「そっちのダイヤモンドじゃないわい、遺灰ダイヤモンドの方じゃ」
「瓶に使った?」
「中身の方に使われとるんじゃ、友人のハンドメイド酒」
「リッチな酒だねえ」

此方にはない製法による酒造
鉱物を害なく飲める形にするのだから正攻法でないのは伺える。
彼の友人とやらの生活環境の造酒のルールは敢えて尋ねない事にした。

「お主でもあまり見ぬ類いの酒なのか、そうか
あったら注文したかったんじゃがな〜」
「探せばあるかもしれないけど
うちですぐ出せるのは岩の魚の方だね」
「あの魚を酒で溺死させたみたいなやつか?
まああれも旨いが骨っぽさが弱くてのう〜」

彼は重度の骨好き。
骨が好きすぎるあまりに死霊術師となり
様々な功績を叩き出した天才であり変態だ。

「それにしても友人からねえ、どんな死霊だったの」
「ん?その時は吸血鬼じゃったかな」
「ヤッたの?」
「違う違う生きとる、あー違った死んどるか。
私がアンデッド化させたんじゃ」
「へ〜

…あら?クリスタル、どうしたのちょっと」

白い下僕は急にエレスチャルを抱えて退店した。
彼が不躾な真似をするのも珍しい。
とりあえず残された人造ダイヤモンド酒を
よく調べて類似品を卸す手立てを考えるとしよう。




大規模停電の原因究明のため駆り出された者がいたようで、無事に解消。
酒場もようやく予備電源を解除できた。
アザルシスで電気を使えないのは人間にとって特に死活問題であるが
だからこそ早急な対策も施されており
国単位で停電が生じたとして朝飯前には復旧している。

「っていう大仕事をしてきたわけだ君は」
「ああ」
「で、その怪我と関係あるのかな?」
「発電所に感電しながら張り付いていた異形がいた。
暴れた拍子にやられたものだ」

片腕をギプスで固定、片目を眼帯で隠し、所々包帯で巻かれている。
戦闘服の上に巻かれているので応急処置なのが見て取れる。

「後れを取るなんてらしくないね?」
「標的の不規則な動き、作業員のカバー
現場での行動制限もあり避けきれなかった」
「あらまあそりゃ大変だ。
で、大怪我もしたのに酒場に来たの。私はナースじゃないよ?」
「負傷した僕を会長は快く思っていないようだ。
世間から見られぬように、そして長くとも
三日以内に完治させよと指示を受けた」

飲みに来たというより雲隠れとして酒場にやってきたらしい。
それにしても被害を極限まで抑え込んだ彼への仕打ちが
これとは、相変わらずの無茶ぶりと冷遇ぶりだ。
食屍鬼の名はパライバトルマリン。
電撃を操り、仕事もそれに携わる物を中心に
機械的に完璧にこなす優等生なのだが
彼は人間に洗脳されている。
肉体的にも地位的にも支配されている彼を救える者はあまりいない。

「じゃあ喉越しに良いアルコールを出してやろうかね」

表情は変わらない。
これも、彼の特徴。

「…マスター、一つ尋ねても良いか?」
「うん?」
「マスターは雇用主と同行していないと聞いたが事実なのか?」
「ああ、うん。
嫌われちゃったからねえ。
此処建てる前に別れたよ。
私が思い通りに動かないからもんだから。
まあ私がいなくてもしぶとく生きてるし、必要ないんでしょ」

表情こそ変えていないが、口の噤みぶりから
彼が困惑しているのが伺える。

「私は別に嫌われたくてそうしたわけじゃあないけど
まあ我が強い自覚は当初からあったねえ。
君からしたら信じられないかな?」
「そうだな」
「正直だねえ、はいジン・リッキー」

炭酸控えめ、ジン強め、ライムは適量のカクテル。
そっと差し出したそれを彼はそっと一口。

「私からも質問しちゃお。
なんか大事にしているものや嗜好品は君にもある?」
「ジルコンにスティヒタイトにサーペンティンに…
僕に関わる者皆が大事なものだ」
「おやあ、泣かせるねえ」
「嗜好品は……ジン・リッキーだ。貴方の入れた」
「おやおやあ、泣かせるね〜!」




「おかわりくれ」
「早いね」
「水みたいなもんだよ」

つまみも無しにビールジョッキを煽って飲み干すこと既に二回。

「味わってる?」
「旨いから早く飲み切っちまうんだよ」
「せっかちさんだねえ」
「よく言われる」

頭部の広範囲にまで及ぶ目立つ火傷面の食屍鬼トパーズは
大凡この通り慌ただしく顰め面で
見慣れない者だと近寄り難いかもしれない。

「はあ、でも悪い癖だってのは判ってんだがな…」
「本能なんでしょ?」
「本能??本能なのかな…
なんつーか…良い物は良いって伝えたいばかりに
相手にまで急かしちまってな…」
「うん」
「リビアングラスさんにまでやらかすから
ああやっぱり悪い癖だ……」
「うんなるほど」

彼は争奪戦をするわけでなく
むしろ積極的に譲り渡す性分なのだが
やり口の強引さに気付きつつも
改善出来ない事に悩んでいたようだ。

「えー、じゃあサファイアと一緒にいる日とかすごいんだろうな」
「あーあいつは……!!
ああー思い出すだけで腹が立つ……!!」

この荒ぶり様、日常的に誂われているのが見て取れる。

「落ち着いて酒飲みたかったのにどうしてくれんだ、マスターッ」
「え?今まで落ち着いてた?」
「サファイアみたいな事言わんでくれああもう〜」

相性は良くなさそうだが、悪意を示さない。

「なんだかなあ、君が周りから愛されてるのが判った気がする」
「えっ」
「君の事べた褒めしてる人何人かいたけど言っちゃおうかな」
「や、やめろ馬鹿恥ずかしい!!」
「恥ずかしくなる要素あった??」
「あるんだよ!!!!」

照れ隠しと言わんばかりに叫んで喚く。
なるほど、確かに誂い甲斐のある男だ。
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