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外食は絶対したくないと断言してしまう食屍鬼がいた。ジプサムという、超潔癖な男だ。
長髪なのにさらさらと清潔感があり、眼鏡はぴかぴかマスクはぴちぴちである。

「呑む以外のアルコールのカバーも完璧なんだよなあ。
メタノールが最も手軽に入手できるからつい当てにしちゃう……」
「山、持ってるんでしょ?」
「持ってますとも。でもこの間の騒動から安定供給の軌道取り戻すのに手間かかってさ〜本当地味に迷惑だわ〜」

彼の愚痴を聞きながら台車に荷物を積み入れる。

酒飲み客でもないのに協力を惜しまないのは、彼が食屍鬼にとって最重要な研究をしている研究者だからだ。

「ところで、マスターは景気どうなんです?
安定してます?」
「ジプサムは研究どうなんだい?
進捗ある?」

ふふふ、と悪い笑みを見せ合う。

「俺が聞きたい事を判ってるようで、ええ順調ですよ。睡眠時間削ってるけど」
「私も順調だよ。貯金削ってるけど」
「「それは削っちゃ駄目でしよ」」
「まあ冗談だよ。
黒字だし蓄えにはまだ手出してないよ。」
「あら嫌だ、俺だけ悪い事になっちゃう。」
「眠れない夜には呑むと良いよ。」
「眠気は来ても暇が来ないんですってえ…」




「やっほ、来ちゃった。
この間はうちのサッちゃんが世話になったな〜」
「おや、君がジルコンかあ。」

信号機を埋め込んだかのような顔の食屍鬼ジルコンがやってきた。
サーペンティンの兄弟分で同じ組織同じチームメイト、なのだが彼女が迷子だと気づいたのは酒場から離れた後である。

「『匂い』に釣られて入っちゃったんだってな。確かにまあ良い香りはしてるけど、良い酒が判るんかな?」

目が黄色く光った。

「おや、じゃあ呑んで確かめてみるかい?」
「いんや、呑みたい気分じゃねーからいいやあ」

目が赤く光った。

「そうかい、お忙しいようで。」
「ああ、そりゃあ……ん?回線が切れてんな??」
「うちは一部通じなくなるからさ〜そういう作りなの。」
「やべーな、益々のんびりしてられねえ!」

目が緑色に光った。

「本当に忙しそうだね、んじゃあお土産を渡しちゃおう。
よーく冷やしたこれとこれを容器に全部入れて、混ぜて、呑むんだ。元気いっぱいになるよ。」
「えっ?!手ぶらで来たのに逆に貰って良いの?!」
「良いよん。サービスだ。」

そうして彼に持たせたのは『3本筋の入った缶』と『えすてぃーあーるおーえぬじー ぜっといーあーるおーと書かれた缶』である。

「ま、マスター!!」
「やあ、ジルコン。元気良さそうだね。」

後日、血相を変えて再びジルコンが現れた。

「ま、マスターの……あれ、酒なんだよな??
言われた通り入れたやつ呑んだら、ぶっ倒れたぞ?!」
「元気そうじゃない?」
「呑んだの、俺の上司なの!」
「あらぁ、私は君にサービスしたのになあ。
上司さんのそれは元気が溢れたんだよ。」

彼の目は忙しなく3色ランダムに光っていた。どうやら彼の感情とリンクしているらしい。
きっと、彼の上司の顔も3色くらい変わっている事だろう。




カツッとグラスに当たったのは顎の義体部分。
ちょっと零れる琥珀色の酒。

「ははっいつもラッパ飲みしてるからよ〜、シャレたグラスでシャレた酒飲むの慣れてねーみてえだ!」

義体は顎に留まらず、手足やらも。両耳もそう。だからか声のトーンが疎らである。
酒を零しながら呑んでいたのは食屍鬼アメジストだ。

「ああ、やっぱりそっちの飲み方のが多いのね。『祭り』でもそんな感じに映っていたもんなあ」
「観た?観てくれた?あれさ、マスターから引き継いだってのも合わさってめちゃめちゃ話題になってよー、けーざいこうかもあったって社長も喜んでたんだぜ〜!」

だから柄にも合わない酒を頼んだのはダイオプテーズへの恩返し、のつもりであったらしい。
『祭り』はアザルシスの年末年始で楽しまれている世界を跨いだ一大イベントの一つで注目度が非常に高い。出場権経路が不明確で、ダイオプテーズもアメジストも突然白羽の矢が立てられた者同士である。

「ところで、あれの中身なんだったの?」
「お酒だって」
「酒は判るけど銘柄っちゅーか〜
なんかしっぶい味したけど」
「えっ」
「えっ」
「呑んじゃった?」
「のんじゃった!
なんかあった?まあ何とかなるだろ、今の所なんも起きてねーし!」

からからと笑い飛ばす。
なんとも勇敢な男だ。




一日どころでなく、これでもかと言わんばかりに多種多様の人と物で溢れ、誰が持ち出したか判らないカラフルな照明やカラオケセットで視覚も聴覚もやかましく、そして酒は………

「ルチルく〜ん今度は何で乾杯するぅ??」
「大先輩スーパーセブンさんの結婚祝いに乾杯しましょう!おめでとうございます!」
「おめでとう〜」
「スーパーなんとかさんおめでとう〜」
「うえ〜い」

こんな調子であらゆる酒を呑まれたわけで………

「ルチル君〜」
「はい何でしょう、マスター!」
「酒、これで終わりね。おつまみも。
もう全部出しちゃったよ。冷蔵庫も棚も空っぽ。」
「あら〜呑みきっちゃいましたか!では今出してるの呑み尽くしたら精算してもらいますね〜」

この、頬にⅩⅦと彫られた食屍鬼はルチルといい……ヒトに最高の一時を与えるかわりに財産を食い潰す呪いを無自覚で出す恐ろしい個体だ。

酒場の酒と食糧が呪いにより全て出し尽くされたのだ。売上にはなったが、明日客に出せる物が失くなった。

この状況を打破するためには……。

「買い出し、行かないとなあ。スーパーセブンにも協力してもらわないとなあ」
「え!呼ばれるのですか!僕も逢いたいなあ!」
「君はあの人が好きだねえ、付いてきても構わないよ。」
「あの人と静かに呑むのが、僕は一番好きなんです!」

あれだけ盛大に騒ぎ通したが、最も好きな呑み方がそれである。
小憎い男だ。




たしか、開店して間もない頃の話となる。
今はもう怪獣のような超巨体になり来店できないからだ。一応異業種向けに特大サイズの玄関も、空間移動扉も設けてあるのだけど、文字通りの規格外になってしまった。

とは言っても人の形をしていた当時も異質だった。
巨躯に全身傷だらけ、何より印象深いのは……

「フォーダイトって」
「なんだよ」
「瞬きしないんだね」

そう、瞼はあるのに常に目をかっぴらいている。

「瞬きしている間に討たれる」
「爬虫類みたいだなあ」
「あんた喧嘩売ってんのか」
「いや?売ってるのは酒と飯だよ」

彼の仕事場は本格的な戦場ばかりの生粋の軍人だ。
常に死と隣り合わせ。

「ったく、噂通りだ。
あんたが相手だとペースが乱されるぜ」
「噂になっちゃってたか〜」
「当たり前だろ、上の奴等は俺達が血を流す所を見てえのに
あんたと来たら血を流させねえやり方をしやがる。
異端だぜ。
俺が思うにあんたのがよほど異世界派遣に向いて…」
「」
「」

不思議な事に、この時交わした話や提供した酒や
どう見送った等、どうにも思い出せないのだ。
別に殴られたわけでもなく、
記憶操作の異能を仕掛けられたわけでもなく。

こういう、事実はある中で記憶がブレる瞬間というのは
実はアザルシスでは珍しくもない。
異世界に関わった結果、知らない所で
歴史が変わったという通説があるのだ。

最近の異能力者の証言で言うと『フラグが変わった』




流行りのポップ音楽が流れる店内。

「カフェみたいになっちゃったな」
「マスターのおすすめでも良いんですよ?」
「おすすめか、はい」

コト、とテーブルに置かれたのは
コーラ割りのイエガーマイスターである。

「ふふふ、俺は音楽の事を言っていたんですが。
たしかに流行りの酒はご存知なんですね。
死んでからも音楽と酒が楽しめるここは本当良い所だなあ」

感性は若者だが、この食屍鬼はレピドクロサイトと言い
目と耳と頭部が欠けた、『此処』の新入りである。

「そういえばジェット君、最近見ませんね?」
「あれ、聞いてなかった?
出張行ったんだよ」
「マスターからその口で業務連絡を聞いた事ないなあ…」
「頭から聞かないの?」
「マスターの頭から必要な情報だけ読み取るのは難しすぎてですね……」

彼は読心の異能力者。
それにしてもこの手の能力者から
大体同じ様な返しを受けているのは気のせいだろうか。

「俺の異能が彼の助けになれば良いんだけどな。
素直で良い子だけど意地っ張りのようで、
思考の凝りみたいのが解消できたらなあ」
「聞かれたら殺されそうだねえ」
「ははは、もう死んでますって」



これは相当な年代物、3桁年の時空を跨いで呑まれる赤ワイン、
頼んだ食屍鬼も年代物である。

「うーむ、この深みが良いな…」
「相当渋くなってるから呑めるの君くらいだよ。」
「皆舌が若いのだろう」
「そんなとこかな」

ドヤ顔をするこの食屍鬼はローゾフィア。
顎の割れ痕が特徴的。
何人か現存している古株の中でも扱いやすい単純さが特徴でもある。

「それにしても時を遡っていると…
セプタリアンの奴が王位に就いているのが未だに信じられんし、
初だと世間で認識されてるのもなんだかな」
「いやあ、だって君は城主ではあるけど自称魔王だし」
「じ、自称と言うなっ
それもそうだが俺が言いたいのは
他にも王位を継いだ個体がいるのになとだな」
「え、それは私も初耳だけど?」

この年代物は旧い情報を蓄えていて、
それは他にない貴重な内容も割とよくある。掘り出し物。
「『契りの指』という小国が海域の関係で孤立した結果、
人間故に途絶えそうになった王位を
雇用した食屍鬼に継承させたという話がある。」
「へ〜」
「ただ、雇用主であった王族は『無明の繭』の流れ者でもあり…」
「へ〜」
「国の配置的に『縢りの手』周囲の挟み撃ちも危惧されていたが、
俺はそれは無いと思う。」
「あら、急に君の感想になっちゃったな。
会ったことの無い個体への信用の根拠は何かあるの?」
「同胞だからな!」
「ふ〜ん」
「ざっくり言い過ぎたが、彼には彼の思惑があると俺は思うのだ。
ウオズミ博士製の個体が皆戦向けの傾向はあれど、
争事に赴くとは限らんと思うのだ」
「ふーんー」
「き、聞いてないな?!
よし、根拠になりそうな物を見せてやろうっ」
付き合いが長いだけあり、こちらが聴き分けているのを把握していたようだ。
そして差し出されたのは、何やら可愛らしいラベルの包入り茶葉。
『妖精の十字茶』と書かれている。
「市場でイヴが購入してきたようでな、ほらここを見てみろ」
「お〜これは、『契りの指』産。
アザルシスの国産になるね」
「俺も驚いたぞ、まさかこの世界でしかも植物性の生産物がな…」
「私は驚いてないよ」
「驚いてくれ!
お前も茶はノーマークだったようではないかっ
とにかく、兵器でもなく犯罪を匂わす物でもない物を作るやつが
悪いやつとは思えんのだ!」
「どうかなあ」
「賛同してくれ?!」



目の前でカクテルを作り、来客に差し出す。
来客はそれを一口……

「うーん……
貴方と寸分違わず作るのに、この味の違いはなんなのでしょうか?」
「なんだろうね〜。
真似できたら二代目してもらえるのに」
「私はユークレースに尽くす事で忙しいので、出来ても遠慮します。」

そう言い切るのは、
モノクルにより如何にも理知的な雰囲気を醸し出している
食屍鬼ターフェアイトである。
飲みに来たというよりは『覚えに来た』。
彼は、桁違いの数値や膨大な工程数の動作等をそのまま記憶できる。
異能だ。
普通の人なら技術料の儲けで賄うのだから、
見ただけで技術を盗まれたら黙ったものではないのだが、
どうにもここのマスターには通用しないらしい。

「…そう、私はユークレースのために
酒作りのバリエーションの幅を広げたかったのですが」
「聞いてないよ」
「しかしどうにもこの味を完全再現できないのです…
道具に温度に素材に、動作の回数や早さや強弱も
寸分違わず同様にしているのに、何が違うのでしょうかね…」
「なんだろうね」
「答えてもらえないと困るのですが」
「答えたじゃないか、なんだろうねって」

相手は不満そうだが明確な答えである。

「ああ、でも一つ手はあるな」
「えっ」
「ユークレースなら判るかも。
全く同じに見えて何処かで歪みや違いが発生してるの計算できるかも」
「ああなるほど、さすがユークレースです。
私の求めている答えをいつも出してくれます。
思えばあの時の………」

以下、閉店時間きっちりになるまで
ユークレースについて語ったのであった。



その男は逞しく、勇ましく、自身に満ち溢れ、
潔いくらい堂々としており、美しさすら感じさせた。

「マスター、これは私のお気に入りのスカーフでね。
柄も良いが何よりひらひらしているだろう?
腰掛けた物が大破する予兆を知らせてくれるのだよ。
座椅子に敷いても構わないかね?」
「どうぞどうぞ」

宣言通りの動作の後に徐に腰掛ける…軋む座椅子、
男が重いからではなく、男から放たれる『圧』による影響だ。
そしてゴッドファーザーを一口…ではなく一飲み。

「私にも専属のバーテンダーがいるがな、これは君にしか出せない味だね。」
「判る?」
「私は舌も利くのだよ。」
「そうかい。ところで落ち着いて?」
「失礼、猛りがなかなか冷めなくてね。
此処に入る前に『体に入れられた』んだよ。」

ほら、と差し出したのは人の指ほどありそうな大きさの銃弾。

「右肩にこれを撃たれたんだ」

だが右肩にはなんの跡形もない。
左肩には青薔薇の入れ墨が大量に彫られているが。

「貫通はしなかったよ、ただだいぶ深く刺さったね。」
「治療のアテがあるんだね」
「治療のアテは私には人の数だけあるさ。君もその一人…」
「ああ、はい。」

銃弾を指先で摘み潰す。
もう真っ平らの金属と化して原型が判らない。

「この店の周りもなかなか物騒だね」
「デザートローズが人気者なんじゃないのかい」
「ふふふ、判ってしまったかい?」
「うん、ところで落ち着いてね?」
「さてどうかな。部下ならいつまでも待たせれるけれども」
「私はBB弾でも倒れちゃうよ」
「またまた、君は全力を見せた事が無いだけでは?」
「疲れるだけだもの」
「爽快なのだがね。」

男は部下を車に残し、惹き寄せられるように此処で呑んでいる。
個体差を…いや個人差を感じつつ酒を嗜むのであった。

全裸で
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