忍者ブログ
静寂が続く。
グラスを磨いているダイオプテーズの思考を、琥珀色のカクテル・ゴッドファーザーを舐めるように嗜みながら『読んでいる』のだろう。

「ふむ。

貴方の作る酒は旨さが約束された味ではあるが、貴方と来たら複雑極まりないな」
「そうなの?グラスのヒビの具合見て使えるかどうか考えていただけよ?」
「うっかりヒビを入れてしまったのは……へえ、私が見たこと無い個体も来るんだね」

大きく翅を伸ばすこの異形もまた食屍鬼である。ラルビカイトといい、力づくで読心能力を得た、静かな暴君たる組長だ。

「………うむ、翅は飛行にも使えるし収納も出来るよ。便利さ」
「便利だねえ、夜鬼ちゃんが飛んで逃げても追いかけられるね」
「真面目な子達に見えたが仕事を抜け出す事もあるのかい?」
「いや、君から逃げようとしても逃げにくいだろうなあと」

頭を抱えて笑いを堪えている。

「ああ、何を考えているのか判っても何を考えているのか解らない」
「よく言われるねえ」
「だろうな。
ああ恐ろしい、思考が読めないのに…何故だろう、ふふふ、笑いが………止めたまえ、なんて事を考えてるんだ貴方は」
「なになに?言語化して?なんて言えば良いのか私にはわからないよ」
「くくく、そう来たか。
それじゃあもう一杯くれないかい?」

酒は、密を解く蜜。




「…本当に繋がっていたんだな」
「やあ、ようこそバーボンハウスへ」
「は?」
「バーボン以外もあるから安心して」

『特別な扉』から入店してきたのは、傷面にみすぼらしい服装…屋内続きだからこそ許される裸足の食屍鬼ヘリオドールである。
彼は闘技場で引き籠もって闘い続ける男だが、その闘技場は世界的に見て反対側の大陸の国に位置している。安易な来店を叶えているのは空間移動技術が施された『特別な扉』による賜物…

「そうか、じゃあピンガを」
「はいよ。えーとカシャッサは何処だったかな」
「ピンガと言ったんだが」
「うん、だからカシャッサを探しているんだよ」
「ピンガだっつってんだろ」

イライラし始めている。
とりあえず一杯差し出した。
冷えてはいるがロックではない。サトウキビがほのかに香る。
彼はそれを一息で飲み干した。

「旨いな、良いピンガだ」
「カシャッサだよ」




「イオ〜、わいもなんか呑んでみたいんや〜」
「なんかと言われましてもねえ。何が良いですかな」
「おすすめの酒とか無いん?」
「養命酒かな」
「おーそれそれ、ってその酒かーい!」
「元気良さそうだから大丈夫そうですね」
「酒〜!」

ダイオプテーズに張り付くようにぐるんぐるん回る、尾を引く光る物体。
この方こそ食屍鬼に愛され食屍鬼を愛する邪神モル様である。
ただ、時代の流れにより信仰が薄まったら存在感まで薄まり、今では光って飛ぶ謎生物化してしまっている。

「本当に何を出せば良いのか判らんのですが」
「じゃあイオが呑みたい酒とかどうや」
「私が呑みたいのですか、それなら……」

和酒を2本持って、同時にしかし適当な割合でグラスに注いだ。
清酒と濁り酒が、アルコール特有の妙な渦を巻きながら奇妙な混ざり方をする………

「それもカクテルかなんかなんか?」
「清濁併せ呑むというカクテルです」
「あ〜〜、なるほど。
確かにイオの酒やわ!がはは!!」

邪神はこの酔狂な信者が大好きであった。




『特別な扉』を持つ者は何人かいて、彼もまたその一人。そして皆に共通して辿り着く先が…

「よーう、久しぶりぃ。
いつもの頼むわ」

時間帯が時間帯ゆえ貸し切り状態の酒場である。

「バーニィ、尻尾なんか振っちゃって動物感あるわ〜」
「んえ、振ってた?」

漆黒の鰓と背鰭と尾を持つ彼もまた食屍鬼である。名はバーナクル。
彼が着席したとほぼ同時に一升瓶泡盛と茶碗を差し出した。

「あ〜、これこれ。やっぱり良い香りだわ〜」
「それで、子供はどうなったかな?」
「無事に産まれたよ。ちなみに『付いてる』方だ」
「おめでとう。11人目だっけ」
「…12人目だよ」
「そっか」
「そうだ」

茶碗に波々酒を注いで煽る。
高い位置から注がれ、泡立つ…波々入れるが溢さない、そして煽る…

彼が子の数に意固地になるのは、一度きりの事だが、12週を前に母胎の中で成長しなくなった我が子の存在を知ってしまったからだ。

当時、事態を伝えたのはバーナクルだが、事態を理解させたのはダイオプテーズの方である。
だから全てを把握した上で二人は恍けも正しも繰り返す。
酒の泡沫にあの子を連想しつつ。




狭い視界、体はふわふわする、しかし思い通りに手足は動かせる。
いつも通りの酒場……

ではない。

「うーん、完璧だなあ。
提供する酒が無い事は除いて」
「ちっ、やはりそうか」

此処は、『八塩折亭の酒亭』の内装を再現した夢の中。
未成熟の食屍鬼クリソプレーズが作り出した夢の中だ。
彼も訪問歴はある。その時の記憶が再現されているのだ。見覚えのある嘗ての床染みが物語る。

「夢の中でも感覚ってあるの?」
「あるぞ。私はそれでたまにヘリオドールに稽古をつけてもらっているし」
「ゴリラは草で、食屍鬼は人肉で、君は夢で筋肉が付くんだね。
じゃあ味覚もあるわけだ」
「うむ」
「でも酒が無いんだよ」
「うむ」
「店に来てね?」
「うーむ」

返事を濁すと同時に周囲も濁ってきた。

「濁醪が君を待ってるぞ」
「お前は待ってないのか」
「さあ、もしかしたら私の方が夢の中にいるかもしれないし」
「ふ、人の睡眠時間まで私が操るわけにはいかんな」

それを最後に、夢はフェードアウトした。




「うーん、美味しいねえ。キールロワイヤル。
円味があるというか、呑口がすごい良い。」

尾を優雅に振りながらカクテルを満喫しているこの異形も、一応食屍鬼であり、名をアンモライトという。
下半身が巨大な獣の肉体で、その体型から立呑をせざるを得なかった。
シャンパングラスに振れる手は紅くて細い。

「この繊細で優美な泡立ちがたまらないね。」

長い前髪を少しずらしながら、また一口。髪の間から焦点の合わない紅い瞳が一瞬見えた。

「………マスター?」
「ん?」
「聞いていた?」
「ああ、聞いてましたよ」
「なら良いけど。
あ、おかわり欲しいな」

くっ、と飲み干し空のグラスを差し出す。
淡々とカクテルを作るダイオプテーズ…。

「君って何処所属だったの?」
「何処と言いますと?」
「何処の軍に雇われていたのかなって。
さっと調べたけど履歴が見つからなくてさ。」
「そりゃ見つかりませんよ、私は戦わないし戦わせもしないし。」
「なんて時代に逆行してるんだ君は、だからクビになったとか?」
「いんや、自主退職ですよ。」
「戦場で最期を迎えずに辞めて店を開いたのかい。君ってやつぁ無血開城という城の無冠の王様じゃあないか。」
「無関心のおじ様ですよ私は。」




「ジェット君や」
「あ?」
「創立記念日」

と、無愛想な後輩に見せたのはエライジャ・クレイグと読めるラベルのボトルである。

グラスにその琥珀色の酒を注ぐと益々樽の香りが強く鼻を刺す。
右目を眼帯で覆い隠し、後頭部から枯れ枝を生やした若い食屍鬼ジェット。彼を少々強引に着席させて呑ませたし、自らも呑んだ。

「いつの間にまた一年経っちまったんだな…」
「2ヶ月くらい早かったかも」
「創立記念日っつったじゃないッスか…」
「当日君がいるか判らないし、今日にしちゃった」

はぁ、と溜め息をつかれる。

「俺がまた長期間遠征行くの伝えてました?」
「そうなの?」
「いや、絶対判ってるだろマスター…今回は『増える』可能性高いのも…」
「もし来たら私『達』は初対面になるかな?」
「『皆』の詳細な人脈は判らねえけど、そうだろう。
…………だから、尚更かもしれねえな。」
「それはそれは、なんとまあ」

きっかけが丸で無かった者が加わる。
複雑そうに、だが真摯に現実に向き合うジェット。2杯目の催促どころかまだ1杯目も飲み干していない。決して苦手なわけではない。無いのは欲だ。

「………そろそろ行くかな」
「早すぎない?まあ良いけど」

二人ともグラスを空けた所でボトルを閉めた。

「香りが残っているうちに飲み干そう?」
「出来たらそうする」
「三人で。」
「それは相手次第だな……」

苦笑しながら後輩は酒場を後にした。




「わ〜綺麗だね〜素晴らしい〜」

9種類の鮮やかなカクテルを前に、のったりした口調ではしゃぐのは、上質な装飾品で身を包んだ食屍鬼モーシッシである。

「呑める?」
「うん、大丈夫」

アルコールではなく、グラスを持てるか否か。
彼は四肢が無い。だがまあ、細かく言えば四肢が短いと言うべきか。器用に挟んで呑んだ。

「おわっ!あまりにも美味しくてびっくりしたよ、うちの専属もレベル高いけど格が違うっていうか!ねえ、何処で修行したの?シショーとかいる?」
「よく喋るね〜」
「だって、口があるならあるだけ使いたくなるじゃん?」

にっと見せた真っ白い牙。

「そうなんだ?私は足はあるけどあんまり動きたくないんだよねえ」
「僕も多分歩かないよ。めんどくさい」

はっはっは、と笑いが同調する。

「いつもは危険を避けるために初めて来る所に行く前に未来予知するんだ」
「それじゃあ私がどう饗すか判っていた?」
「ふふふ、それがねえ………
びっくりしたよ、何されるか判るけど解んないんだ!」
「なんだか聞き覚えのあるフレーズだなあ」

天も予測の付かぬ男からの饗し、モーシッシにとっては最高に恐怖であり愉快でたまらないものだ。
何が起こるか楽しみにしながらカクテルを呑んでいく…




ボトルキープの酒も増えてきて、こまめに整理をしているのだが……いつまでも封すら空けられていない酒が一本ある。
思いきって、酒の主の前に差し出してみた。

「グアノや」
「…………」
「ヤスカタ」
「なんだ?」
「一杯どうだい?」
「あいつが来てからな」
「そっか」

交渉失敗である。
この『足の無い』食屍鬼はヤスカタという名ではないが、グアノという不名誉な名を与えられたばかりに、益々反応が悪い。

「ふ、しかし………能も知っているのだな」
「能しかない者でして」
「そこまで潔いと嫌みも無いな。
あいつもきっと喜ぶ。」
「いつになるかな〜」

『善知鳥』と書かれたのラベルのボトルを再び締まった。
PR
Comment
Name
Title
Mail(非公開)
URL
Color
Emoji Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
Comment
Pass   コメント編集用パスワード
 管理人のみ閲覧
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
フリーエリア
最新CM
プロフィール
HN:
せるぶ
性別:
非公開
バーコード
ブログ内検索
P R
Copyright ©  -- せるぶの落書帳 --  All Rights Reserved
Designed by CriCri Material by 妙の宴
powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]