蟹〜
告白をしてから益々距離感が縮まった。
聞けば、チカにとって食屍鬼は高嶺の花。
上流階級の従者か或いは独立し、高潔或いは硬派で
恵まれた体格と人外特有の長命から
異性に靡かず性に興味を示さず
人一人喰らえば一騎当千の強さを見せつける猛将だと。
なのでウォリック博士から招待を受けた時には耳を疑ったとか。
話を聞いて苦笑いをするイチゴ。
「そんな高尚な存在ではない、もっと俗っぽいと思うぞ。感性は人間と大差ない。
他の個体も巧く隠しながら活躍しているんだろうな。」
「そうなの?!」
「そうだ。···ああ、言われてみれば
博士もその先入観を拭おうと努めていたようだった。
これから改良も重なれば俺よりもフランクで強い奴もできるんじゃないか?」
「同じ顔でもイチゴくんが一番強くてかっこいいんだい!!」
そうもストレートに惚気けられると調子が狂う···
厳つい見た目も相俟って硬派に思われていたようだが
普通に色を知っているし、伴侶がいる個体だっている。
ヒモのような生活もしている個体もいるとも噂が···
「色といえば···」
「ん?」
趣味に素直なチカがひた隠しにしていた一角があり···
触れないようにはしてきたが、偶然見つけてしまったのだ···
「そ、それはっ?!」
「好青年同士の友情に愛情が加わる名作『鴉と鳩』···」
の、コピーROM。ジャンク品でも買い漁ったのだろう。
他2点類似品を確認、チカの嗜好趣味と断言できる。
「あわっあわわわ······紛れもなく僕のだけども···」
「チカ、あくまで趣味なんだろう?判っている。」
「うう、イチゴくん···」
「俺もエロいのは普通に嗜むしな。」
「えっ?!」
まさしくハトが豆鉄砲を喰らったかのような顔をした。
先日の騒ぎもあり、性的表現に嫌悪感を抱く先入観を与えたようだが
そんな事はない。少なくともイチゴは違う。
「そ、そう···そっかあ······」
途端によそよそしくなる。
「チカ?」
「ぼ、僕では駄目かな···満足させれないかな···」
明らかにいつもと違う上目遣い···誘っている。
「······チカ、無防備な格好のお前を前にして
俺は常日頃抑えるのに必死だったんだぞ。」
「ご、ごめん。」
「満足させれないかだって?此方の台詞だ。」
先ず、唇を重ねた······
瞬く間に夜が更ける···
アザルシスに昼夜を知らせる日差しが無いとはいえ
二人共夢中になり、時間を忘れていた。
この日に何の予定も無いのが幸いである。
起き上がれない。
チカが寝ながらも無意識に抱き付いて離さない。
なので手を伸ばして自分の端末を取り、暇を潰すのに徹する···
これはあくまで趣味、本命はチカ、と自身に言い聞かせながら動画を嗜む。
音を消した分、画により集中できた。
···なので、見つけてしまったとある物。咄嗟にチカを揺さぶり起こす。
「う、うぅん···どしたの?」
「見ろ、この背中。縫い目も無い横一文字の切り傷···」
「こ、これは?!それに黄金の瞳に毛色!
間違いない、シイちゃんだ!!!!助けないと!!」
チカの友達の一人、シイちゃん。
容姿端麗で目立つ風貌とは裏腹に、臆病が過ぎて本性を表に出さない
護りたくなる哀しい演技派だったが、真っ先に拐われた人物。
背中の切り傷は逆上した軟派男にナイフで切られた痕で
貧困生活で工面叶わず医師の治療も受けれなかったため
縫合されないまま、心の傷と共に残ってしまった物。
いざという時のためにと友達各位の特徴は聞いて
記憶していたのが功を成したようだ。発見のきっかけはともかく。
未加工を良い事に画像から撮影現場や投稿者を辿りつつ
少々気恥ずかしいが月季のロサにも頼り
望まぬ売春婦を特定し対象を絞っていく···
とある廃ビル。内部一角に判りやすく手の行き届いた一室がある。
ここは6階、飛び降り逃げる事は人間には出来ない。
それは被害者だけでなく加害者にも言える事。
迷わず扉を開けた。食屍鬼の怪力の前に施錠は役目を果たせない。
「なっ···食屍鬼?!ビクスバイト?!」
「個体違いだ。」
光る指先が取り巻きの男二人の膝を撃ち、出鼻をくじかせる。
驚き竦み上がる肥えた男は、女性にのしかかって離れないため首を掴んで持ち上げた。
自らの重みで首が締まり、もがき苦しむ···動かなくなってから手を離した。
「シイちゃん!」
「えっ?!···チ、チカちゃん?!」
「そうだよ!助けに来たよ!遅くなってしまってごめんよ!」
「そんな、私助かるの?あ、ありがとう······」
泣きながら抱き合う二人。十数年ぶりの再会。
女同士の感動的な友情を尻目に、イチゴは男を脅迫していた。
膝を撃たれた男の髪を掴み上げると、相手は痛がりつつも拳銃を突き出す。
だがそれすら空いた手で掴み、握り潰したのだ。
「ひっ···」
「発砲した所で俺を殺すに至らないがな、こんな小さい銃。
それで、お前達は誰の指示で小遣い稼ぎをしていたんだ?」
「い、言えるわけねえだろそんなの···!」
「じゃあ足先からゆっくりお前を喰うとするかな。」
「わああああ判った言えば良いんだろ?!マイカイ、玫瑰だよ!
飛び級でトップクラスになって最近調子に乗ってる白髪野郎だ!
どうせ気に入らなかったし言ってやらぁ!!」
月季のロサでも知り得なかった、トップ層幹部の通り名。
こんなチンピラが知っているのは恐らく組織内でも派閥があり
独自の人選で小間使いしていたからであろう。
手柄を独占するためだとか、理由は様々考えられる。
「玫瑰···!そいつが誘拐魔なんだね?!」
「そう···あの人がそうなの、あの人に拐われてるの。皆。
すごく優しくて善い人だと思って、誘われて、穏やかに過ごしていたのに
気づいたら怖い人に囲まれて乱暴されるようになって···」
絶句しながらもチカは、泣き崩れる友を宥める為背中を優しく擦る。
皆というからには他の友或いは被害者も見てきたのか
お互い無力なまますれ違った、といった所だろう。
「へっ、お前なんてまだ運が良い方だぜ···」
この期に及んで減らず口か?
男の腹部を蹴り上げ、血反吐を吐かす。もう動かない。
「ああっイチゴくん何て事を···」
「生きてるだけでも運が良い。と、こいつも言っただろ?
病院にぶち込んで詳しい事は月季のロサに吐かせよう。」
と、男二人を両脇に抱え連行しようとするも、チカは慌てて阻止する。
「ま、まだあそこにもう一人いるではないか?!」
「らしくないな?落ち着け、あいつはもう事切れてる。」
恐る恐る倒れた男に近づき確認すると、舌を噛み切っていたのが判った。
人食いともなると死相がすぐに判るのだ。
聞けば、チカにとって食屍鬼は高嶺の花。
上流階級の従者か或いは独立し、高潔或いは硬派で
恵まれた体格と人外特有の長命から
異性に靡かず性に興味を示さず
人一人喰らえば一騎当千の強さを見せつける猛将だと。
なのでウォリック博士から招待を受けた時には耳を疑ったとか。
話を聞いて苦笑いをするイチゴ。
「そんな高尚な存在ではない、もっと俗っぽいと思うぞ。感性は人間と大差ない。
他の個体も巧く隠しながら活躍しているんだろうな。」
「そうなの?!」
「そうだ。···ああ、言われてみれば
博士もその先入観を拭おうと努めていたようだった。
これから改良も重なれば俺よりもフランクで強い奴もできるんじゃないか?」
「同じ顔でもイチゴくんが一番強くてかっこいいんだい!!」
そうもストレートに惚気けられると調子が狂う···
厳つい見た目も相俟って硬派に思われていたようだが
普通に色を知っているし、伴侶がいる個体だっている。
ヒモのような生活もしている個体もいるとも噂が···
「色といえば···」
「ん?」
趣味に素直なチカがひた隠しにしていた一角があり···
触れないようにはしてきたが、偶然見つけてしまったのだ···
「そ、それはっ?!」
「好青年同士の友情に愛情が加わる名作『鴉と鳩』···」
の、コピーROM。ジャンク品でも買い漁ったのだろう。
他2点類似品を確認、チカの嗜好趣味と断言できる。
「あわっあわわわ······紛れもなく僕のだけども···」
「チカ、あくまで趣味なんだろう?判っている。」
「うう、イチゴくん···」
「俺もエロいのは普通に嗜むしな。」
「えっ?!」
まさしくハトが豆鉄砲を喰らったかのような顔をした。
先日の騒ぎもあり、性的表現に嫌悪感を抱く先入観を与えたようだが
そんな事はない。少なくともイチゴは違う。
「そ、そう···そっかあ······」
途端によそよそしくなる。
「チカ?」
「ぼ、僕では駄目かな···満足させれないかな···」
明らかにいつもと違う上目遣い···誘っている。
「······チカ、無防備な格好のお前を前にして
俺は常日頃抑えるのに必死だったんだぞ。」
「ご、ごめん。」
「満足させれないかだって?此方の台詞だ。」
先ず、唇を重ねた······
瞬く間に夜が更ける···
アザルシスに昼夜を知らせる日差しが無いとはいえ
二人共夢中になり、時間を忘れていた。
この日に何の予定も無いのが幸いである。
起き上がれない。
チカが寝ながらも無意識に抱き付いて離さない。
なので手を伸ばして自分の端末を取り、暇を潰すのに徹する···
これはあくまで趣味、本命はチカ、と自身に言い聞かせながら動画を嗜む。
音を消した分、画により集中できた。
···なので、見つけてしまったとある物。咄嗟にチカを揺さぶり起こす。
「う、うぅん···どしたの?」
「見ろ、この背中。縫い目も無い横一文字の切り傷···」
「こ、これは?!それに黄金の瞳に毛色!
間違いない、シイちゃんだ!!!!助けないと!!」
チカの友達の一人、シイちゃん。
容姿端麗で目立つ風貌とは裏腹に、臆病が過ぎて本性を表に出さない
護りたくなる哀しい演技派だったが、真っ先に拐われた人物。
背中の切り傷は逆上した軟派男にナイフで切られた痕で
貧困生活で工面叶わず医師の治療も受けれなかったため
縫合されないまま、心の傷と共に残ってしまった物。
いざという時のためにと友達各位の特徴は聞いて
記憶していたのが功を成したようだ。発見のきっかけはともかく。
未加工を良い事に画像から撮影現場や投稿者を辿りつつ
少々気恥ずかしいが月季のロサにも頼り
望まぬ売春婦を特定し対象を絞っていく···
とある廃ビル。内部一角に判りやすく手の行き届いた一室がある。
ここは6階、飛び降り逃げる事は人間には出来ない。
それは被害者だけでなく加害者にも言える事。
迷わず扉を開けた。食屍鬼の怪力の前に施錠は役目を果たせない。
「なっ···食屍鬼?!ビクスバイト?!」
「個体違いだ。」
光る指先が取り巻きの男二人の膝を撃ち、出鼻をくじかせる。
驚き竦み上がる肥えた男は、女性にのしかかって離れないため首を掴んで持ち上げた。
自らの重みで首が締まり、もがき苦しむ···動かなくなってから手を離した。
「シイちゃん!」
「えっ?!···チ、チカちゃん?!」
「そうだよ!助けに来たよ!遅くなってしまってごめんよ!」
「そんな、私助かるの?あ、ありがとう······」
泣きながら抱き合う二人。十数年ぶりの再会。
女同士の感動的な友情を尻目に、イチゴは男を脅迫していた。
膝を撃たれた男の髪を掴み上げると、相手は痛がりつつも拳銃を突き出す。
だがそれすら空いた手で掴み、握り潰したのだ。
「ひっ···」
「発砲した所で俺を殺すに至らないがな、こんな小さい銃。
それで、お前達は誰の指示で小遣い稼ぎをしていたんだ?」
「い、言えるわけねえだろそんなの···!」
「じゃあ足先からゆっくりお前を喰うとするかな。」
「わああああ判った言えば良いんだろ?!マイカイ、玫瑰だよ!
飛び級でトップクラスになって最近調子に乗ってる白髪野郎だ!
どうせ気に入らなかったし言ってやらぁ!!」
月季のロサでも知り得なかった、トップ層幹部の通り名。
こんなチンピラが知っているのは恐らく組織内でも派閥があり
独自の人選で小間使いしていたからであろう。
手柄を独占するためだとか、理由は様々考えられる。
「玫瑰···!そいつが誘拐魔なんだね?!」
「そう···あの人がそうなの、あの人に拐われてるの。皆。
すごく優しくて善い人だと思って、誘われて、穏やかに過ごしていたのに
気づいたら怖い人に囲まれて乱暴されるようになって···」
絶句しながらもチカは、泣き崩れる友を宥める為背中を優しく擦る。
皆というからには他の友或いは被害者も見てきたのか
お互い無力なまますれ違った、といった所だろう。
「へっ、お前なんてまだ運が良い方だぜ···」
この期に及んで減らず口か?
男の腹部を蹴り上げ、血反吐を吐かす。もう動かない。
「ああっイチゴくん何て事を···」
「生きてるだけでも運が良い。と、こいつも言っただろ?
病院にぶち込んで詳しい事は月季のロサに吐かせよう。」
と、男二人を両脇に抱え連行しようとするも、チカは慌てて阻止する。
「ま、まだあそこにもう一人いるではないか?!」
「らしくないな?落ち着け、あいつはもう事切れてる。」
恐る恐る倒れた男に近づき確認すると、舌を噛み切っていたのが判った。
人食いともなると死相がすぐに判るのだ。
PR
拐われた者達は拐われた自覚すらない。
玫瑰の傍は居心地が良いと錯覚して、逆に喜んで身を捧げている。
逃げれない、ではなく、逃げるという選択肢の消失。
共に逃げようと企てた仲間を殺した者がいると聞いて
絶望したシイも逃げる意思を削がれたのだ。
「まるで洗脳のようだね。」
「どんな巧みな話術を使っているやら。」
病室で友の回復と安眠を確認し、帰路に発つ二人。
ちなみに先日の男達は別の病院で意識不明のままだ。
「僕が思うに恐怖とは逆に、優しさや鷹揚さで弱みに漬け込んでると思うんだ。
北風と太陽理論!」
「弱みな···社会的弱者とかか?」
「うーん、でもそれだと『愚落』もそうじゃない?」
「あの破落戸連中か···例外だ。
神性生物がいるかも判らん所に喧嘩を売るのは阿呆しかいない。
化け物みたいな食屍鬼が用心棒についているようだし、拐わせないだろうな。」
「僕が思ったよりずっと逞しかった···」
「そういえばどちらも実力者のくせに正体を伏せるのが巧いよな···」
「トップ層幹部っていうくらいだから犯行を重ねただろうに
今の今まで名前すら判らなかった玫瑰···
スキは突くけどスキは見せない、恐ろしい奴···!」
「厳しい相手になりそうだが、暴いてやろう。」
イチゴの含みのある笑みを見て首を傾げる。
「あまりにも社会的脅威の存在となるならば
人間だけでなく俺達食屍鬼にとっても障害となり、出ざるを得なくなる。」
「え、それって···?!」
「近日博士に用事があってな。
同胞から助力を得られないか相談してみようと思っていた所だ。」
「それは頼もしい!
でも君達みたいに強いヒトが集まったら、マフィアの抗争に巻き込まれないかい?」
「俺達もお前達も生まれた時から既に敵に囲まれている。
マフィアだけでなく異形や神性生物にも。
戦い挑むのは早いか遅いかの問題だ。
だがそのきっかけや熱量は···守り抜きたい者ができた瞬間から生じて変わる。
俺にとってのそれがお前だよ。尽くさせてくれ、チカ。」
「い、イ、イチゴくん······」
歓喜、困惑、焦燥諸々···複雑そうな表情で赤面したがついに顔を覆った。
「なんでそんな嬉しい事ばかり言ってくれるんだい君は〜···」
「なんでだろうな?俺自身も不思議に思う。お前の前だと素直になれる。」
数十ヶ月ぶりに会った博士からも
人相が変わった、穏やかで別個体かと思った、とも言われた。
「君のケアに大ハマリしたみたいだね。
評判も良好傾向になってきたし。」
「お陰様で···所で例の件ですが···」
「ああ、彼に頼ると良い。末尾No.21、君の後輩個体だ。
くせ者で一言多いけど悪気は多分ないからお手柔らかにね。」
「21?いつの間に随分ナンバリングが進みましたね?」
「もっっっと進んでいるよ?製造に携わる博士が増えて競争状態さ···」
そう嘆きながら手渡したのはとある居酒屋で使われてるプレート。
その店にサファイアがいる、という意味だ。
其処は人外や異形の常連客ばかりで人間が近寄り難い老舗···
「お、来たな。まあ探偵の助手らしいし妥当か?」
「酒席で茶化すな。」
「ひひ、そう固くなるなよ。薔薇の養分になるぜ?」
床座りの座席、テーブルを挟んで向かい合う形で座る。
既に呑んでいるが肴はない。クセの強い酒を空けていた模様。
同じ顔の別人とは言ったものだが、不思議な感覚である···
青緑のワイシャツ、肌けた胸元からちらりと見える宇治の橋姫の入れ墨。
アウトロー寄りの個体だ。
「薔薇、というからには既に色々伝わっているようだな?」
「そりゃあもう。ていうかちょっとした有名人だぜあんたら。
美女と野獣ならぬかわいこちゃんと猛獣。」
煽られたようで褒められた気になれない。
「あんた等が相手してんのはでかいマフィアの幹部だ。
三大マフィアの一つ『貪』、人身売買が主な稼業のとこさ。」
「人身売買だと······」
「ああ、元々盗賊団だったがある野郎の介入を期に一変。
拠点である砂漠地帯だけでなく市場までじわじわ占めるまでになった。」
「市場···厄介だな、彼処には政治に関わる権力者も少なくはない。」
「そうだ、ご自慢の怪力が振るえない相手ばかりだぜ。
だけどな、へへへ、聞いて驚け。そんな『貪』の組長どんな奴だと思う?」
「さあな、想像もつかない。」
「食屍鬼だよ、食屍鬼。」
「なっ···」
その個体はウォリック博士が造った者ではないが末尾No.39と若く
名をデザートローズという。組織を持つとは···食屍鬼の概念が崩れた。
「そいつの一族が組織上層部を占めてるから青肌ばかりらしいぜ。」
「玫瑰でそんな特徴聞いていなかったが···いや、待てよ。
飛び級とか言っていたな、人間でありながら認められたと?」
「とんでもねえやべー奴だって判ってきたかい?
人間だけどその敏腕っぷりは人外並、メンタルは異形ってとこかな···」
酒も頼まずに話し込むイチゴを見兼ねて店員が割って入ってきた。
顔の無い店員だが、何処からか聴こえる声には怒気がある。
高いが、盃一杯で済む物を頼んで追い払った。
「人身売買が稼業···玫瑰は有能な誘拐魔、気に入られる理由はそこか?」
「ん〜、ちょっと違うと思うぜ。
気に入られたいから有能な誘拐魔になったんじゃね?」
「根拠はあるのか?」
「組長に心酔してんだよ。美形らしいし抱かれたかもなあ。」
「うん?女、か···?」
「まだ頭固いなあんた、それはさておき一筋縄で行かねぇのは伝わったか?
俺も忙しくてな、判ってるのはここまでだ。」
「十分だ、かなり深堀りできた。」
注文した酒が来た所で乾杯。
「ところで、あんたなんて名前だっけ。俺はサファイア。」
「······」
「な、なんだ?名乗る名は無いってか?盃交わしておいて」
なんとなく、他の者にイチゴと呼ばせたくなかった。
「···ああ、名といえばビクスバイトという名に心当たりはないか?」
「誤魔化しやがった···まあいいか。知ってるも何も俺が敬愛してる大先輩だ。
それこそなんであんたが知ってんだ?」
「チンピラにその人と間違えられたからには
食屍鬼とは思っていたがやはり···」
「裏社会にふらりと現れては不届き物を蹴散らす流離い人さ。
あの人の剣は時に大物も断つ。燻し銀だよ。」
「俺は剣は使っていないぞ···」
「俺もだよ。俺の武器(異能)は…おっと今は伏せておくか。」
「誤魔化したな、まあいいか。これで御愛顧だ。」
玫瑰の傍は居心地が良いと錯覚して、逆に喜んで身を捧げている。
逃げれない、ではなく、逃げるという選択肢の消失。
共に逃げようと企てた仲間を殺した者がいると聞いて
絶望したシイも逃げる意思を削がれたのだ。
「まるで洗脳のようだね。」
「どんな巧みな話術を使っているやら。」
病室で友の回復と安眠を確認し、帰路に発つ二人。
ちなみに先日の男達は別の病院で意識不明のままだ。
「僕が思うに恐怖とは逆に、優しさや鷹揚さで弱みに漬け込んでると思うんだ。
北風と太陽理論!」
「弱みな···社会的弱者とかか?」
「うーん、でもそれだと『愚落』もそうじゃない?」
「あの破落戸連中か···例外だ。
神性生物がいるかも判らん所に喧嘩を売るのは阿呆しかいない。
化け物みたいな食屍鬼が用心棒についているようだし、拐わせないだろうな。」
「僕が思ったよりずっと逞しかった···」
「そういえばどちらも実力者のくせに正体を伏せるのが巧いよな···」
「トップ層幹部っていうくらいだから犯行を重ねただろうに
今の今まで名前すら判らなかった玫瑰···
スキは突くけどスキは見せない、恐ろしい奴···!」
「厳しい相手になりそうだが、暴いてやろう。」
イチゴの含みのある笑みを見て首を傾げる。
「あまりにも社会的脅威の存在となるならば
人間だけでなく俺達食屍鬼にとっても障害となり、出ざるを得なくなる。」
「え、それって···?!」
「近日博士に用事があってな。
同胞から助力を得られないか相談してみようと思っていた所だ。」
「それは頼もしい!
でも君達みたいに強いヒトが集まったら、マフィアの抗争に巻き込まれないかい?」
「俺達もお前達も生まれた時から既に敵に囲まれている。
マフィアだけでなく異形や神性生物にも。
戦い挑むのは早いか遅いかの問題だ。
だがそのきっかけや熱量は···守り抜きたい者ができた瞬間から生じて変わる。
俺にとってのそれがお前だよ。尽くさせてくれ、チカ。」
「い、イ、イチゴくん······」
歓喜、困惑、焦燥諸々···複雑そうな表情で赤面したがついに顔を覆った。
「なんでそんな嬉しい事ばかり言ってくれるんだい君は〜···」
「なんでだろうな?俺自身も不思議に思う。お前の前だと素直になれる。」
数十ヶ月ぶりに会った博士からも
人相が変わった、穏やかで別個体かと思った、とも言われた。
「君のケアに大ハマリしたみたいだね。
評判も良好傾向になってきたし。」
「お陰様で···所で例の件ですが···」
「ああ、彼に頼ると良い。末尾No.21、君の後輩個体だ。
くせ者で一言多いけど悪気は多分ないからお手柔らかにね。」
「21?いつの間に随分ナンバリングが進みましたね?」
「もっっっと進んでいるよ?製造に携わる博士が増えて競争状態さ···」
そう嘆きながら手渡したのはとある居酒屋で使われてるプレート。
その店にサファイアがいる、という意味だ。
其処は人外や異形の常連客ばかりで人間が近寄り難い老舗···
「お、来たな。まあ探偵の助手らしいし妥当か?」
「酒席で茶化すな。」
「ひひ、そう固くなるなよ。薔薇の養分になるぜ?」
床座りの座席、テーブルを挟んで向かい合う形で座る。
既に呑んでいるが肴はない。クセの強い酒を空けていた模様。
同じ顔の別人とは言ったものだが、不思議な感覚である···
青緑のワイシャツ、肌けた胸元からちらりと見える宇治の橋姫の入れ墨。
アウトロー寄りの個体だ。
「薔薇、というからには既に色々伝わっているようだな?」
「そりゃあもう。ていうかちょっとした有名人だぜあんたら。
美女と野獣ならぬかわいこちゃんと猛獣。」
煽られたようで褒められた気になれない。
「あんた等が相手してんのはでかいマフィアの幹部だ。
三大マフィアの一つ『貪』、人身売買が主な稼業のとこさ。」
「人身売買だと······」
「ああ、元々盗賊団だったがある野郎の介入を期に一変。
拠点である砂漠地帯だけでなく市場までじわじわ占めるまでになった。」
「市場···厄介だな、彼処には政治に関わる権力者も少なくはない。」
「そうだ、ご自慢の怪力が振るえない相手ばかりだぜ。
だけどな、へへへ、聞いて驚け。そんな『貪』の組長どんな奴だと思う?」
「さあな、想像もつかない。」
「食屍鬼だよ、食屍鬼。」
「なっ···」
その個体はウォリック博士が造った者ではないが末尾No.39と若く
名をデザートローズという。組織を持つとは···食屍鬼の概念が崩れた。
「そいつの一族が組織上層部を占めてるから青肌ばかりらしいぜ。」
「玫瑰でそんな特徴聞いていなかったが···いや、待てよ。
飛び級とか言っていたな、人間でありながら認められたと?」
「とんでもねえやべー奴だって判ってきたかい?
人間だけどその敏腕っぷりは人外並、メンタルは異形ってとこかな···」
酒も頼まずに話し込むイチゴを見兼ねて店員が割って入ってきた。
顔の無い店員だが、何処からか聴こえる声には怒気がある。
高いが、盃一杯で済む物を頼んで追い払った。
「人身売買が稼業···玫瑰は有能な誘拐魔、気に入られる理由はそこか?」
「ん〜、ちょっと違うと思うぜ。
気に入られたいから有能な誘拐魔になったんじゃね?」
「根拠はあるのか?」
「組長に心酔してんだよ。美形らしいし抱かれたかもなあ。」
「うん?女、か···?」
「まだ頭固いなあんた、それはさておき一筋縄で行かねぇのは伝わったか?
俺も忙しくてな、判ってるのはここまでだ。」
「十分だ、かなり深堀りできた。」
注文した酒が来た所で乾杯。
「ところで、あんたなんて名前だっけ。俺はサファイア。」
「······」
「な、なんだ?名乗る名は無いってか?盃交わしておいて」
なんとなく、他の者にイチゴと呼ばせたくなかった。
「···ああ、名といえばビクスバイトという名に心当たりはないか?」
「誤魔化しやがった···まあいいか。知ってるも何も俺が敬愛してる大先輩だ。
それこそなんであんたが知ってんだ?」
「チンピラにその人と間違えられたからには
食屍鬼とは思っていたがやはり···」
「裏社会にふらりと現れては不届き物を蹴散らす流離い人さ。
あの人の剣は時に大物も断つ。燻し銀だよ。」
「俺は剣は使っていないぞ···」
「俺もだよ。俺の武器(異能)は…おっと今は伏せておくか。」
「誤魔化したな、まあいいか。これで御愛顧だ。」
しがみついて離さない···
寂しくて仕方なかったらしい。
「悪いな、遅くなってしまった。」
「もう一人暮らしできないかも···」
『一区切りついたら結婚を前提に付き合ってくれないか』
と喉まで出かけたか飲んだ。
チカが主の現状だと当人のプライドも相俟って
イチゴの資産を換算して生活してくれない。
夫婦として対等な立場になれば財産分与できる。
この狭くて古い安アパートにも愛着はあるが
彼女には良質な衣食住を与えたい。
「···だがお陰様で実入りが多かったぞ。」
「ご飯食べながら教えてっ」
「朝飯も食ってなかったのか···判った。」
アザルシスの飲食は基本的に面白みが無い。
サプリメントの塊のような物をそのまま喰うか蒸かす程度で
栄養価に添った五味は付いてはいるが、旨味は無い。
居酒屋の酒肴等は、異次元から輸入できる異形の業の賜物である。
団子状にした物を齧りながら、イチゴの膝の上で話を聞きながら
チカは何やら熱心に計算や入出力をしていた。
「あまり見ない端末を使ってるな?」
「危ない所をアクセスする時はこれを使ってるんだ。
此方の身元バレや、ウイルス感染予防は勿論
異能による妨害行為も阻めるようにしているんだよ。」
「随分高性能にカスタマイズしたな···」
「あのPWBCのお墨付きのソフトさ、僕の中で一番高い買い物したよ。
······よし、解けたみたいだ!」
アクセスに必要な暗号の解析を果たした。
幾度となく挑んではいたが、あと一歩が至らず
しかし各方面から集めた情報からの関連付けでどうにかなった。
関心して無意識に頭を撫でると、デレデレに喜ぶチカ。
そんな事をしながら長い読み込みを経て、ようやく明かされたのは
玫瑰の詳細であった。
『本名は司馬曜。『魃の蹄』出身のアジア系の人間』
『富裕層の生まれだが11歳の時に盗賊団の襲撃にあい帰る所と家族を失う』
『盗賊団にそのまま拐われ、雑用係をしていた』
『13歳の時に、盗賊団は食屍鬼デザートローズの手により壊滅された。
頭領と共に新たに結成されたマフィア『貪』の一員に加わる』
『捕虜として助けられた身だが、自ら志願して加わった。
幼いながらも起用されたのは、熱意と整った容姿からだと思われる』
『15歳時の強盗誘拐を初陣を機に、誘拐犯担当として活躍し続け
16歳で玫瑰の名との座を貰う。以後は本名を名乗らなくなった』
『好色家のマッチェ、人体蒐集家のグロッシュキー、美食家の八雲文弥
(※以下省略)と繋がりが確定している』
『テロリストとの繋がりも噂されている』
『人当たりがよく気配りもでき礼儀正しく、真面目だが柔軟性ある性格で
純白の頭髪と純黒の瞳が特徴的。砂漠地帯育ちの割に肌色が薄い。
初対面との好感度は間違いなく高く、平時も交渉の緩衝役としてよく呼ばれる程。
だが感情の起伏が非常に乏しく不気味に思う者もいる』
詳細が明らかになったが、チカが指差し注目したのは
人体蒐集家のグロッシュキーの記述。
様々な人繋がりを持っているようだが遡ると彼が玫瑰と一番付き合いが長い。
「本職は操縦士、某空港会社オーナーの息子···
ふ、輸送し放題じゃないか?」
「実際、色んな人や物をこっそり運んだ前科があるみたいだね。」
「こんなことをされたら俺達人外も立場が無いな。」
ふと、イチゴの脳裏に過ぎったのは
『人が引き起こした事件なら、人を辿れば辿り着くものさ。』
『人間だけどその敏腕っぷりは人外並、メンタルは異形ってとこかな···』
···という、二人の言葉。
チカが相手をしているのは人の皮を被った化け物だ。
嘗ての友の安否確認が済むまで気が済まないだろうけども
死んだら元も子もない。引き際の舵取りをせねばならない···
「顔が引き締まってると益々かっこいいよ?イチゴくん。」
「···あー、奴の拠点探しで茶店があったら寄らないか?
情報収集と此方の仮拠点を兼ねて。」
眩しい笑顔が返事代わり。
後輩には塩対応だが恋人にはとことん甘い。
巧妙に隠していたようだが、協力者の甲斐あり確実に追い詰めている···
協力者というのは月季のロサやサファイアだけでなく
先日捕らえたチンピラみたく忠誠心に欠ける者も含まれる。
それも少なくはない。わざわざ出向いてチップと引き換えにした者までいた。
暴力で物を云う輩が多い中で暴力を使わずのし上がった弊害か?
そうして辿り着いたのは環境変化により生じたとある小さな砂漠近隣の町。
『貪』の活動範囲は砂漠地帯が鉄則、条件を満たした土地だ。
茶店で一番高い茶と軽食を頼んで嗜みつつ、情報整理をしていた。
治安は悪いが、食屍鬼を前に喧嘩を売らない賢い者ばかりで助かる。
「聞いてると廃墟っぽいんだよね。家のはずなに···」
「元から廃墟なのを家と言い張った、もしくはもぬけの殻。」
「廃墟って言っても程度や主観もあるから判りにくいよね。僕ん家も大概だし。」
「自覚はあったのか···とにかく、行かない事には判らんな。」
誰もいない方が実は都合が良い。
此処で期待しているのは痕跡を辿る事、被害者がいた場合の救出。
欲しいのは情報で、まだ玫瑰を捕らえに来た訳ではない。
そしてやって来たのは、質素な石壁の···家というより小屋だ。
人一人が寝床にする程度の大きさ、あまりにも質素。
近所もおらず、晒され気味な外観がより貧相さを際立たせている。質素だ。
「隠れアジトにするにうってつけじゃないかな?」
「中も見てないのに根拠はあるのか?」
「砂漠って言っても砂は地表だけで地盤は硬いんだ。
だから地下まで伸ばす事が出来ると思う。」
「なるほどな···確かに地殻変動ならともかく
風の流れで堆積しただけの砂山らしいからな。」
ノック3回、返事がないのを確認してゆっくり扉を開ける。
中は埃っぽく砂っぽくもあり、最低限の家具は配置されてるが
同じく狭い住まいに居るチカだからこそ違和感に気づいた。
「ベッドなのに枕が無い。マットの弾力が新品みたい。土台枠が床を貫通してる。
日曜大工なら凝り性だけど、ちぐはぐ過ぎない?」
「捲くるか。」
マットをそっくりそのまま持ち上げると鉄網の蓋が現れた。
その下には深い穴が覗ける···梯子代わりと思われる乱雑な突起もあった。
読み通り地下が存在したのだ。
チカを背中にしがみつかせて、地下を降る···背中に当たる柔らかい感触···
広すぎる通路。コンテナを台車付きで載せて運ぶ幅や高さは余裕である。
出入り口が点在。扉のない部屋を覗き見すると
薬物、酒の空き瓶、血で錆びたナイフ等が散乱しているのが見えた。
「豪邸だな。低俗な物で穢れてる以外は良物件じゃないか?」
「休憩スペースを入りやすく、且つ何してるのかお互い見やすくしてるね。
だから扉のある側の機密性に期待できちゃうな。」
「倉庫を見つけて物証に肖りたい所だが、さて何が出るやら。」
奥に奥にと行くと、一回り広い丁字路に突き当たる。
行き止まりが見える方に行くと、其処には積み上げられた箱が並んでいた。
型の古いフォークリフトまである。
「この臭い···まさか···」
適当な箱の表面を乱雑に剥いで、断片的にだが中を見た。
「な、何があったんだい?僕には臭いを嗅ぎ取れなかったんだけど。」
「···もうミイラになっている。ざっと見て半ダース分くらい入っているな。」
「なんだって?!6人入るには狭すぎないかい?!」
「乾いている上に手足が無い。大人だろうと詰め込めるさ···」
此処にチカの友がいない事を願うしかなかったが
それを確かめるためにも探せる所は探して証拠や情報を掴まねば。
始めは地下道の冷気で冷房要らずと思っていたが
今はもう、この冷気も忌まわしい。
寂しくて仕方なかったらしい。
「悪いな、遅くなってしまった。」
「もう一人暮らしできないかも···」
『一区切りついたら結婚を前提に付き合ってくれないか』
と喉まで出かけたか飲んだ。
チカが主の現状だと当人のプライドも相俟って
イチゴの資産を換算して生活してくれない。
夫婦として対等な立場になれば財産分与できる。
この狭くて古い安アパートにも愛着はあるが
彼女には良質な衣食住を与えたい。
「···だがお陰様で実入りが多かったぞ。」
「ご飯食べながら教えてっ」
「朝飯も食ってなかったのか···判った。」
アザルシスの飲食は基本的に面白みが無い。
サプリメントの塊のような物をそのまま喰うか蒸かす程度で
栄養価に添った五味は付いてはいるが、旨味は無い。
居酒屋の酒肴等は、異次元から輸入できる異形の業の賜物である。
団子状にした物を齧りながら、イチゴの膝の上で話を聞きながら
チカは何やら熱心に計算や入出力をしていた。
「あまり見ない端末を使ってるな?」
「危ない所をアクセスする時はこれを使ってるんだ。
此方の身元バレや、ウイルス感染予防は勿論
異能による妨害行為も阻めるようにしているんだよ。」
「随分高性能にカスタマイズしたな···」
「あのPWBCのお墨付きのソフトさ、僕の中で一番高い買い物したよ。
······よし、解けたみたいだ!」
アクセスに必要な暗号の解析を果たした。
幾度となく挑んではいたが、あと一歩が至らず
しかし各方面から集めた情報からの関連付けでどうにかなった。
関心して無意識に頭を撫でると、デレデレに喜ぶチカ。
そんな事をしながら長い読み込みを経て、ようやく明かされたのは
玫瑰の詳細であった。
『本名は司馬曜。『魃の蹄』出身のアジア系の人間』
『富裕層の生まれだが11歳の時に盗賊団の襲撃にあい帰る所と家族を失う』
『盗賊団にそのまま拐われ、雑用係をしていた』
『13歳の時に、盗賊団は食屍鬼デザートローズの手により壊滅された。
頭領と共に新たに結成されたマフィア『貪』の一員に加わる』
『捕虜として助けられた身だが、自ら志願して加わった。
幼いながらも起用されたのは、熱意と整った容姿からだと思われる』
『15歳時の強盗誘拐を初陣を機に、誘拐犯担当として活躍し続け
16歳で玫瑰の名との座を貰う。以後は本名を名乗らなくなった』
『好色家のマッチェ、人体蒐集家のグロッシュキー、美食家の八雲文弥
(※以下省略)と繋がりが確定している』
『テロリストとの繋がりも噂されている』
『人当たりがよく気配りもでき礼儀正しく、真面目だが柔軟性ある性格で
純白の頭髪と純黒の瞳が特徴的。砂漠地帯育ちの割に肌色が薄い。
初対面との好感度は間違いなく高く、平時も交渉の緩衝役としてよく呼ばれる程。
だが感情の起伏が非常に乏しく不気味に思う者もいる』
詳細が明らかになったが、チカが指差し注目したのは
人体蒐集家のグロッシュキーの記述。
様々な人繋がりを持っているようだが遡ると彼が玫瑰と一番付き合いが長い。
「本職は操縦士、某空港会社オーナーの息子···
ふ、輸送し放題じゃないか?」
「実際、色んな人や物をこっそり運んだ前科があるみたいだね。」
「こんなことをされたら俺達人外も立場が無いな。」
ふと、イチゴの脳裏に過ぎったのは
『人が引き起こした事件なら、人を辿れば辿り着くものさ。』
『人間だけどその敏腕っぷりは人外並、メンタルは異形ってとこかな···』
···という、二人の言葉。
チカが相手をしているのは人の皮を被った化け物だ。
嘗ての友の安否確認が済むまで気が済まないだろうけども
死んだら元も子もない。引き際の舵取りをせねばならない···
「顔が引き締まってると益々かっこいいよ?イチゴくん。」
「···あー、奴の拠点探しで茶店があったら寄らないか?
情報収集と此方の仮拠点を兼ねて。」
眩しい笑顔が返事代わり。
後輩には塩対応だが恋人にはとことん甘い。
巧妙に隠していたようだが、協力者の甲斐あり確実に追い詰めている···
協力者というのは月季のロサやサファイアだけでなく
先日捕らえたチンピラみたく忠誠心に欠ける者も含まれる。
それも少なくはない。わざわざ出向いてチップと引き換えにした者までいた。
暴力で物を云う輩が多い中で暴力を使わずのし上がった弊害か?
そうして辿り着いたのは環境変化により生じたとある小さな砂漠近隣の町。
『貪』の活動範囲は砂漠地帯が鉄則、条件を満たした土地だ。
茶店で一番高い茶と軽食を頼んで嗜みつつ、情報整理をしていた。
治安は悪いが、食屍鬼を前に喧嘩を売らない賢い者ばかりで助かる。
「聞いてると廃墟っぽいんだよね。家のはずなに···」
「元から廃墟なのを家と言い張った、もしくはもぬけの殻。」
「廃墟って言っても程度や主観もあるから判りにくいよね。僕ん家も大概だし。」
「自覚はあったのか···とにかく、行かない事には判らんな。」
誰もいない方が実は都合が良い。
此処で期待しているのは痕跡を辿る事、被害者がいた場合の救出。
欲しいのは情報で、まだ玫瑰を捕らえに来た訳ではない。
そしてやって来たのは、質素な石壁の···家というより小屋だ。
人一人が寝床にする程度の大きさ、あまりにも質素。
近所もおらず、晒され気味な外観がより貧相さを際立たせている。質素だ。
「隠れアジトにするにうってつけじゃないかな?」
「中も見てないのに根拠はあるのか?」
「砂漠って言っても砂は地表だけで地盤は硬いんだ。
だから地下まで伸ばす事が出来ると思う。」
「なるほどな···確かに地殻変動ならともかく
風の流れで堆積しただけの砂山らしいからな。」
ノック3回、返事がないのを確認してゆっくり扉を開ける。
中は埃っぽく砂っぽくもあり、最低限の家具は配置されてるが
同じく狭い住まいに居るチカだからこそ違和感に気づいた。
「ベッドなのに枕が無い。マットの弾力が新品みたい。土台枠が床を貫通してる。
日曜大工なら凝り性だけど、ちぐはぐ過ぎない?」
「捲くるか。」
マットをそっくりそのまま持ち上げると鉄網の蓋が現れた。
その下には深い穴が覗ける···梯子代わりと思われる乱雑な突起もあった。
読み通り地下が存在したのだ。
チカを背中にしがみつかせて、地下を降る···背中に当たる柔らかい感触···
広すぎる通路。コンテナを台車付きで載せて運ぶ幅や高さは余裕である。
出入り口が点在。扉のない部屋を覗き見すると
薬物、酒の空き瓶、血で錆びたナイフ等が散乱しているのが見えた。
「豪邸だな。低俗な物で穢れてる以外は良物件じゃないか?」
「休憩スペースを入りやすく、且つ何してるのかお互い見やすくしてるね。
だから扉のある側の機密性に期待できちゃうな。」
「倉庫を見つけて物証に肖りたい所だが、さて何が出るやら。」
奥に奥にと行くと、一回り広い丁字路に突き当たる。
行き止まりが見える方に行くと、其処には積み上げられた箱が並んでいた。
型の古いフォークリフトまである。
「この臭い···まさか···」
適当な箱の表面を乱雑に剥いで、断片的にだが中を見た。
「な、何があったんだい?僕には臭いを嗅ぎ取れなかったんだけど。」
「···もうミイラになっている。ざっと見て半ダース分くらい入っているな。」
「なんだって?!6人入るには狭すぎないかい?!」
「乾いている上に手足が無い。大人だろうと詰め込めるさ···」
此処にチカの友がいない事を願うしかなかったが
それを確かめるためにも探せる所は探して証拠や情報を掴まねば。
始めは地下道の冷気で冷房要らずと思っていたが
今はもう、この冷気も忌まわしい。
一際大きい金属製の扉、ダイヤルロックと鍵で施錠されている。
鍵の代わりと言わんばかりに、イチゴは指先で撃ち抜いて解錠した。
「8桁もの暗号を要求する方が悪い。」
「派手に解錠したねえ、もう堂々入るしかないや。」
遠慮なく扉を開けて入室。
薄暗いが、とても広々している。
僅かに差し込んだ灯りで照らし出される装飾品は
硝子や金属で反射してその輪郭を見せている。
「なんだろう。ダンスホールみたいな雰囲気だけど···
あ?!あんな所にパソコンみたいな物が!!」
「おい、チカ···ん?」
視線を感じた向こうには、石造りの赤子···いや、あれは地蔵?
エスニックな雰囲気の場に似つかわしいオブジェに目を惹かれていた。
しかし、頭上から聴こえる軋み音で我に返る。
「これは···決定的じゃないか!
しかもこのメール、内容が確かなら現場に辿り着けるのでは?!」
チカは夢中で端末に触れていた。
一方で、イチゴは軋みの正体にようやく気付いたのだ。
扉に繋げられた紐が、垂れ下がった巨大シャンデリアをぎりぎり支え
開けた反動で紐が切れて、巨大な振り子と化すトラップ···!
その振り子の角度は、あの端末の範囲内···!!
「伏せろ、チカぁ!!」
「えっ、何?!」
叫んだ衝撃がきっかけになったか?いや、その時が来ただけだ。
紐が完全に切れて、支えを失った巨大シャンデリアが振り下ろされる!
穴が空くほど強く床を蹴って駆け込み、イチゴはチカに覆い被さった。
激しく叩き付けられたイチゴは振り子の衝撃に加えて
硝子や金属片が無数刺さり或いは切れて、更に漏れ出た電気で焼かれる。
体を丸めて身を守る体制になっていたチカ。
薄っすら目を開けると、青い肌に滲み出る赤い血が見えた。
「い、イチゴくん!大丈夫かい?!」
「左腕を少しやられたが何とかな···チカこそ、大丈夫か?
···脚が切れているな。」
「僕はちょっと当たっただけだ!とにかく出よう!」
「まだ調べる余地はあるんじゃないか···?続行しよう···」
「だ、駄目だ!治療が先だ!お願いであり命令だよ!!」
命令ならば···と観念したイチゴはチカに連れられその場を後にした。
···力が入らない。妙だ、軽傷とは言い難いがこの程度、割とよくあるのに。
やがて熱を帯び、吐き気を催し、視界も狭くなる。
懸命に救急要請するチカの声すら聴こえなくなり···意識がフェードアウトした。
「う······ぅ···」
「あ、起きた。ちょっと、聞こえたら手をグッパしてみてっ」
言われるがまま掌を丸めたり広げたりした。
「よかった〜、反応ありだ。」
「その声···博士?」
眩しい。目を細めて見えたのは、照明の逆光で黒い顔のウォリック博士。
イチゴは今、寝かされている状態なようだ。
幾多ものチューブが刺され、ほぼ全身に包帯を巻かれ、呼吸器も付けられ、左腕にはギプス···
「いやあ、さすが丈夫だね。
透析や投薬もしたとはいえ人食いバクテリアもどきを撥ね除けたか。」
「人食い···バクテリア?」
「少し調べた話だと、君達が行った先で空気感染したみたいだ。」
思い当たる物があった。あの不気味な地蔵。
仕組みは判らないが二重のトラップがあの場に配置されていたのは確かだ。
「博士、チカは?チカは何処にいるんです?」
「か、彼女なら○○第一病院に···あ〜ちょっと〜」
聞くなりチューブを乱雑に引き抜き、呼吸器を投げ捨て立ち上がる。
博士の制止虚しく、着替えを済ませて施設から出た。
窓から見送るしかなかった彼の肩に置かれる青い手。
「博士、無駄だぜ。誰も止められねえよ。」
「サファイアがそれ言い切っちゃうとな〜う〜ん。
とりあえず色々フォローしてやって、無駄がなくなるようにね。」
「食屍鬼遣いが粗いねえ。
ま、かわいこちゃんが頑張ったんだし、やらなきゃ男が廃るってもんだ。」
「ちょっと、君!重症患者がいるのに!おい、皆止めてくれ!」
院長の一声により若い男性看護士が束になって掴みかかるが
皆引きづられるだけで止めるに至らない。
「チカ!!!!」
「ぁ···イチゴくんだ···」
ベッドの上で横たわっていたのはチカ、なのだが···
包帯で厚く巻かれた手足、だが片腕片脚は切り落とされたのかもう無い。
そっと手を取ったが、冷たく固く、人形の様。
末端となる四肢が壊死していたのだ。
「やっとあえたぁ···」
「遅くなったな···」
「さむいね···」
「······」
冷暖房完備で暑すぎず寒すぎずを保った快適な室温である。
幻肢痛だ。
どう答えてやったら良いか判らず、口を噤んでしまった。
「ね、イチゴくん···ぼく、きみにまだいってなかったことあってぇ···」
「言ってない事?」
「ぼくの、ほんみょう。『こん はんみ』っていうのぉ···
ちかいっていうじに、くさかんむりのはんに、みりょく···」
「近藩魅、か。判った。」
「これでぇ、あといろいろ、すうじつかったら、あんごうしさん···
きみならつかえるから···」
「し、資産···?
チカ、資産なんて俺はむしろお前に与えたかったんだよ···
一区切りついたらお前と結婚して豊かにしてやりたかったんだよ···
愛している···なあ······チカ······」
「だいすき······」
手が、文字通り取れてしまった。
だがチカは動じてない。
動かない。動かなくなった。何もかも。
「通称『とげぬき地蔵』といってな。マジックアイテムの『号』だったかな。
熱感知して無色無臭のガスを出す、即効性の劇物だね。
吸ってからうっかり怪我でもしたら体が腐り始めちまうんだよ。
ワクチン接種してないと同じ空間に居るのは無理だね、怖いから。
赤ん坊をベースに作られた醜悪な殺人兵器だよありゃ。
特級危険物扱いで、見つけたら即処分が義務付けられてる。」
「手足をトゲ扱いしたってか〜?大したセンスだよ!ぺっ!!」
虫唾が走り痰唾を吐く。
「で、どうすんのかね。」
「あの人次第だがまーだ一言も喋らねんだわ。
いい加減にしてほしいぜ、一週間も待たせてよぉ。期日は明日なのに。」
安アパートの前。
月季のロサとサファイアは合流して、イチゴの代わりに話を纏めていた。
『食屍鬼を連れてきたら昇格させてやる』
上からそう指示を受けた月季のロサは、昇格なぞ微塵も興味無い。
だが断れば命は無い。
当人曰く、『従った所でもう老兵には用済みだ。
なので好き勝手に借りを返させていただく』と断言した。
一方的な妬みを受け、家と妻子を組員の犯行による放火で失ったが
事故に見せかけて知らを切って誤魔化され続けていたのだ。
「だからオレも事故に見せかけて奴等が消えたら良いなっていつも思っててな。」
「復讐かい、いいね。」
「俺もやる···」
徐に姿を現したイチゴ。その目つきは鋭い。
「やるって、復讐をか?」
「ああ。」
「俺ぁてっきり捜索だけやると思ったのに。」
「捜索も復讐もやる。いいか、俺の作戦を聞いてくれ。」
そして安アパート、もといチカの部屋まで二人を案内した。
鍵の代わりと言わんばかりに、イチゴは指先で撃ち抜いて解錠した。
「8桁もの暗号を要求する方が悪い。」
「派手に解錠したねえ、もう堂々入るしかないや。」
遠慮なく扉を開けて入室。
薄暗いが、とても広々している。
僅かに差し込んだ灯りで照らし出される装飾品は
硝子や金属で反射してその輪郭を見せている。
「なんだろう。ダンスホールみたいな雰囲気だけど···
あ?!あんな所にパソコンみたいな物が!!」
「おい、チカ···ん?」
視線を感じた向こうには、石造りの赤子···いや、あれは地蔵?
エスニックな雰囲気の場に似つかわしいオブジェに目を惹かれていた。
しかし、頭上から聴こえる軋み音で我に返る。
「これは···決定的じゃないか!
しかもこのメール、内容が確かなら現場に辿り着けるのでは?!」
チカは夢中で端末に触れていた。
一方で、イチゴは軋みの正体にようやく気付いたのだ。
扉に繋げられた紐が、垂れ下がった巨大シャンデリアをぎりぎり支え
開けた反動で紐が切れて、巨大な振り子と化すトラップ···!
その振り子の角度は、あの端末の範囲内···!!
「伏せろ、チカぁ!!」
「えっ、何?!」
叫んだ衝撃がきっかけになったか?いや、その時が来ただけだ。
紐が完全に切れて、支えを失った巨大シャンデリアが振り下ろされる!
穴が空くほど強く床を蹴って駆け込み、イチゴはチカに覆い被さった。
激しく叩き付けられたイチゴは振り子の衝撃に加えて
硝子や金属片が無数刺さり或いは切れて、更に漏れ出た電気で焼かれる。
体を丸めて身を守る体制になっていたチカ。
薄っすら目を開けると、青い肌に滲み出る赤い血が見えた。
「い、イチゴくん!大丈夫かい?!」
「左腕を少しやられたが何とかな···チカこそ、大丈夫か?
···脚が切れているな。」
「僕はちょっと当たっただけだ!とにかく出よう!」
「まだ調べる余地はあるんじゃないか···?続行しよう···」
「だ、駄目だ!治療が先だ!お願いであり命令だよ!!」
命令ならば···と観念したイチゴはチカに連れられその場を後にした。
···力が入らない。妙だ、軽傷とは言い難いがこの程度、割とよくあるのに。
やがて熱を帯び、吐き気を催し、視界も狭くなる。
懸命に救急要請するチカの声すら聴こえなくなり···意識がフェードアウトした。
「う······ぅ···」
「あ、起きた。ちょっと、聞こえたら手をグッパしてみてっ」
言われるがまま掌を丸めたり広げたりした。
「よかった〜、反応ありだ。」
「その声···博士?」
眩しい。目を細めて見えたのは、照明の逆光で黒い顔のウォリック博士。
イチゴは今、寝かされている状態なようだ。
幾多ものチューブが刺され、ほぼ全身に包帯を巻かれ、呼吸器も付けられ、左腕にはギプス···
「いやあ、さすが丈夫だね。
透析や投薬もしたとはいえ人食いバクテリアもどきを撥ね除けたか。」
「人食い···バクテリア?」
「少し調べた話だと、君達が行った先で空気感染したみたいだ。」
思い当たる物があった。あの不気味な地蔵。
仕組みは判らないが二重のトラップがあの場に配置されていたのは確かだ。
「博士、チカは?チカは何処にいるんです?」
「か、彼女なら○○第一病院に···あ〜ちょっと〜」
聞くなりチューブを乱雑に引き抜き、呼吸器を投げ捨て立ち上がる。
博士の制止虚しく、着替えを済ませて施設から出た。
窓から見送るしかなかった彼の肩に置かれる青い手。
「博士、無駄だぜ。誰も止められねえよ。」
「サファイアがそれ言い切っちゃうとな〜う〜ん。
とりあえず色々フォローしてやって、無駄がなくなるようにね。」
「食屍鬼遣いが粗いねえ。
ま、かわいこちゃんが頑張ったんだし、やらなきゃ男が廃るってもんだ。」
「ちょっと、君!重症患者がいるのに!おい、皆止めてくれ!」
院長の一声により若い男性看護士が束になって掴みかかるが
皆引きづられるだけで止めるに至らない。
「チカ!!!!」
「ぁ···イチゴくんだ···」
ベッドの上で横たわっていたのはチカ、なのだが···
包帯で厚く巻かれた手足、だが片腕片脚は切り落とされたのかもう無い。
そっと手を取ったが、冷たく固く、人形の様。
末端となる四肢が壊死していたのだ。
「やっとあえたぁ···」
「遅くなったな···」
「さむいね···」
「······」
冷暖房完備で暑すぎず寒すぎずを保った快適な室温である。
幻肢痛だ。
どう答えてやったら良いか判らず、口を噤んでしまった。
「ね、イチゴくん···ぼく、きみにまだいってなかったことあってぇ···」
「言ってない事?」
「ぼくの、ほんみょう。『こん はんみ』っていうのぉ···
ちかいっていうじに、くさかんむりのはんに、みりょく···」
「近藩魅、か。判った。」
「これでぇ、あといろいろ、すうじつかったら、あんごうしさん···
きみならつかえるから···」
「し、資産···?
チカ、資産なんて俺はむしろお前に与えたかったんだよ···
一区切りついたらお前と結婚して豊かにしてやりたかったんだよ···
愛している···なあ······チカ······」
「だいすき······」
手が、文字通り取れてしまった。
だがチカは動じてない。
動かない。動かなくなった。何もかも。
「通称『とげぬき地蔵』といってな。マジックアイテムの『号』だったかな。
熱感知して無色無臭のガスを出す、即効性の劇物だね。
吸ってからうっかり怪我でもしたら体が腐り始めちまうんだよ。
ワクチン接種してないと同じ空間に居るのは無理だね、怖いから。
赤ん坊をベースに作られた醜悪な殺人兵器だよありゃ。
特級危険物扱いで、見つけたら即処分が義務付けられてる。」
「手足をトゲ扱いしたってか〜?大したセンスだよ!ぺっ!!」
虫唾が走り痰唾を吐く。
「で、どうすんのかね。」
「あの人次第だがまーだ一言も喋らねんだわ。
いい加減にしてほしいぜ、一週間も待たせてよぉ。期日は明日なのに。」
安アパートの前。
月季のロサとサファイアは合流して、イチゴの代わりに話を纏めていた。
『食屍鬼を連れてきたら昇格させてやる』
上からそう指示を受けた月季のロサは、昇格なぞ微塵も興味無い。
だが断れば命は無い。
当人曰く、『従った所でもう老兵には用済みだ。
なので好き勝手に借りを返させていただく』と断言した。
一方的な妬みを受け、家と妻子を組員の犯行による放火で失ったが
事故に見せかけて知らを切って誤魔化され続けていたのだ。
「だからオレも事故に見せかけて奴等が消えたら良いなっていつも思っててな。」
「復讐かい、いいね。」
「俺もやる···」
徐に姿を現したイチゴ。その目つきは鋭い。
「やるって、復讐をか?」
「ああ。」
「俺ぁてっきり捜索だけやると思ったのに。」
「捜索も復讐もやる。いいか、俺の作戦を聞いてくれ。」
そして安アパート、もといチカの部屋まで二人を案内した。
一方的な約束を守ると思えないのはその通り。
イチゴを連行させるのは、人身売買主犯の濡れ衣を着せるため。
チカに匿われてから風評被害がなくなったのは確かだったが
一連の犯行をしていたため世間的に大人しく見せていた···
等と言ってしまえば、あちらはいくらでも偽装できてしまう。
だが逆に言えばそれを証明するための物証は一部でも現場に確実にあると読んだ。
真の主犯格もだ。
「偽装工作のための囮を空港にあえて残し
本命となるモノを抱えて密輸しつつ
主犯格は俺が囚われたのを確認した後、国境の向こうまで飛び立つ。」
「十分あり得る流れだねえ。
組長に心酔しているなら、玫瑰は食屍鬼である君の事も気に入ってそうだ。
近くで君を見たがる可能性は高い。」
「人間にはオーバーキルのトラップ残したくらいだしな。
意識してんのは違いねえ。なんだっけ、玫瑰は白髪野郎なんだよな?」
「なんなら血で染めても引き抜いても構わないぞ。」
「血気盛んだな、俺ぁそんな野蛮なやり方はしねえよ。ひひひ。
それにあんたがあんたの手でそうしたいんだろ?」
「まあな。俺はまた手加減を忘れかけているからな···」
そう、優しく触れたい最愛の人はもういない。
トゲ(手足)だけでなく命まで刈り取った玫瑰、花弁の様に散らしても足りる気がしない。
狭い部屋の中、男3人は決意をキメた。
来る日。空港目指して食屍鬼を乗せて高級車で駆る。
月季のロサは単独行動も多く、自ら運転する事のが多い。
部下に任せると目的地に着けないから。
···等と他愛もない雑談を交えて和気藹々とはいかない。
ラジオが天気予報を報せる声しか響いていない車内。風はそこそこの飛行日和。
空港に着くとグランドスタッフの出迎えから始まり
奥に行くにつれ通路も案内人も柄が悪くなり
最終的に、場内マップには存在しない階層に連れられた。
埃っぽく砂っぽく、壁にはシミや円形のひび割れが点在。
チンピラとスーツ姿のマフィアが複数人、肝心の白髪野郎はいない。
「此処が集合場所なんだね。」
「定番の場所だ、あんたが覚える必要は無え。
此処で商品に付け足されるからな。」
「待て、用があるのは俺にだけだろう?
この人には世話になったんだ、無事に返さなければ抵抗させてもらう。」
「抵抗だってえ?病み上がりで立ってるのもギリギリそうじゃねえか。
脚もなんだか細いしよお。」
「·········いや、マジで細くないか?こいつ別の奴じゃねえよな?」
ざわつき始める大衆。食屍鬼の猛々しさは周知の認識。
筋骨隆々の見た目通りの豪腕であった···はずだが、病み上がりとはいえ筋肉が薄い。
疑ったチンピラの一人がギプスを掴んで拳銃の持ち手で叩き割った。
やはり腕が妙に細い、そして肩に至っては包帯の下から見えたのは傷痕ではなく···
「な、なんだこりゃ?絵?入れ墨?」
「それは地獄界の鬼だな、お前達の案内人さ。」
「何を···って、え?おい、どうなってんだ?」
視界が下がる、訳ではなく体ごと、足場ごと下がっている。
絶叫が轟音に、体は瓦礫に飲まれる。広間一帯の床が突如崩壊したのだ。
ただし、サファイアと月季のロサの立ち位置は除いて。
「なな、なんだいなんだい何をしたんだあ?!」
「俺の異能さ、はったりが現実になる。
ま、老朽化によるタダの不幸な事故かもしれねえがな?」
「君の前じゃあ悪い事はできないねえ···」
「そう、あくまで俺の声が届く範囲に限る。
話の通じない奴はあの人が直接叩き潰す。
目には目を、歯には歯を、人外には人外を。」
外を見遣ると砂漠方面に飛び立つ飛行機が2機見えた。
片やそのまま空の向こうに消えたが、もう1機は様子がおかしい。
蛇行に加えて速度も高度も不規則不安定。
「今光ったな、救難信号なんて出せるわけねえから···」
「えっ?!まさかダンナは外側から攻めてた?!」
「袋小路にして捕えるのは定石。
食屍鬼にとっちゃ車両や機体は弁当箱みたいなもんだぜ?
食い散らかすのが先か堕ちるのが先か、どっちかねえ。」
にたりと笑うと純白の鋭い牙が覗き見えた。
これぞ人成らざるものによる圧倒的暴力···!
大混乱の機内。
右手で飛行機にしがみつき、左手で延々撃ち続けるイチゴ。
正面窓硝子に穴が空いただけでなく、ヒビが全面走り視界を阻まれ、終いには砕けて散った。
「うわあああああ?!」
操縦士が一人、外に吸い込まれる。
中にいる者は皆しがみつくのが手一杯で操縦の補助はできない。
ならばと無理矢理マシンガンを発砲して、食屍鬼の撃退を試みる者がいたが
数発被弾させるもまるで手応えがない。
効いていないのか、怒りで我を忘れているのか。
「あ"っ」
一閃が口を貫く。射撃手も空に吸われた。
「ひいいい何とかしてくれよ玫瑰いいい」
人体蒐集はするのにいざ自分の死が見えると狂乱する哀れな男が
泣いてしがみついてる相手は白髪の青年、玫瑰だ。
動揺する周囲を気にも留めず微動だにもせず、イチゴに視線が釘付けである。
「人の業で簡単にくたばらず、圧倒する力強さが本当素晴らしい!
私を追ってきてくれて嬉しいなあ、イチゴくん!」
爽やかな笑顔で悪怯れなく歓迎の意を示した。
「その名で俺を···呼ぶなあああ!!」
激昂し、発狂しながら、乱雑な閃光が機体ごと、玫瑰の至る所を貫く。
その勢いのまま突撃を試みたが機体が大きく傾いてしまった。
玫瑰はグロッシュナー諸共機内の奥に滑り落ち、イチゴは空に吸われた。
そして···空港から辛うじて見える距離に、一機墜落したのであった。
「あったあった。は〜力仕事は俺の専門外なのによ!」
仮置き倉庫。
ホコリ被った荷箱を前にカモフラージュされた、人体入りコンテナを発見した。
「此方には丁寧に積み込まれた輸送機が見つかったよ。」
「これで後出しだが大義名分ができたな···って言ってる側から来やがったな。」
遠方が騒がしい。
様々な公共機関車両が警笛を鳴らしながら群がってきたようだ。
「おっさんはあの人回収しに行っといて。絶対生きてる。」
「え、オレは構わないけどあんたは一人であれ等を捌ききる気かい?!」
「なぁに、こういうのが正しく俺の(戦場)持ち場さ。」
任侠の食屍鬼サファイアは、世間を言い包めるために玄関方向へ単身向かう。
イチゴを連行させるのは、人身売買主犯の濡れ衣を着せるため。
チカに匿われてから風評被害がなくなったのは確かだったが
一連の犯行をしていたため世間的に大人しく見せていた···
等と言ってしまえば、あちらはいくらでも偽装できてしまう。
だが逆に言えばそれを証明するための物証は一部でも現場に確実にあると読んだ。
真の主犯格もだ。
「偽装工作のための囮を空港にあえて残し
本命となるモノを抱えて密輸しつつ
主犯格は俺が囚われたのを確認した後、国境の向こうまで飛び立つ。」
「十分あり得る流れだねえ。
組長に心酔しているなら、玫瑰は食屍鬼である君の事も気に入ってそうだ。
近くで君を見たがる可能性は高い。」
「人間にはオーバーキルのトラップ残したくらいだしな。
意識してんのは違いねえ。なんだっけ、玫瑰は白髪野郎なんだよな?」
「なんなら血で染めても引き抜いても構わないぞ。」
「血気盛んだな、俺ぁそんな野蛮なやり方はしねえよ。ひひひ。
それにあんたがあんたの手でそうしたいんだろ?」
「まあな。俺はまた手加減を忘れかけているからな···」
そう、優しく触れたい最愛の人はもういない。
トゲ(手足)だけでなく命まで刈り取った玫瑰、花弁の様に散らしても足りる気がしない。
狭い部屋の中、男3人は決意をキメた。
来る日。空港目指して食屍鬼を乗せて高級車で駆る。
月季のロサは単独行動も多く、自ら運転する事のが多い。
部下に任せると目的地に着けないから。
···等と他愛もない雑談を交えて和気藹々とはいかない。
ラジオが天気予報を報せる声しか響いていない車内。風はそこそこの飛行日和。
空港に着くとグランドスタッフの出迎えから始まり
奥に行くにつれ通路も案内人も柄が悪くなり
最終的に、場内マップには存在しない階層に連れられた。
埃っぽく砂っぽく、壁にはシミや円形のひび割れが点在。
チンピラとスーツ姿のマフィアが複数人、肝心の白髪野郎はいない。
「此処が集合場所なんだね。」
「定番の場所だ、あんたが覚える必要は無え。
此処で商品に付け足されるからな。」
「待て、用があるのは俺にだけだろう?
この人には世話になったんだ、無事に返さなければ抵抗させてもらう。」
「抵抗だってえ?病み上がりで立ってるのもギリギリそうじゃねえか。
脚もなんだか細いしよお。」
「·········いや、マジで細くないか?こいつ別の奴じゃねえよな?」
ざわつき始める大衆。食屍鬼の猛々しさは周知の認識。
筋骨隆々の見た目通りの豪腕であった···はずだが、病み上がりとはいえ筋肉が薄い。
疑ったチンピラの一人がギプスを掴んで拳銃の持ち手で叩き割った。
やはり腕が妙に細い、そして肩に至っては包帯の下から見えたのは傷痕ではなく···
「な、なんだこりゃ?絵?入れ墨?」
「それは地獄界の鬼だな、お前達の案内人さ。」
「何を···って、え?おい、どうなってんだ?」
視界が下がる、訳ではなく体ごと、足場ごと下がっている。
絶叫が轟音に、体は瓦礫に飲まれる。広間一帯の床が突如崩壊したのだ。
ただし、サファイアと月季のロサの立ち位置は除いて。
「なな、なんだいなんだい何をしたんだあ?!」
「俺の異能さ、はったりが現実になる。
ま、老朽化によるタダの不幸な事故かもしれねえがな?」
「君の前じゃあ悪い事はできないねえ···」
「そう、あくまで俺の声が届く範囲に限る。
話の通じない奴はあの人が直接叩き潰す。
目には目を、歯には歯を、人外には人外を。」
外を見遣ると砂漠方面に飛び立つ飛行機が2機見えた。
片やそのまま空の向こうに消えたが、もう1機は様子がおかしい。
蛇行に加えて速度も高度も不規則不安定。
「今光ったな、救難信号なんて出せるわけねえから···」
「えっ?!まさかダンナは外側から攻めてた?!」
「袋小路にして捕えるのは定石。
食屍鬼にとっちゃ車両や機体は弁当箱みたいなもんだぜ?
食い散らかすのが先か堕ちるのが先か、どっちかねえ。」
にたりと笑うと純白の鋭い牙が覗き見えた。
これぞ人成らざるものによる圧倒的暴力···!
大混乱の機内。
右手で飛行機にしがみつき、左手で延々撃ち続けるイチゴ。
正面窓硝子に穴が空いただけでなく、ヒビが全面走り視界を阻まれ、終いには砕けて散った。
「うわあああああ?!」
操縦士が一人、外に吸い込まれる。
中にいる者は皆しがみつくのが手一杯で操縦の補助はできない。
ならばと無理矢理マシンガンを発砲して、食屍鬼の撃退を試みる者がいたが
数発被弾させるもまるで手応えがない。
効いていないのか、怒りで我を忘れているのか。
「あ"っ」
一閃が口を貫く。射撃手も空に吸われた。
「ひいいい何とかしてくれよ玫瑰いいい」
人体蒐集はするのにいざ自分の死が見えると狂乱する哀れな男が
泣いてしがみついてる相手は白髪の青年、玫瑰だ。
動揺する周囲を気にも留めず微動だにもせず、イチゴに視線が釘付けである。
「人の業で簡単にくたばらず、圧倒する力強さが本当素晴らしい!
私を追ってきてくれて嬉しいなあ、イチゴくん!」
爽やかな笑顔で悪怯れなく歓迎の意を示した。
「その名で俺を···呼ぶなあああ!!」
激昂し、発狂しながら、乱雑な閃光が機体ごと、玫瑰の至る所を貫く。
その勢いのまま突撃を試みたが機体が大きく傾いてしまった。
玫瑰はグロッシュナー諸共機内の奥に滑り落ち、イチゴは空に吸われた。
そして···空港から辛うじて見える距離に、一機墜落したのであった。
「あったあった。は〜力仕事は俺の専門外なのによ!」
仮置き倉庫。
ホコリ被った荷箱を前にカモフラージュされた、人体入りコンテナを発見した。
「此方には丁寧に積み込まれた輸送機が見つかったよ。」
「これで後出しだが大義名分ができたな···って言ってる側から来やがったな。」
遠方が騒がしい。
様々な公共機関車両が警笛を鳴らしながら群がってきたようだ。
「おっさんはあの人回収しに行っといて。絶対生きてる。」
「え、オレは構わないけどあんたは一人であれ等を捌ききる気かい?!」
「なぁに、こういうのが正しく俺の(戦場)持ち場さ。」
任侠の食屍鬼サファイアは、世間を言い包めるために玄関方向へ単身向かう。