蟹〜
一際大きい金属製の扉、ダイヤルロックと鍵で施錠されている。
鍵の代わりと言わんばかりに、イチゴは指先で撃ち抜いて解錠した。
「8桁もの暗号を要求する方が悪い。」
「派手に解錠したねえ、もう堂々入るしかないや。」
遠慮なく扉を開けて入室。
薄暗いが、とても広々している。
僅かに差し込んだ灯りで照らし出される装飾品は
硝子や金属で反射してその輪郭を見せている。
「なんだろう。ダンスホールみたいな雰囲気だけど···
あ?!あんな所にパソコンみたいな物が!!」
「おい、チカ···ん?」
視線を感じた向こうには、石造りの赤子···いや、あれは地蔵?
エスニックな雰囲気の場に似つかわしいオブジェに目を惹かれていた。
しかし、頭上から聴こえる軋み音で我に返る。
「これは···決定的じゃないか!
しかもこのメール、内容が確かなら現場に辿り着けるのでは?!」
チカは夢中で端末に触れていた。
一方で、イチゴは軋みの正体にようやく気付いたのだ。
扉に繋げられた紐が、垂れ下がった巨大シャンデリアをぎりぎり支え
開けた反動で紐が切れて、巨大な振り子と化すトラップ···!
その振り子の角度は、あの端末の範囲内···!!
「伏せろ、チカぁ!!」
「えっ、何?!」
叫んだ衝撃がきっかけになったか?いや、その時が来ただけだ。
紐が完全に切れて、支えを失った巨大シャンデリアが振り下ろされる!
穴が空くほど強く床を蹴って駆け込み、イチゴはチカに覆い被さった。
激しく叩き付けられたイチゴは振り子の衝撃に加えて
硝子や金属片が無数刺さり或いは切れて、更に漏れ出た電気で焼かれる。
体を丸めて身を守る体制になっていたチカ。
薄っすら目を開けると、青い肌に滲み出る赤い血が見えた。
「い、イチゴくん!大丈夫かい?!」
「左腕を少しやられたが何とかな···チカこそ、大丈夫か?
···脚が切れているな。」
「僕はちょっと当たっただけだ!とにかく出よう!」
「まだ調べる余地はあるんじゃないか···?続行しよう···」
「だ、駄目だ!治療が先だ!お願いであり命令だよ!!」
命令ならば···と観念したイチゴはチカに連れられその場を後にした。
···力が入らない。妙だ、軽傷とは言い難いがこの程度、割とよくあるのに。
やがて熱を帯び、吐き気を催し、視界も狭くなる。
懸命に救急要請するチカの声すら聴こえなくなり···意識がフェードアウトした。
「う······ぅ···」
「あ、起きた。ちょっと、聞こえたら手をグッパしてみてっ」
言われるがまま掌を丸めたり広げたりした。
「よかった〜、反応ありだ。」
「その声···博士?」
眩しい。目を細めて見えたのは、照明の逆光で黒い顔のウォリック博士。
イチゴは今、寝かされている状態なようだ。
幾多ものチューブが刺され、ほぼ全身に包帯を巻かれ、呼吸器も付けられ、左腕にはギプス···
「いやあ、さすが丈夫だね。
透析や投薬もしたとはいえ人食いバクテリアもどきを撥ね除けたか。」
「人食い···バクテリア?」
「少し調べた話だと、君達が行った先で空気感染したみたいだ。」
思い当たる物があった。あの不気味な地蔵。
仕組みは判らないが二重のトラップがあの場に配置されていたのは確かだ。
「博士、チカは?チカは何処にいるんです?」
「か、彼女なら○○第一病院に···あ〜ちょっと〜」
聞くなりチューブを乱雑に引き抜き、呼吸器を投げ捨て立ち上がる。
博士の制止虚しく、着替えを済ませて施設から出た。
窓から見送るしかなかった彼の肩に置かれる青い手。
「博士、無駄だぜ。誰も止められねえよ。」
「サファイアがそれ言い切っちゃうとな〜う〜ん。
とりあえず色々フォローしてやって、無駄がなくなるようにね。」
「食屍鬼遣いが粗いねえ。
ま、かわいこちゃんが頑張ったんだし、やらなきゃ男が廃るってもんだ。」
「ちょっと、君!重症患者がいるのに!おい、皆止めてくれ!」
院長の一声により若い男性看護士が束になって掴みかかるが
皆引きづられるだけで止めるに至らない。
「チカ!!!!」
「ぁ···イチゴくんだ···」
ベッドの上で横たわっていたのはチカ、なのだが···
包帯で厚く巻かれた手足、だが片腕片脚は切り落とされたのかもう無い。
そっと手を取ったが、冷たく固く、人形の様。
末端となる四肢が壊死していたのだ。
「やっとあえたぁ···」
「遅くなったな···」
「さむいね···」
「······」
冷暖房完備で暑すぎず寒すぎずを保った快適な室温である。
幻肢痛だ。
どう答えてやったら良いか判らず、口を噤んでしまった。
「ね、イチゴくん···ぼく、きみにまだいってなかったことあってぇ···」
「言ってない事?」
「ぼくの、ほんみょう。『こん はんみ』っていうのぉ···
ちかいっていうじに、くさかんむりのはんに、みりょく···」
「近藩魅、か。判った。」
「これでぇ、あといろいろ、すうじつかったら、あんごうしさん···
きみならつかえるから···」
「し、資産···?
チカ、資産なんて俺はむしろお前に与えたかったんだよ···
一区切りついたらお前と結婚して豊かにしてやりたかったんだよ···
愛している···なあ······チカ······」
「だいすき······」
手が、文字通り取れてしまった。
だがチカは動じてない。
動かない。動かなくなった。何もかも。
「通称『とげぬき地蔵』といってな。マジックアイテムの『号』だったかな。
熱感知して無色無臭のガスを出す、即効性の劇物だね。
吸ってからうっかり怪我でもしたら体が腐り始めちまうんだよ。
ワクチン接種してないと同じ空間に居るのは無理だね、怖いから。
赤ん坊をベースに作られた醜悪な殺人兵器だよありゃ。
特級危険物扱いで、見つけたら即処分が義務付けられてる。」
「手足をトゲ扱いしたってか〜?大したセンスだよ!ぺっ!!」
虫唾が走り痰唾を吐く。
「で、どうすんのかね。」
「あの人次第だがまーだ一言も喋らねんだわ。
いい加減にしてほしいぜ、一週間も待たせてよぉ。期日は明日なのに。」
安アパートの前。
月季のロサとサファイアは合流して、イチゴの代わりに話を纏めていた。
『食屍鬼を連れてきたら昇格させてやる』
上からそう指示を受けた月季のロサは、昇格なぞ微塵も興味無い。
だが断れば命は無い。
当人曰く、『従った所でもう老兵には用済みだ。
なので好き勝手に借りを返させていただく』と断言した。
一方的な妬みを受け、家と妻子を組員の犯行による放火で失ったが
事故に見せかけて知らを切って誤魔化され続けていたのだ。
「だからオレも事故に見せかけて奴等が消えたら良いなっていつも思っててな。」
「復讐かい、いいね。」
「俺もやる···」
徐に姿を現したイチゴ。その目つきは鋭い。
「やるって、復讐をか?」
「ああ。」
「俺ぁてっきり捜索だけやると思ったのに。」
「捜索も復讐もやる。いいか、俺の作戦を聞いてくれ。」
そして安アパート、もといチカの部屋まで二人を案内した。
鍵の代わりと言わんばかりに、イチゴは指先で撃ち抜いて解錠した。
「8桁もの暗号を要求する方が悪い。」
「派手に解錠したねえ、もう堂々入るしかないや。」
遠慮なく扉を開けて入室。
薄暗いが、とても広々している。
僅かに差し込んだ灯りで照らし出される装飾品は
硝子や金属で反射してその輪郭を見せている。
「なんだろう。ダンスホールみたいな雰囲気だけど···
あ?!あんな所にパソコンみたいな物が!!」
「おい、チカ···ん?」
視線を感じた向こうには、石造りの赤子···いや、あれは地蔵?
エスニックな雰囲気の場に似つかわしいオブジェに目を惹かれていた。
しかし、頭上から聴こえる軋み音で我に返る。
「これは···決定的じゃないか!
しかもこのメール、内容が確かなら現場に辿り着けるのでは?!」
チカは夢中で端末に触れていた。
一方で、イチゴは軋みの正体にようやく気付いたのだ。
扉に繋げられた紐が、垂れ下がった巨大シャンデリアをぎりぎり支え
開けた反動で紐が切れて、巨大な振り子と化すトラップ···!
その振り子の角度は、あの端末の範囲内···!!
「伏せろ、チカぁ!!」
「えっ、何?!」
叫んだ衝撃がきっかけになったか?いや、その時が来ただけだ。
紐が完全に切れて、支えを失った巨大シャンデリアが振り下ろされる!
穴が空くほど強く床を蹴って駆け込み、イチゴはチカに覆い被さった。
激しく叩き付けられたイチゴは振り子の衝撃に加えて
硝子や金属片が無数刺さり或いは切れて、更に漏れ出た電気で焼かれる。
体を丸めて身を守る体制になっていたチカ。
薄っすら目を開けると、青い肌に滲み出る赤い血が見えた。
「い、イチゴくん!大丈夫かい?!」
「左腕を少しやられたが何とかな···チカこそ、大丈夫か?
···脚が切れているな。」
「僕はちょっと当たっただけだ!とにかく出よう!」
「まだ調べる余地はあるんじゃないか···?続行しよう···」
「だ、駄目だ!治療が先だ!お願いであり命令だよ!!」
命令ならば···と観念したイチゴはチカに連れられその場を後にした。
···力が入らない。妙だ、軽傷とは言い難いがこの程度、割とよくあるのに。
やがて熱を帯び、吐き気を催し、視界も狭くなる。
懸命に救急要請するチカの声すら聴こえなくなり···意識がフェードアウトした。
「う······ぅ···」
「あ、起きた。ちょっと、聞こえたら手をグッパしてみてっ」
言われるがまま掌を丸めたり広げたりした。
「よかった〜、反応ありだ。」
「その声···博士?」
眩しい。目を細めて見えたのは、照明の逆光で黒い顔のウォリック博士。
イチゴは今、寝かされている状態なようだ。
幾多ものチューブが刺され、ほぼ全身に包帯を巻かれ、呼吸器も付けられ、左腕にはギプス···
「いやあ、さすが丈夫だね。
透析や投薬もしたとはいえ人食いバクテリアもどきを撥ね除けたか。」
「人食い···バクテリア?」
「少し調べた話だと、君達が行った先で空気感染したみたいだ。」
思い当たる物があった。あの不気味な地蔵。
仕組みは判らないが二重のトラップがあの場に配置されていたのは確かだ。
「博士、チカは?チカは何処にいるんです?」
「か、彼女なら○○第一病院に···あ〜ちょっと〜」
聞くなりチューブを乱雑に引き抜き、呼吸器を投げ捨て立ち上がる。
博士の制止虚しく、着替えを済ませて施設から出た。
窓から見送るしかなかった彼の肩に置かれる青い手。
「博士、無駄だぜ。誰も止められねえよ。」
「サファイアがそれ言い切っちゃうとな〜う〜ん。
とりあえず色々フォローしてやって、無駄がなくなるようにね。」
「食屍鬼遣いが粗いねえ。
ま、かわいこちゃんが頑張ったんだし、やらなきゃ男が廃るってもんだ。」
「ちょっと、君!重症患者がいるのに!おい、皆止めてくれ!」
院長の一声により若い男性看護士が束になって掴みかかるが
皆引きづられるだけで止めるに至らない。
「チカ!!!!」
「ぁ···イチゴくんだ···」
ベッドの上で横たわっていたのはチカ、なのだが···
包帯で厚く巻かれた手足、だが片腕片脚は切り落とされたのかもう無い。
そっと手を取ったが、冷たく固く、人形の様。
末端となる四肢が壊死していたのだ。
「やっとあえたぁ···」
「遅くなったな···」
「さむいね···」
「······」
冷暖房完備で暑すぎず寒すぎずを保った快適な室温である。
幻肢痛だ。
どう答えてやったら良いか判らず、口を噤んでしまった。
「ね、イチゴくん···ぼく、きみにまだいってなかったことあってぇ···」
「言ってない事?」
「ぼくの、ほんみょう。『こん はんみ』っていうのぉ···
ちかいっていうじに、くさかんむりのはんに、みりょく···」
「近藩魅、か。判った。」
「これでぇ、あといろいろ、すうじつかったら、あんごうしさん···
きみならつかえるから···」
「し、資産···?
チカ、資産なんて俺はむしろお前に与えたかったんだよ···
一区切りついたらお前と結婚して豊かにしてやりたかったんだよ···
愛している···なあ······チカ······」
「だいすき······」
手が、文字通り取れてしまった。
だがチカは動じてない。
動かない。動かなくなった。何もかも。
「通称『とげぬき地蔵』といってな。マジックアイテムの『号』だったかな。
熱感知して無色無臭のガスを出す、即効性の劇物だね。
吸ってからうっかり怪我でもしたら体が腐り始めちまうんだよ。
ワクチン接種してないと同じ空間に居るのは無理だね、怖いから。
赤ん坊をベースに作られた醜悪な殺人兵器だよありゃ。
特級危険物扱いで、見つけたら即処分が義務付けられてる。」
「手足をトゲ扱いしたってか〜?大したセンスだよ!ぺっ!!」
虫唾が走り痰唾を吐く。
「で、どうすんのかね。」
「あの人次第だがまーだ一言も喋らねんだわ。
いい加減にしてほしいぜ、一週間も待たせてよぉ。期日は明日なのに。」
安アパートの前。
月季のロサとサファイアは合流して、イチゴの代わりに話を纏めていた。
『食屍鬼を連れてきたら昇格させてやる』
上からそう指示を受けた月季のロサは、昇格なぞ微塵も興味無い。
だが断れば命は無い。
当人曰く、『従った所でもう老兵には用済みだ。
なので好き勝手に借りを返させていただく』と断言した。
一方的な妬みを受け、家と妻子を組員の犯行による放火で失ったが
事故に見せかけて知らを切って誤魔化され続けていたのだ。
「だからオレも事故に見せかけて奴等が消えたら良いなっていつも思っててな。」
「復讐かい、いいね。」
「俺もやる···」
徐に姿を現したイチゴ。その目つきは鋭い。
「やるって、復讐をか?」
「ああ。」
「俺ぁてっきり捜索だけやると思ったのに。」
「捜索も復讐もやる。いいか、俺の作戦を聞いてくれ。」
そして安アパート、もといチカの部屋まで二人を案内した。
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