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言葉に偽りなくすぐに目的地に着いたていた。
乗車して数秒、景色がぼやけたかと思えば、スラム街が草木生い茂る豊かな庭園にと変貌したのだ。
速いなんてものじゃない、瞬間移動だ。
走行距離やらで能力の程度を測ろうとも思っていたが無駄に終わった。

「到着致しました。後は案内人にお任せください。」

言うなり、外側から扉を開けられた。
今度は金属製の肌で異様な等身の機械人形が出迎えた。人型だが多肢である。
とにかく招かれるがまま後を付いていくしかない。
戦闘に明け暮れた経験のある身としては、下手な抵抗は無駄であるのを肌で感じたのだ。




小洒落た洋風建築の家に着くなり、玄関を開けられたのでそのまま入った。

「こっちだよ〜」

いくつか部屋はあったが、声のする方へ誘われるがまま向かった。
ドアノブも手掛けも見当たらないが、タッチパネルらしき物に触れてみる。開いた。

「ようこそ、さあ入った入った。何処でも良いから座って。」
「なっ···」

そこにいたのは食屍鬼。蕩けそうな柔らかく穏やかな顔立ちで
何より特徴的なのは···四肢が見当たらない点。純白の包帯で撒かれた手足は短い。
言われるがまま腰を下ろした。

「君が、モーシッシか···?」
「そうだよ、ウォーレン博士製の食屍鬼モーシッシだよん。」

口調まで緩い。その体で何故そんなに余裕があるのか?と視線で尋ねる。

「僕ぁ生まれつき免疫力弱くってさ〜。
感染症で手足が腐ってなくなったけど、エニアが全部カバーしてくれるから困る事が無いんだ。」
「だからといって···」
「僕が生き残れたのは、そういう運の良さだろうね。
体の強さで抵抗できた君と違って。」
「感染症なんて言ったが、やはり人食いバクテリアもどきのせいか···」

脳裏に過る、嘗ての被害者達···
やはり玫瑰の悪意はまだ世界に散乱し続けていたのだ。

「君が活動し続けてるのを聞いてさ、力になりたくなったの。」
「なんだって···いや、気持ちはありがたいが···」
「アザルシスの市場ってえ、栄えさせる為に商売の幅をめちゃめちゃ広くしてるんだ。
それは大先輩の食屍鬼が定義付けた方針で、皆それに従いもすれば悪用する物もいる。
独自のパイプを設けて危険な物を売買してる商人も少なくはないよ。
だから未だに商品として存在し続けてる『号』は市場を汚し続けてもいるんだ。」

とんだバイオテロである。
それが玫瑰の故意だとしても不意だとしても理解し難い。
何より···悔しかった、非常に。
チカの痕跡は日々薄れる中で、奴の悪意は現役でいる。

「市場のためか?と言われたらそうだけど僕にはそれは建前。
個人的にも協力したいと思っていたの。」
「何故だ?」
「初代黒星探偵はヘビーユーザーのゲーマーだったみたいだねえ?
彼女が熱心にプレイし続けていたゲームは
シリーズが代替わりしても未だに運営されてるんだ。
彼女は界隈でも有名なプレイヤーで
運営にとってもプレイヤーにとっても有益な提案を残すご意見番だった。
マナーの良さは勿論賑やかしとしても人気で僕もファンなんだ。
彼女が惚気話で悶えるスレッドなんて未だに伝説化して残されてるんだよ。」
「な、なんだと···?!それは今見れるか?!」
「うひゃあ、待って待って押さないで〜」

ころんとひっくり返されるモーシッシを見て我に返る。
案内されてる最中に『モーシッシに負傷させたらタダでは済まない』
との忠告を受けていたのを思い出し、引き下がる。
周辺機器を器用に使って端末を起動させてくれた。

展開されたのは、投稿時期が非常に古い掲示板的書き込み場。
びっっっしりと字と絵文字で埋め尽くされたそれは
言葉にすらなってない箇所も多数。
とにかく何かに対して反応しているのは伝わるが、大半が意味不明だ。
これは精神的に異常をきたしたわけではなく
抑えきれない感情を表現したまでだという。
だがたまに、我に返るのが冷静になった書き込みを見て判った。
これは全て、イチゴへの愛情を示した叫びなのだと。

「そこはねえ、ゲームと直接関係ない雑談の派生なんだよ。
運営の衰退期を支えたのも伝説たる由縁かも。」
「チカ······」
「あ、ハンドルネームだと思ってたら素面でもチカって言っていたんだ?」
「ああ···それと、イチゴというのは俺の事だ···」
「No.15だからイチゴ?なるほどね。
んじゃあこの一際謎な文があるこの日に君何したの?ねえ?ねえねえ?」

煽る様に卑しく尋ねてくるが、それは『解っている』反応である。
その日はよく覚えている···チカを満足させるため張りきったあの日だ···

「ま、そんなわけでね?
彼女が如何に善良で健全な人か僕もエニアも保証するから、基金設立に協力させて?」

商会会長となると最強の後ろ盾である。
三大マフィアも恐らく彼女の掌の上の存在でしかない。
乗らない理由を探す方が難しい。
しかし何故だか、どうしても気持ちの折り合いが付かず、首を縦に振れない···

「ねね、ブラックスター。
創始者の名前にさ、ブラックスターとチカの本名で刻まない?」
「えっ···」
「黒星探偵はチカとイチゴでできているように
基金は本チカとブラックスターでできるんだからさ。
僕達は脇役、どんなに偉くなってもね、一番星の輝きに勝るものはないんだよ。
アザルシスで無償で予防対策してくれるって、とんでもない慈善なんだよ?」

そうだ、イチゴはブラックスターを名乗る事で
『チカの存在を黒く塗り潰してしまうのでは?』という
ありもしない不安に怯えていたのだ。
チカは、近藩魅としてむしろ栄光を残せる。

「さあ、一秒でも惜しいんじゃないのかい?
早く僕にも明るい未来を視せておくれよ?」
「まさか未来視でもできるのか?」
「うん、僕のとっておきの武器(異能)さ。」
「なるほどな。ふふ、よろしく頼む。僕が駆け回る所を見守ってくれ。」

モーシッシは手の代わりに頭をぽすんとあてて同意を示した。



暗号資産を全て使い、創立されたその名も『一番星基金』。
スポンサーである商会会長エニアの影響力は絶大で、瞬く間にワクチンが行き渡る。
とは言ってもアザルシス全体から見れば6割弱で、異世界人の分となると僅か2割。
元凶たる『とげぬき地蔵』こと『号』の撤去は総計30体分済んだが母数が未だ不明なので油断ならない。

戦い続けるブラックスター······
常駐しないのは最早癖になっていたが、宿泊先を転々として憩いなどできようか。
偶に前触れなく、どうしようもなく、虚しくなる瞬間もある。
以前の警備区域は統合の都合も相俟って、とうの昔に別個体に委ねた。
基金を設立はしたが、運営自体は雇用者等専門家達に任せている。
探偵業に専念はしていたが、暴力性の増すアザルシスでは推理による説得力の需要が益々薄れていた。

「はぁ···」

初めて漏らした溜め息で揺れる、茶の水面···
波が収まった、かと思えばまた揺れだした。

「失礼、相席してよろしかったかな?」
「席が必要なら譲り···っ?!」

客が多いと思い店の隅で縮こまっていたが
其処に現れたのは車椅子に乗った青い肌の巨漢。
背中から大量の触手を生やした異形だ。
カップを摘むように持つその手は篭手である。
しかしその顔は······

「あ、貴方は?」
「私の名はセプタリアン。
こう見えてウォッタ博士から造られた、末尾No.5の食屍鬼だ。」
「な······こ、これはどうも。
はじめまして、ブラックスターことNo.15の食屍鬼です。」

帽子を外しながら起立し、畏まって頭を下げた。
他の個体と交流が少ない彼でも、革命児たるこの古株個体の偉業を耳にしていたのだ。
精一杯の敬意を払う。
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