蟹〜
あの時の居酒屋、あの時と同じ座席の同じ位置に着く。
「何年経っても店も客も変わらんな、時間の感覚が狂いそうだ。」
「実際此処の時間の流れは特殊らしいぜ?」
「それは当時から知りたかったんだが···」
「まあまあ、それよりあの時とは違う物頼もうぜ?」
あの時よりも高い酒を多く頼み、肴も付け加えた。
空港でのあの忌まわしい事件は『白い薔薇事件』として語り継がれている。
物証に基づいた弁明から始まり状況説明。さりげない論点すり替えによる責任転嫁。
人間と食屍鬼の距離間や必要性について語ったり、ツテのある権力者の名を出したり。
情に訴えたり、はったりをかましたり···
こうしてサファイア達は賠償どころか報酬と賞賛を受け
空港含む玫瑰の傘下は壊滅し
人肉管理のための工場を設けるきっかけ作りに貢献したのだった。
更に様々な機関の協力の甲斐あって、人体の身元が全員分判明。
チカの友達の一人キユも其処にいた。茶髪で傷面の女性だったらしい。
「とてつもない働きぶりだな···」
「俺にかかればこんなもんさ。ま、でもMVPはあんたとチカちゃんだよ。」
「······ああ、ありがとう。」
チカだけだ、と否定しようとしたが止めた。
黒星探偵は二人があってこそ、成果も二人のもの。
酒の席だが帽子を目深に被る···
「あの日の一週間前、俺は自害も考えた。思い直したきっかけは暗号資産だ。」
「いくら入っていたんだい?」
「当時の俺の総資産より三桁多い。とんでもない大金だ。」
「はあ?!貧乏じゃなかったのかよ?!」
「使わなかったから無いと変わりないさ。
ちなみに書き置きも残されていた。」
その記述通りに訳するとこんな内容が判明した。
『チカは自身の名は知っていたが、出生等詳細は一切知らない。
しかし手元には謎の大金があったし、女友達の中でも唯一拐われなかった。
この大金はきっと意味があるはず、個人的に浪費すべきでないと
チカは本名と共に暗号資産を封印した。
最愛の人ができたら一緒に解き明かそう。全てを。
内容が判明したらなるべくそれに添うが、これは多くの人を救うために使いたい。
もし自分が亡くなった場合は、最愛の人に使い途を託す。
最愛の人が見つからなかったら、電子の海の藻屑にしていい。』
···サファイアは、茶化さず呑まず、真摯に聞き入れていた。
「僕はこの金を基金に当てようと思う。」
「基金?なんの?」
「ワクチンだ、あの人食いバクテリアもどきに対するワクチンを打たせるためのだ。
世界中の人に加えて、この世界にやって来た者への分も用意する。
奴の悪意の象徴たる『号』の残り香を消してやる···」
「ブ、ブラックスター。そりゃめちゃくちゃ素晴らしいんだがよお···
基金を設けるなら莫大な金は前提として、太い信頼も必要だ。
反ワクチン、反食屍鬼、敵も多いぜ?」
「その通りだ、だからなかなか踏み込めないでいた。
『号』の完全撤去が確認されていない以上1秒でも惜しいのに。」
「うーん、どうしたもんか。」
冷水を呑むが如く酒を流し込む。
組織に属さぬ孤高の存在、黒星探偵。
今まで培った働きぶりを加味しても知名度が圧倒的に足りない。
単独行動の最大の欠点である。
「···ん?通知が来たな?」
「えっ此処は電波届かないはずなんだが···」
だが確かに端末は鳴いている。
「まさか、じゃあ考えられるのは2つ。異能もしくは我々に未知の技術。」
「どういう事??」
初めて見る発信番号は長すぎて画面からはみ出している。
躊躇わずに応答した。
「はぁいはじめまして!突然ごめんなさいね!私商会会長のエニアなんだけど特殊な送信手段使って貴方に電話掛けたの!貴方がブラックスターさんでよかったわよね?!」
「はい、ブラックスターで間違いありませんが何用ですかな。」
サファイアが驚愕する大物、世界有数の大富豪なら独自の回線で歩み寄る説得力はある。
目の前の先輩個体は大して動じず未知の領域に対応しているのだから畏れ入る。
それにしても、鼓膜に劈くような熟女特有のハスキーボイスだ···
「ちょっとね〜お願いがあるのよ!うちのモーちゃんが貴方に会ってみたいって!」
「はあ、どなたですかな。」
「あらご存知でなかった?!末尾No.41食屍鬼モーシッシの事よ〜!あたしと一緒に住んでるの!ま、とにかく会ってほしいのよ!迎えは此方から出すからさあ!紹介状付きで!すぐに会わせたいけどそちらの都合はどうかしら?!」
目の前の後輩個体に目配せしつつ、飲み代を手渡す。
「僕ならいつでも構いませんよ。居酒屋にいましたが今出ます。」
通話を繋げたままの端末片手に退室。
「モーシッシって···タイムリー過ぎるけど噂通りなら納得だわ。」
サファイアはその食屍鬼について把握していた。
なのでこれから起こる一連の流れも想像がついた。
「はじめまして、ブラックスター様。エニア様の御指示でお迎えに参りました執事です。此方が紹介状となっております。」
路地に一歩出たら大型高級車が目に留まった、かと思いきやの圧倒的スピード感の出迎えが現れた。
触手の塊が人型にまとまりスーツ姿になっている異形。
縮れ毛でも付いていたかと思ったが、ウォリック博士の直筆サイン入りの紙面を見せつける。
「···君の異能かい?」
「作用です、追跡と移動を担っております。御乗車してもらったらすぐに目的地に着けます。」
「乗ろう、案内頼む。」
単独行動の最大の利点はこうして即決断して対応出来る事だ。
「何年経っても店も客も変わらんな、時間の感覚が狂いそうだ。」
「実際此処の時間の流れは特殊らしいぜ?」
「それは当時から知りたかったんだが···」
「まあまあ、それよりあの時とは違う物頼もうぜ?」
あの時よりも高い酒を多く頼み、肴も付け加えた。
空港でのあの忌まわしい事件は『白い薔薇事件』として語り継がれている。
物証に基づいた弁明から始まり状況説明。さりげない論点すり替えによる責任転嫁。
人間と食屍鬼の距離間や必要性について語ったり、ツテのある権力者の名を出したり。
情に訴えたり、はったりをかましたり···
こうしてサファイア達は賠償どころか報酬と賞賛を受け
空港含む玫瑰の傘下は壊滅し
人肉管理のための工場を設けるきっかけ作りに貢献したのだった。
更に様々な機関の協力の甲斐あって、人体の身元が全員分判明。
チカの友達の一人キユも其処にいた。茶髪で傷面の女性だったらしい。
「とてつもない働きぶりだな···」
「俺にかかればこんなもんさ。ま、でもMVPはあんたとチカちゃんだよ。」
「······ああ、ありがとう。」
チカだけだ、と否定しようとしたが止めた。
黒星探偵は二人があってこそ、成果も二人のもの。
酒の席だが帽子を目深に被る···
「あの日の一週間前、俺は自害も考えた。思い直したきっかけは暗号資産だ。」
「いくら入っていたんだい?」
「当時の俺の総資産より三桁多い。とんでもない大金だ。」
「はあ?!貧乏じゃなかったのかよ?!」
「使わなかったから無いと変わりないさ。
ちなみに書き置きも残されていた。」
その記述通りに訳するとこんな内容が判明した。
『チカは自身の名は知っていたが、出生等詳細は一切知らない。
しかし手元には謎の大金があったし、女友達の中でも唯一拐われなかった。
この大金はきっと意味があるはず、個人的に浪費すべきでないと
チカは本名と共に暗号資産を封印した。
最愛の人ができたら一緒に解き明かそう。全てを。
内容が判明したらなるべくそれに添うが、これは多くの人を救うために使いたい。
もし自分が亡くなった場合は、最愛の人に使い途を託す。
最愛の人が見つからなかったら、電子の海の藻屑にしていい。』
···サファイアは、茶化さず呑まず、真摯に聞き入れていた。
「僕はこの金を基金に当てようと思う。」
「基金?なんの?」
「ワクチンだ、あの人食いバクテリアもどきに対するワクチンを打たせるためのだ。
世界中の人に加えて、この世界にやって来た者への分も用意する。
奴の悪意の象徴たる『号』の残り香を消してやる···」
「ブ、ブラックスター。そりゃめちゃくちゃ素晴らしいんだがよお···
基金を設けるなら莫大な金は前提として、太い信頼も必要だ。
反ワクチン、反食屍鬼、敵も多いぜ?」
「その通りだ、だからなかなか踏み込めないでいた。
『号』の完全撤去が確認されていない以上1秒でも惜しいのに。」
「うーん、どうしたもんか。」
冷水を呑むが如く酒を流し込む。
組織に属さぬ孤高の存在、黒星探偵。
今まで培った働きぶりを加味しても知名度が圧倒的に足りない。
単独行動の最大の欠点である。
「···ん?通知が来たな?」
「えっ此処は電波届かないはずなんだが···」
だが確かに端末は鳴いている。
「まさか、じゃあ考えられるのは2つ。異能もしくは我々に未知の技術。」
「どういう事??」
初めて見る発信番号は長すぎて画面からはみ出している。
躊躇わずに応答した。
「はぁいはじめまして!突然ごめんなさいね!私商会会長のエニアなんだけど特殊な送信手段使って貴方に電話掛けたの!貴方がブラックスターさんでよかったわよね?!」
「はい、ブラックスターで間違いありませんが何用ですかな。」
サファイアが驚愕する大物、世界有数の大富豪なら独自の回線で歩み寄る説得力はある。
目の前の先輩個体は大して動じず未知の領域に対応しているのだから畏れ入る。
それにしても、鼓膜に劈くような熟女特有のハスキーボイスだ···
「ちょっとね〜お願いがあるのよ!うちのモーちゃんが貴方に会ってみたいって!」
「はあ、どなたですかな。」
「あらご存知でなかった?!末尾No.41食屍鬼モーシッシの事よ〜!あたしと一緒に住んでるの!ま、とにかく会ってほしいのよ!迎えは此方から出すからさあ!紹介状付きで!すぐに会わせたいけどそちらの都合はどうかしら?!」
目の前の後輩個体に目配せしつつ、飲み代を手渡す。
「僕ならいつでも構いませんよ。居酒屋にいましたが今出ます。」
通話を繋げたままの端末片手に退室。
「モーシッシって···タイムリー過ぎるけど噂通りなら納得だわ。」
サファイアはその食屍鬼について把握していた。
なのでこれから起こる一連の流れも想像がついた。
「はじめまして、ブラックスター様。エニア様の御指示でお迎えに参りました執事です。此方が紹介状となっております。」
路地に一歩出たら大型高級車が目に留まった、かと思いきやの圧倒的スピード感の出迎えが現れた。
触手の塊が人型にまとまりスーツ姿になっている異形。
縮れ毛でも付いていたかと思ったが、ウォリック博士の直筆サイン入りの紙面を見せつける。
「···君の異能かい?」
「作用です、追跡と移動を担っております。御乗車してもらったらすぐに目的地に着けます。」
「乗ろう、案内頼む。」
単独行動の最大の利点はこうして即決断して対応出来る事だ。
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