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チカがいた。手を伸ばしながら駆け寄った。
だが彼女は後退していく。必死に駆け寄った。
手が届いた。手を握る。
しかし眼前で靡くのは黒髪ではなく白髪、玫瑰だった。
薄笑いをする彼はあの忌まわしい石の赤子を抱いていた。

「「また会おう、イチゴくん。」」




「うぅっ·······」

眩しい。照明が目に射し込む。また寝かされていたらしい。

「やっと起きたみたいだね〜?」
「博士···チカは?」

ウォリック博士は無言で返す。

「···そうだった。もういないんだった。」
「墜落からもう2週間も経ったんだよ。」
「そんなに···」

昨日の事のように思い出す···
チカも、玫瑰も。

「君を運んでくれたのは月季のロサさんだし
火消しはサファイアが頑張ってくれたんだよ。
いつでも良いから御礼言ってやってね。」
「ええ···本当に世話になった···」

思えば、密輸を暴露するという賭けじみた大義名分の元行った復讐劇は
報復でしかなく、巧く話を纏めて否がない事を世間に認めさせるのは極めて困難だ。
一番面倒なモノを丸任せにしてしまった。感謝は尽きない。

「俺には何も無いな···戦うしかできないのに残せた物もない···」
「そう言うなよ、君達の働きが実って奴等の悪事が明らかになったんだぞ。
···あ!残った物で思い出したけど!
君、家賃滞納しちゃったから部屋追い出されたみたいだぞ!」
「えっ」
「家具以外の物は全部大家さんがまとめて預かってるのが恩情かなあ。
でもあのアパートも取り壊すみたいだし対応は早い方が良いかなあ。」
「すぐ行きます。」

むくりと起き上がると同時にチューブを乱雑に引き抜き、呼吸器を投げ捨て、着替えに向かう。
博士の制止虚しく、完治する前にイチゴは施設から出て行ってしまった。

「ああ、デジャヴ···まあいいか。」



老朽化に加えて、マフィア達の視線も気になるからと。
それは建前で、此処は土地の価値が非常に高く
老婆の大家は何もしなくて良い快適な老後のために売り払いたいだけだ。
住民もそもそも少なく、チカは毎月期日に家賃を払っていたからという恩情で
荷物だけは特別に預かっていたらしい。
アパートは既に一階しか残っていない。
二階はショベルカーに喰われていた。

「物が少ないから邪魔になり難いと思ってずっと預かっていたけど留守が長過ぎなのよもう〜少し前まで部屋を開けてる方が少ないくらいだったのに最近雨漏りも酷いから汚さないように必死だったのよ私〜チカちゃん可愛かったし貴方カッコいいし良いカップルだと思って多めに見てずっと預かっていたけどカビ臭くなったら私も困る」
「あ、あの。金は用意したので受け取らせてもらって良いですか。」
「ああはいよ。」

長話がループしそうだったので無理矢理遮った。
トランク一つに十分収まる程度で済む荷物···こんなに少なかったか···?

「···あ!そうだあらやだ忘れる所だったわんもー私ったら!!」

奥へ行ってクローゼットから取り出したのは、黒いコートと黒いキャスケット帽。

「これえ、こんな大きいから絶対あなたの物だって思って別の場所に保管しといたのよ!!」
「それは···」

チカが愛用していた探偵衣装。
だがしかし、言われてみればこのサイズ感は···

帽子を受け取るなり被ってみせた。ジャストフィット。
コートも受け取り、袖を通した。ジャストフィット。

「よく似合ってるわーそうやってお仕事していたのね貴方!!そういえば貴方のお名前なんだったかしら?えーとたしか」
「ブラックスター」
「イチg···え?」
「犯罪者を地に伏せ黒星を与える黒星探偵こと、僕の名はブラックスターです。」

あれだけ饒舌だった大家も、呆気に取られ何も言わなくなった。

「お世話になりました···」

礼をし、帽子を目深に被り直し、踵を返すとコートの裾が靡く。
別れを告げると、トランク片手にブラックスターは闇夜に消えた。







「ち、ちくしょう···完璧だと思っていたのに何故バレた?!」
「僕に見つかったのが運の尽きだ。
完全な右利きであるのにサウスポー用アイテムと知らずに使う違和感、見逃さないさ。」

ヤケになり凶刃で刺しにかかるが、此方の脚の長さに至らずローキックで吹き飛ばされる。
こうして三つ子刺殺事件は解決されたのであった。
異能抜きで。

現場を後にすると、その卑しさが懐かしい同胞に会った。

「よう、鮮やかだったな。」
「そうか?所で何年ぶりだ?ロサ氏が老衰で亡くなった時までは覚えていたんだが。」「2桁年って以外俺もはっきり思い出せねえや。
ていうか、色々探ろうとしたそばから火の旧支配者の異変がよ〜···!」
「あの件まで火消しをしたのか?さすがだな。」
「へへ、褒めるなら飲み屋でしてくれねえか?」
「それもそうだ。祝杯といこうか。僕が払う。」

首を傾げるサファイア。一人称が変わった違和感、気づかないはずもなく。
募る話もあるし呑みながら尋ねる事にした。
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あの時の居酒屋、あの時と同じ座席の同じ位置に着く。

「何年経っても店も客も変わらんな、時間の感覚が狂いそうだ。」
「実際此処の時間の流れは特殊らしいぜ?」
「それは当時から知りたかったんだが···」
「まあまあ、それよりあの時とは違う物頼もうぜ?」

あの時よりも高い酒を多く頼み、肴も付け加えた。


空港でのあの忌まわしい事件は『白い薔薇事件』として語り継がれている。
物証に基づいた弁明から始まり状況説明。さりげない論点すり替えによる責任転嫁。
人間と食屍鬼の距離間や必要性について語ったり、ツテのある権力者の名を出したり。
情に訴えたり、はったりをかましたり···
こうしてサファイア達は賠償どころか報酬と賞賛を受け
空港含む玫瑰の傘下は壊滅し
人肉管理のための工場を設けるきっかけ作りに貢献したのだった。
更に様々な機関の協力の甲斐あって、人体の身元が全員分判明。
チカの友達の一人キユも其処にいた。茶髪で傷面の女性だったらしい。

「とてつもない働きぶりだな···」
「俺にかかればこんなもんさ。ま、でもMVPはあんたとチカちゃんだよ。」
「······ああ、ありがとう。」

チカだけだ、と否定しようとしたが止めた。
黒星探偵は二人があってこそ、成果も二人のもの。
酒の席だが帽子を目深に被る···

「あの日の一週間前、俺は自害も考えた。思い直したきっかけは暗号資産だ。」
「いくら入っていたんだい?」
「当時の俺の総資産より三桁多い。とんでもない大金だ。」
「はあ?!貧乏じゃなかったのかよ?!」
「使わなかったから無いと変わりないさ。
ちなみに書き置きも残されていた。」

その記述通りに訳するとこんな内容が判明した。

『チカは自身の名は知っていたが、出生等詳細は一切知らない。
しかし手元には謎の大金があったし、女友達の中でも唯一拐われなかった。
この大金はきっと意味があるはず、個人的に浪費すべきでないと
チカは本名と共に暗号資産を封印した。
最愛の人ができたら一緒に解き明かそう。全てを。
内容が判明したらなるべくそれに添うが、これは多くの人を救うために使いたい。
もし自分が亡くなった場合は、最愛の人に使い途を託す。
最愛の人が見つからなかったら、電子の海の藻屑にしていい。』

···サファイアは、茶化さず呑まず、真摯に聞き入れていた。

「僕はこの金を基金に当てようと思う。」
「基金?なんの?」
「ワクチンだ、あの人食いバクテリアもどきに対するワクチンを打たせるためのだ。
世界中の人に加えて、この世界にやって来た者への分も用意する。
奴の悪意の象徴たる『号』の残り香を消してやる···」
「ブ、ブラックスター。そりゃめちゃくちゃ素晴らしいんだがよお···
基金を設けるなら莫大な金は前提として、太い信頼も必要だ。
反ワクチン、反食屍鬼、敵も多いぜ?」
「その通りだ、だからなかなか踏み込めないでいた。
『号』の完全撤去が確認されていない以上1秒でも惜しいのに。」
「うーん、どうしたもんか。」

冷水を呑むが如く酒を流し込む。
組織に属さぬ孤高の存在、黒星探偵。
今まで培った働きぶりを加味しても知名度が圧倒的に足りない。
単独行動の最大の欠点である。

「···ん?通知が来たな?」
「えっ此処は電波届かないはずなんだが···」

だが確かに端末は鳴いている。

「まさか、じゃあ考えられるのは2つ。異能もしくは我々に未知の技術。」
「どういう事??」

初めて見る発信番号は長すぎて画面からはみ出している。
躊躇わずに応答した。

「はぁいはじめまして!突然ごめんなさいね!私商会会長のエニアなんだけど特殊な送信手段使って貴方に電話掛けたの!貴方がブラックスターさんでよかったわよね?!」
「はい、ブラックスターで間違いありませんが何用ですかな。」

サファイアが驚愕する大物、世界有数の大富豪なら独自の回線で歩み寄る説得力はある。
目の前の先輩個体は大して動じず未知の領域に対応しているのだから畏れ入る。
それにしても、鼓膜に劈くような熟女特有のハスキーボイスだ···

「ちょっとね〜お願いがあるのよ!うちのモーちゃんが貴方に会ってみたいって!」
「はあ、どなたですかな。」
「あらご存知でなかった?!末尾No.41食屍鬼モーシッシの事よ〜!あたしと一緒に住んでるの!ま、とにかく会ってほしいのよ!迎えは此方から出すからさあ!紹介状付きで!すぐに会わせたいけどそちらの都合はどうかしら?!」

目の前の後輩個体に目配せしつつ、飲み代を手渡す。

「僕ならいつでも構いませんよ。居酒屋にいましたが今出ます。」

通話を繋げたままの端末片手に退室。

「モーシッシって···タイムリー過ぎるけど噂通りなら納得だわ。」

サファイアはその食屍鬼について把握していた。
なのでこれから起こる一連の流れも想像がついた。



「はじめまして、ブラックスター様。エニア様の御指示でお迎えに参りました執事です。此方が紹介状となっております。」

路地に一歩出たら大型高級車が目に留まった、かと思いきやの圧倒的スピード感の出迎えが現れた。
触手の塊が人型にまとまりスーツ姿になっている異形。
縮れ毛でも付いていたかと思ったが、ウォリック博士の直筆サイン入りの紙面を見せつける。

「···君の異能かい?」
「作用です、追跡と移動を担っております。御乗車してもらったらすぐに目的地に着けます。」
「乗ろう、案内頼む。」

単独行動の最大の利点はこうして即決断して対応出来る事だ。
言葉に偽りなくすぐに目的地に着いたていた。
乗車して数秒、景色がぼやけたかと思えば、スラム街が草木生い茂る豊かな庭園にと変貌したのだ。
速いなんてものじゃない、瞬間移動だ。
走行距離やらで能力の程度を測ろうとも思っていたが無駄に終わった。

「到着致しました。後は案内人にお任せください。」

言うなり、外側から扉を開けられた。
今度は金属製の肌で異様な等身の機械人形が出迎えた。人型だが多肢である。
とにかく招かれるがまま後を付いていくしかない。
戦闘に明け暮れた経験のある身としては、下手な抵抗は無駄であるのを肌で感じたのだ。




小洒落た洋風建築の家に着くなり、玄関を開けられたのでそのまま入った。

「こっちだよ〜」

いくつか部屋はあったが、声のする方へ誘われるがまま向かった。
ドアノブも手掛けも見当たらないが、タッチパネルらしき物に触れてみる。開いた。

「ようこそ、さあ入った入った。何処でも良いから座って。」
「なっ···」

そこにいたのは食屍鬼。蕩けそうな柔らかく穏やかな顔立ちで
何より特徴的なのは···四肢が見当たらない点。純白の包帯で撒かれた手足は短い。
言われるがまま腰を下ろした。

「君が、モーシッシか···?」
「そうだよ、ウォーレン博士製の食屍鬼モーシッシだよん。」

口調まで緩い。その体で何故そんなに余裕があるのか?と視線で尋ねる。

「僕ぁ生まれつき免疫力弱くってさ〜。
感染症で手足が腐ってなくなったけど、エニアが全部カバーしてくれるから困る事が無いんだ。」
「だからといって···」
「僕が生き残れたのは、そういう運の良さだろうね。
体の強さで抵抗できた君と違って。」
「感染症なんて言ったが、やはり人食いバクテリアもどきのせいか···」

脳裏に過る、嘗ての被害者達···
やはり玫瑰の悪意はまだ世界に散乱し続けていたのだ。

「君が活動し続けてるのを聞いてさ、力になりたくなったの。」
「なんだって···いや、気持ちはありがたいが···」
「アザルシスの市場ってえ、栄えさせる為に商売の幅をめちゃめちゃ広くしてるんだ。
それは大先輩の食屍鬼が定義付けた方針で、皆それに従いもすれば悪用する物もいる。
独自のパイプを設けて危険な物を売買してる商人も少なくはないよ。
だから未だに商品として存在し続けてる『号』は市場を汚し続けてもいるんだ。」

とんだバイオテロである。
それが玫瑰の故意だとしても不意だとしても理解し難い。
何より···悔しかった、非常に。
チカの痕跡は日々薄れる中で、奴の悪意は現役でいる。

「市場のためか?と言われたらそうだけど僕にはそれは建前。
個人的にも協力したいと思っていたの。」
「何故だ?」
「初代黒星探偵はヘビーユーザーのゲーマーだったみたいだねえ?
彼女が熱心にプレイし続けていたゲームは
シリーズが代替わりしても未だに運営されてるんだ。
彼女は界隈でも有名なプレイヤーで
運営にとってもプレイヤーにとっても有益な提案を残すご意見番だった。
マナーの良さは勿論賑やかしとしても人気で僕もファンなんだ。
彼女が惚気話で悶えるスレッドなんて未だに伝説化して残されてるんだよ。」
「な、なんだと···?!それは今見れるか?!」
「うひゃあ、待って待って押さないで〜」

ころんとひっくり返されるモーシッシを見て我に返る。
案内されてる最中に『モーシッシに負傷させたらタダでは済まない』
との忠告を受けていたのを思い出し、引き下がる。
周辺機器を器用に使って端末を起動させてくれた。

展開されたのは、投稿時期が非常に古い掲示板的書き込み場。
びっっっしりと字と絵文字で埋め尽くされたそれは
言葉にすらなってない箇所も多数。
とにかく何かに対して反応しているのは伝わるが、大半が意味不明だ。
これは精神的に異常をきたしたわけではなく
抑えきれない感情を表現したまでだという。
だがたまに、我に返るのが冷静になった書き込みを見て判った。
これは全て、イチゴへの愛情を示した叫びなのだと。

「そこはねえ、ゲームと直接関係ない雑談の派生なんだよ。
運営の衰退期を支えたのも伝説たる由縁かも。」
「チカ······」
「あ、ハンドルネームだと思ってたら素面でもチカって言っていたんだ?」
「ああ···それと、イチゴというのは俺の事だ···」
「No.15だからイチゴ?なるほどね。
んじゃあこの一際謎な文があるこの日に君何したの?ねえ?ねえねえ?」

煽る様に卑しく尋ねてくるが、それは『解っている』反応である。
その日はよく覚えている···チカを満足させるため張りきったあの日だ···

「ま、そんなわけでね?
彼女が如何に善良で健全な人か僕もエニアも保証するから、基金設立に協力させて?」

商会会長となると最強の後ろ盾である。
三大マフィアも恐らく彼女の掌の上の存在でしかない。
乗らない理由を探す方が難しい。
しかし何故だか、どうしても気持ちの折り合いが付かず、首を縦に振れない···

「ねね、ブラックスター。
創始者の名前にさ、ブラックスターとチカの本名で刻まない?」
「えっ···」
「黒星探偵はチカとイチゴでできているように
基金は本チカとブラックスターでできるんだからさ。
僕達は脇役、どんなに偉くなってもね、一番星の輝きに勝るものはないんだよ。
アザルシスで無償で予防対策してくれるって、とんでもない慈善なんだよ?」

そうだ、イチゴはブラックスターを名乗る事で
『チカの存在を黒く塗り潰してしまうのでは?』という
ありもしない不安に怯えていたのだ。
チカは、近藩魅としてむしろ栄光を残せる。

「さあ、一秒でも惜しいんじゃないのかい?
早く僕にも明るい未来を視せておくれよ?」
「まさか未来視でもできるのか?」
「うん、僕のとっておきの武器(異能)さ。」
「なるほどな。ふふ、よろしく頼む。僕が駆け回る所を見守ってくれ。」

モーシッシは手の代わりに頭をぽすんとあてて同意を示した。



暗号資産を全て使い、創立されたその名も『一番星基金』。
スポンサーである商会会長エニアの影響力は絶大で、瞬く間にワクチンが行き渡る。
とは言ってもアザルシス全体から見れば6割弱で、異世界人の分となると僅か2割。
元凶たる『とげぬき地蔵』こと『号』の撤去は総計30体分済んだが母数が未だ不明なので油断ならない。

戦い続けるブラックスター······
常駐しないのは最早癖になっていたが、宿泊先を転々として憩いなどできようか。
偶に前触れなく、どうしようもなく、虚しくなる瞬間もある。
以前の警備区域は統合の都合も相俟って、とうの昔に別個体に委ねた。
基金を設立はしたが、運営自体は雇用者等専門家達に任せている。
探偵業に専念はしていたが、暴力性の増すアザルシスでは推理による説得力の需要が益々薄れていた。

「はぁ···」

初めて漏らした溜め息で揺れる、茶の水面···
波が収まった、かと思えばまた揺れだした。

「失礼、相席してよろしかったかな?」
「席が必要なら譲り···っ?!」

客が多いと思い店の隅で縮こまっていたが
其処に現れたのは車椅子に乗った青い肌の巨漢。
背中から大量の触手を生やした異形だ。
カップを摘むように持つその手は篭手である。
しかしその顔は······

「あ、貴方は?」
「私の名はセプタリアン。
こう見えてウォッタ博士から造られた、末尾No.5の食屍鬼だ。」
「な······こ、これはどうも。
はじめまして、ブラックスターことNo.15の食屍鬼です。」

帽子を外しながら起立し、畏まって頭を下げた。
他の個体と交流が少ない彼でも、革命児たるこの古株個体の偉業を耳にしていたのだ。
精一杯の敬意を払う。
以前から興味を持っていたが、此処で巡り合ったのは偶然。
その毒々しい見た目から他の客から反感を買いそうなので、と店員に追いやられたそうだ。
一見手足はある様だが両腕片足が欠損、病ではない。
異形の体質で補えるようだが専ら車椅子移動をしているらしい。
車椅子が入る幅があれば何処までも駆けるようで
実は付き人を置いて抜け出してきたようだ。

「今尚逞しい、感服致します···」
「そう固くなるな、肩の力を抜いてくれ。」

お言葉に甘えて着席する。
厳格で高潔な剣士だと聞いていたが、鋭い眼光に反して穏やかであった。

「『基金』のシステムもワクチンも非常に出来が良いな。お前の指南か?」
「多少は意見しましたが、僕は遺産を使っただけです。」
「遺産?近藩魅氏の事か?差し支えなければもう少し詳しく教えてほしい。」

他の客が此方を避けているのを良い事に、ブラックスターは語った。
昨日の事のように全てを。
初対面であるのに、自分でも不思議なくらい流暢に想いを伝えられる···

「···なるほど、最愛の人が遺した物にお前は応えていたのだな。」
「ええ。」
「それと同時に、玫瑰への想いも晴れぬままだと。」
「···はい。」

空気に緊張感が走る。玫瑰の名を出しただけで怒りが沸き立つ。

「対峙はしたものの討ち取った手応えがない、だから気が晴れない。」
「直前まで追い詰めはしました、普通の人間なら亡くなっているでしょう。
しかし奴は···普通じゃない、人間でもない。
奴は最初から最後まで微笑っていた···馬鹿にしやがって···!」

荒れ始めたブラックスターを制止せず、静観。
そのうち、独りでに鎮まった。

「···お見苦しい所を、申し訳無い。」
「謝らなくて良い、私はむしろ感動した。」

まさかの発言に耳を疑った。
こうして荒れると、物も人も信頼も壊してしまっていた。褒められた物ではない。

「お前は自制できている。荒んでいるのは玫瑰と、玫瑰を赦す環境の方だ。
その闘志を忘れるな、否定するな。
お前は近藩魅が出来なかった事を成そうとしているし、成せる。」
「セ、セプタリアンさ···」
「ブラックスター、撃ち落とすならより高く広く動けるようにしたくないか?
我々『縢りの手』は『赫怒の牙』とも連携を取り始めた。
もしお前が加わってくれたら、これ程頼もしい事はない。」

北欧寄りの国と南米寄りの国だ、一体どういう縁で繋がったのだろうか?
位置的にちょうど、砂漠の本拠地を挟む形となり非常に都合が良い。

「しかし、『縢りの手』···新国ですよね。
失礼ですが貴方はどういった立ち位置で···」
「国王だ。」
「こ、国王···?!どうやって王位を?!」
「継いだのだ、主から。
色々あったが、人が生み出した狂気に応える立場となるとお前と同じだな。
国の名の通り、私は手を取り合って助け合い、栄えさせたい。」
「権威だけでなく器量ももう王そのものだ···
だが貴方は僕の事を買いかぶり過ぎでは···」
「ヒトには何が必要か、お前はよく学んだはずだ。」

新国の国王から熱烈なスカウトを受けるだなんで、思いもしなかった。
言葉に詰まるブラックスター。
見かねたセプタリアンは話題を止めて、茶を啜った。

「急かしてしまってすまないな、肩の力を抜けと言った側から。」
「いえ···」

先程まで熱く語り合ったとは思えないくらいしんと静まり返る。


だが静寂を切ったのは、取り巻き数人を従え歩み寄ってきた男。
乱暴に台を叩く。茶が跳ねる。

「何用かな?」
「とぼけてんじゃねえ!俺の飯に妙な物を入れたのてめえだろ?!
お陰様で下痢でう○こが出尽くしたんだよ!!」
「下品な···。」
「まーだ痛くて腹が捩れそうだな、こりゃ病院に診てもらわねえと駄目そうだわ!」

なんとも判りやすく品の無い因縁付けをしてきた。
セプタリアンが横切ったのを理由に、劇物が紛れ込んだのだと主張する。
肝心の飯は完食済。

「此処で喰えるのはフィッシュアンドチップスでしたな。」
「あ?そうだ。」
「緑色の物は見えたかね?」
「あったな、そいつのせいで腐っちまったんじゃねーか?」
「稀に芽の出過ぎた芋が紛れる事があり、まだ腐る前だが毒性は強い。
緑色に変色していたらそれが目安になる。
揚げ物で傷む事はまずないが、食中りがあるとすれば
加熱不足の肉に残留する細菌のせいだ。
この店は飲料の種類は豊富だが食物は一品のみ、肉は無い。
考えられる原因は芋しかない。
所でカウンターテーブルは高く、客も隙間なくいる中でどうやって氏が君の飯に触れたのかね?」

顔の引きつる男は何か言いたそうだったが何も言えず、取り巻きを連れて去った。
店から出る間際に店長から出禁を言い渡されていた。
飲食店であの発言はさすがに許されなかったようだ。
男は金は奪わなかったが皆の食欲を奪ったのだ。

「ふふ、車椅子に乗る前は絡まれる事もなかったんだがな。礼を言う。」
「付ける薬が無い輩が多くて困りますな。」
「全く。」

どうしてだろう、この人は決してか弱くはない。むしろ誰よりも強い。
なのに気に掛かる。庇ってやりたくなる。
この感覚に何故か懐かしささえ感じられる···

「······そうか、判りました。」
「どうした?」

妥当な評価を受けていない場面を見て、チカを思い出していたのだ。

「···僕で解決出来る事があれば、なんなりと申して下さい。」
「来てくれるか、感謝しよう。
お前で解決出来る事は星の数ほどあるよ、ブラックスター。」


あの時はまだ蕾。

無い花弁を摘めるわけがない。

何処かで白い薔薇を咲かせている。


僕が捕えて、俺が散らす。




最愛の人チカの知恵と想いを引き継ぎ
熱く鋭い闘志を抱いたままのイチゴは
黒星探偵ブラックスターであり
『一番星基金』創立者であり
新国『縢りの手』斥候である。

ヒトが孕む狂気を暴いていくのであった。
白い薔薇に黒星を与えるその日まで···
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