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黒い方の下僕…いや従者は滅多に同行して来ない。
食屍鬼エレスチャルの従者クォーツもまた食屍鬼である。
ただ、彼は……

「エリーちゃん」
「ん?」
「鉱物酒と一緒にこれ、土産にどうだい?」

と差し出したのは独特なアーチ型のボトル。琥珀色の酒。

「なんじゃ?なんのつもりじゃい」
「コニャックのマーテル・シャンテルーだよ。
鉱物酒を作ったっていう君の友達にどうぞ」
「これも酒なのか、距骨みたいな形した変なボトルじゃのう」
「君は何でも骨に例えられるんだねえ」

サービスにしては高価な酒を渡すと
背後で座って待機していたクォーツの目の色が変わるのが見て取れた。
「貴族の酒なんだよね?クォーツ」
「ん〜ん??」

なんで酒を用意したのか、骨しか興味のない主は勘付いていない。

「窓越しに鳥を見ていたからさあ」
「なんか連想したのか?
まあええわ、クォーツ〜もう行くぞ〜」

荷を受け持つとエレスチャルの後を付けるように退店……
する前に此方を鋭い目で睨んできた。

「あ、正解だったみたいね」

反応が見られない時が所謂ハズレだ。
もう少し愛想良くてもいいものだが




カジュアルコーデを着こなし
スクリュー・ドライバーを嗜んでいるのは
食屍鬼ジェムシリカである。
一仕事終えてから立ち寄ってくれた、『元』同門。

「信仰着の丈夫さが改めて判ったわ、気に入ってたドレスなのに
ティッシュみたいにあっさり破けて汚れちゃって。
見せたかったのになあ」
「ああ、それで服買い直したんだ。仕事は済ませれた?」
「勿論。
今度同棲8周年になるしプレゼントも買ってから帰ろうかな」
「もうそんな経つのか、ついこの間
紹介されたばかりだと思ったのに早いねえ」

世間話で談笑をしていたが、突如響いた金属音が和やかな空気を断ち切る。

「あら、ごめんなさい」

と、拾い上げたのはナイフ…
と言うには長く鋭く重量感もあるエモノである。
小柄な者相手なら余裕で胸も腹も貫けるし
なんなら強度的に首を刎ねれるだろう。

「締りがなくなったかな?」
「ふふ、偶々よ」
「何本持っているんだい」
「私最低でもこのサイズは10本持っていないと
落ち着かないのよね」

相当な数、違和感なく隠す技術もそうだが
何より重量を感じさせないあたり
プロ以前に彼女から『男』を感じさせられた。




新米信者ゲーサイトは
赤錆のように汚れた毛に覆われた食屍鬼である。

「ん、おつかいかい?」

ケープ型信仰着に
リボンと共に括り付けられた物資を運んできたようだ。

「ゲーサイト、なんか呑む?」
「ん」

首を横に振る。

「酒は飲まないか、まあそうか。
んじゃあ何か食べてく?」
「う」

首を縦に振る。
彼はまだ喋れない。
獣分が強く、教養を得ずにしかも人を避けて放浪してきたため
人語を学ぶ機会を得られなかったのだ。
意思疎通出来れば十分と思い、ダイオプテーズ含めた周囲の者は
この後輩信者を温かい目で見守っている。

スモークの穀物に固めのパンを刻んで入れて混ぜた物を
皿に盛り付け、オリーブオイルと胡椒を少々掛ける。
そんな即席つまみ残りを床に置くと
ゲーサイトはすぐに犬食いし始めた。
彼の食生活ではこのスタイルが
正しいかはさておき最も気楽ならしい。
がっつきぶりから味は好評な模様…

「君の嗜好品が判ったら良いの用意してやるんだけどねえ
なんでも旨そうに食べちゃうからわからんね」

此方の都合で入信してもらったようなものだから
いくらでも礼を出してやりたい所なのだが
この子はどうも好き嫌いもなければ欲もなく、どうしたものか。

「んぐ……ふっ」
「うん?」

しゃっくり?満腹?
いや、違う。様子がおかしい。
ぐんにゃり力なく倒れた。
何か中毒になる物でもあったのか?
とも思ったが

「……あ〜もしかして」

皿から微かにアルコールの匂いがした。
酒など入れてない。

「発酵、させちゃったのね」

一つ摘んだパンから香るアルコール発酵臭。
ゲーサイトは無自覚で発動している異能がある。
その内容は『腐食や発酵を促す』という物。

彼は自分の異能で酔っ払ってしまったのだ。

「あ〜あ、食べながら寝ちゃった」

まあ喉を詰まらす程口には含んでないし良いかなと
上からそっと毛布を掛けてやりそのまま寝かせるのだった。




「あっ」

虚空から現れた手がお猪口とグラスを摘む。

「私は呼んでくるから、酒取っておいて。」

怪奇現象を前にして奥へと引っ込むダイオプテーズ。

カウンター席に置かれる冷えきった『善知鳥』。
お猪口とグラスに波々注がれている。
グラスの方は瞬く間に中身が消え、注がれ、中身が消え、注がれ………

「せっかちさんだねえ」
「なんだ、文句あるのか?」

天井に語りかけると高圧的な返事が帰ってきた。

「貴方は今何処にいた?」
「此処の西側にある廃ビル三階」
「其処か〜まあ誰も入らないし大丈夫か」

酒は飲み尽くされていた。

「貴方が呑みたいのはなんだろな」
「銘柄なんて知らんぞ」
「どういうのが良い?」
「辛口で度数が強くて煽りやすいやつ」
「じゃあジャック・ター作ろうっと」
「俺は水夫じゃないぞ」
「水夫の方が呑んでるのは泡盛だったね」
「それより強い酒なのか?」
「使ってるラムが余裕で強いよ」
「なら良いか」

謎の張り合いに巻き込まれた同門。

「二人分作って置いとくから、ごゆっくり」

空間を切り取る事で時空をある程度操り
基本的に彷徨っている食屍鬼サニディンが
来訪するといつもこの調子だ。
彼は造られて間もなく異世界ですぐに亡くなったが
死んだ事実を有耶無耶にするために
死んだその瞬間を切り取ってから
時空の歪みに延々巻き込まれている。
同じ日に出動し、亡くなったグアノは
彼が酒場に常駐する事を願い続けており
それは誰しも判っていたが誰も叶えられずに今にも至る。




「とても素敵な内装ですね!」

爽やかに褒め言葉を放つ彼は
一見スタンダードだがその若さと純朴さが
幼い眼差しに現れている少年のような食屍鬼ターコイズ。
以前来たコスモオーラとお揃いの装いなあたり
職業固有作業着なのだろう。
ちなみに彼の紹介で此処まで辿り着いたようだ。
「一人で外を歩く事はあまりなかったんで
見る物何もかもが新鮮で楽しくて…
で、この酒場を4回くらい通り過ぎてましたね!」
「脚が速いのか迷子の達人なのか或いは両方なのか。
それにしても一人で〜って、箱入り息子くんだったかな?」
「?
よく判らないけど、軍所属の時は屋内でずっとセプト…
セプタリアンにお世話になってましたね!」
「んん??聞き間違いでなければ『あの』セプタリアン?」
「?
セプタリアンはセプタリアンですよ?」

傍から見た印象だと、厳格な彼の元で
こんな柔和・穏和な好青年がいたというのが信じ難いが

「あの時は施設内の購買で安いお酒を買って
飲み合うくらいしかなかったな。
今はもうこんなおしゃれな瓶の美味しい白ワイン飲めてますけども」
「盃交わす程の仲なんてなかなかじゃないか」
「盃がなかったからビーカーと瓶直のみしかできませんでしたよ」
「ビーカー」

物凄い掘り出し物を得れた気分なので
純白のモッツァレラチーズをサービスしておいた。




『菜の花』を差し出す。
あの黄色くてかわいらしい花ではなく
ジンベースのカクテルである。

来客は犬のマズルみたいなマスクを取り外す。
その直後である。

「っくし!!」
「ぅん?花粉なんて入れてないよ?」
「だよなあ…俺の鼻過敏が過ぎる…」
「ストロー使う?」
「いやいや、酒飲むのにそりゃねえだろ。
くしゃみは鬱陶しいけど、酒の香りも嗜みたいから……」

オレンジジュースのフルーティで甘い香りの中に
溶け込むように淡く香る桃……
味を香りをちびちび嗜んでいるのは、食屍鬼タンザナイト。
とある特異な植物園の園長で
アザルシスでも貴重な植物を管理する能力と愛情は備えているのだが……

「っくしょん!!」
「あ〜あ、何処か花粉付いていたかな?」
「エアシャワー弱かったかな……」

犬の様な半身に加え、犬の様に俊敏且つ敏感な体質。
それ故かそれとも固有の体質かは定かでないが彼は花粉アレルギー。
特注のマスクが無いとくしゃみ地獄と気道の腫れ塞がりが生じて
途端に危険な状態になる。
難儀な男だ。

「あー、でも心当たりあるな」
「何?」
「薔薇の子とこの間あったんだ。『彼』と再会出来たって。
画像も見せてもらったんだけど、なんか顔色悪かったし
頭に枯れた勿忘草付ける奇抜なファッションしていたねえ。
でも彼岸花の香りは染み付いたままだった」
「………噂を嗅ぎ付けて此処に寄って正解だったな、もう少し詳しく教えてくれ」
「おかわりだね、はいよ」




桶を抱えて持ってきたのは食屍鬼タイガーアイ。
名前が物語るように、目のクマと顔に走る赤筋が
トラを思わせる面妖な面であり
桶を厳重に封した理由にも叶っている。

「それだけがっちりだと溢す心配もなかっただろうね」
「匂い漏れもね。でも発酵品なんだよな?
質に影響出ないかちょっと不安だな」
「大丈夫、多少呼吸出来なくても影響はないよ」
「まだ見ても飲んでもないのに確信はなんなんだろうな?」
「最強のトラが持ってきた曰く品、核心はそれで十分。」

桶の高い位置に横穴を開けると
赤とも黄色でも言い難い濁色の液体が
筒を通して雫となって盃の中に垂れて溜まる。
それを嗅ぎ、舐めて、そして一口煽る。

旧いはずなのに古臭さを感じさせない
濃厚ながら滑らかな舌触りで
甘美な香りが体内を包んでそして
腹の底を燃え上がらすように熱くする。
これはまさしく………

「八塩折の酒だ」
「………ん?え?
宿の名前言ってどうしたんだ?」
「モデルがこれってこと。何処にあったんだい?」
「畜生堂内の爬虫類部門側に、気付いたら湧いていたんだ。」
「へ〜、酒って気付いたのいつ?
めちゃめちゃ甘いしアルコール臭さが無いから
素人だと判りにくいと思うけど」
「見かけた前後から獣達の様子が怪しいし
物珍しさに飲んだ会長が不調になったし、何より……
触れただけで俺の記憶が何回かトンだからな」
「さすがトラだなあ」
「どういう事??」

寅は酔っ払いの通称だ。
タンザナイトが花に過敏なら
タイガーアイは酒に過敏といったところか。

「もう、毒だと思ってセプタリアンに相談したら
ダイオプテーズに聞いてみろって追い返されたし」
「さすがドラゴンストーンだなあ」
「話が見えないんだけど」
「八塩折の酒ってのはね、伝説の酒だよ」
「すごく省かれてる気がするな……」
「『八』はたくさん
『塩』は醪を絞った汁
「折」は繰り返しという意味。
ちなみに普通の酒は醸造に水を使うけど
これは酒で酒を作っている超濃い酒だよ」
「な、なんでそんなすごい酒がうちに湧いたんだ…」
「私が聞きたいくらいだなあ、とりあえずこれどうすんの?
買い取っちゃっていいの?」
「タダで…と言いたい所だけどそれだと納得しないよな?
言い値で良いよ」
「いいねえ」
「聞いてたか聞いてないか判りにくい返事だな…」




彼が来るのは始めてではないが、単独で来店するのは始めてだ。
「やはりモンラッシェは良いな」
「王様同士なだけあるね」
「王になるつもりはなかったのだがな」
別の国王もそう言っていた気がするが
任務を果たすあたりやはり実力と人望
そして責任感があるのだろう。

最高峰の白ワインを嗜んでいるのは
毒々しい触手が背面を覆う食屍鬼セプタリアンである。
そのワイングラスを握る手は義手で
中身はよく動く毒針、詰まる所彼には腕がない。
脚も片方無い。
天災級の人災に巻き込まれ一度は何もかも失ったが
それでも折れずに復讐と復興を果たした。
人が彼に思いを託すのは自然な流れだろう。

「それにしても、やはり旨いな。」
「好きだねえ、なんだったら作らせてみたら?」
「軽く言ってくれるな、だがまあ、出来なくはないかもな。
条件を満たしていそうな地質もあるにはある」
「赤い方は既に造らせた事あるしノウハウも問題無しと」
「赤はな………聞いた話だと一部の者にしか
まともに飲まれていないらしい」
「並べて見れば同じなの判るのに、毒々しく見えちゃうんだね」
「ヒトの心理はそんなものだ…
だがまあ、否定しきれないのも確かだ。
私のこの体も毒化した環境に無自覚に育まれた物だ。
拒絶反応は防衛本能、飲めない者に罪はない」

クリアな面を見せ続けないとならないとは
濁りきったアザルシスでは酷な物だが
死地を乗り越え同士を募らせた彼に出来ない事は無いだろう。




この客は、実は初対面ではない。
その時はなんとなく、偶々、何かに釣られるように
此処にやって来たらしい。
「よぅ、マスター」
「ん?」
「俺が食屍鬼だって判っていたか?」
「どうだったかなあ
金払ってくれるかどうかの心配ばかりしていたからねえ」
「おいおい、ちゃんと払っただろ。
今回も勿論払うっての。
最近は懐も温いしな」

そんなわけで酒とつまみを追加した羽振りの良い客も
れっきとした食屍鬼。
今でこそ老眼の似合う好々爺然だが
当時は胡散臭い文字通りの二枚舌男であった。
癖と香りと度数の強い芋焼酎を淡々と飲む…

「この円くて平べったいの、旨いけど何?」
「練物を揚げたやつだよ」
「なんか、こう、料理名あるだろ?」
「どうだったかなあ」
「まったく、あんたといると調子狂って嫌になるぜ」

苦笑をすると、先が割れた舌がちらちら見える。
エモノを向けられ九死に一生を得た証であるスプタン。

「で、マスター。」
「ん?」
「あんた探し物してんだろ」
「どうだったかなあ」
「魔術商会に写本を鑑定してもらった訪問歴があるらしいぜ。
なんだっけ、両頬に豪快な縫い痕があったっていう食屍鬼…
エレスチャルか」
「それはどう云った経緯で知ったのかな」
「偽物騒動あったじゃねえか
その時身元を引き取った三姉妹がいんだよ。
幼い頃から魔術商会で働いてきて
マイカイの世話にもなっていた情報通からだぜ」

一瞬の間。

「……ど、どうした?
疑ってるアクションか?」
「なんで私に教えるのかなと」
「持つべき奴等が持つべきだろうって思っただけだ。
…あんたこそ、よく俺を信用できるな?」
「君は真実を言う時は舌を見せないんだよね、オパール」
「…ははっ、根拠弱えな〜。
まあ俺もあまりヒトのこと言えねえか。
まあいいや、『不二才』おかわりな。」

元遊び人の色男から想定外の情報を貰ってしまった。
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