蟹〜
遠方からの依頼。悪路も相俟ってレンタカーでの移動を余儀なくされる。
車両での移動はチカには久々で、本来なら燥いでいた所だが
顰め面で淡々と運転をしているイチゴが空気を重くし、それどころではなかった。
彼の機嫌が悪いのは依頼先でのひと悶着が原因である。
マフィアが絡むやや危険な現場だったのは承知であったが
依頼主とその部下達に、チカに色目を使う者や下品な応対をする者
挙げ句目の前で連れ込もうとした輩がいたのだ。
その挑発的行動に堪忍袋の緒が切れたイチゴは···
息があったから命だけは助かっていると信じたいが
その場にいた者を全員動かなくなるほど殴り倒したので
組織としては半壊させてしまった可能性すらある。
車も返却し、無事帰宅も果たす。
雨が振り、暗い夜が益々暗くなる。アザルシスの雨は臭くて汚い。
屋内まで汚されないようしっかり戸締まりをする。
「······すまなかった。」
「へ?」
そろそろ就寝の時間と思い布団を敷き始めた時である。
久々に出た言葉はイチゴからの謝罪だ。
「ようやく掴み始めた誘拐魔への足掛かりがこれで絶たれでもしたら···」
「ええっ?!そ、それを気にしていたのかい?!僕はてっきり」
「ああ、勿論チカに手を出した輩にキレたのはそうだ。
だが俺は俺自身も許せなくてだな···軽率な真似をしてしまった。
暴力でしかねじ伏せれない俺はお前の好機すら潰し···」
「しっかりしたまえ、僕の力が及ばない時の君の出番じゃあないか!」
持っていた物を横に全て投げ飛ばす。
柄にもなく塩らしい様子に不安を覚え、詰め寄る。
「···それとも、嫌になったのかい?」
「好きだ、仕事もチカも。」
「そ······んん??」
「だから完璧にこなしたかった、だが俺も不器よ···」
「待って、今、なんて言った?仕事も、以外のとこ」
「チカも好きだ。」
「ちょ、そ、それは···likeの方、だよね?」
「いや?本心からだぞ。」
「んびゃあああ?!」
雨音に混じり響く絶叫。発狂しながら赤面しながら悶えるチカ。
その有様を前に、イチゴはかえって冷静になれた。
「···嫌だったか?」
「そそそんなわけないだろうー?!
う、嬉しいに、決まってるじゃないか?!
君から!ド好みの君から!夢から飛び出したみたいに理想的な君からだぞ!
君の主になれるって思った時からずっとドキドキしてたのに!」
そういえば主従関係だった。
お互い対等に接し続けていたため忘れかけていた。
「じゃあ嫌で泣いたわけじゃないんだな。」
こくり、と頷く。
滝の様に溢れ出る涙。嬉し涙にしては取り乱しすぎな気もする。
チカの素性は未だ知らない部分も多く、問い詰めたい所だが
とにかく先ずは落ち着かせたく···抱き寄せた。
食屍鬼は流す涙がない。感情の欠落ではなく、体質の問題。
それ故か、ヒトの涙は沁みる···
···そんな穏やかな空気を遮ったのは端末に届いた一本の着信。
仕事用の端末、相手は例のマフィアから。
無言で視線を合わせ、頷き、イチゴが応答する。
今のチカは対応できる状態ではない。
「···なんだ?」
「お、ダンナか。
そう凄むな、あんたと喧嘩なんてできねえよ。この有様を見たらさ」
「お前は···あの時いなかったな?」
貫禄のある、低く響く中年の声。
若い連中にはなかった滲み出る気迫ですぐに実力者だと判った。
「ああ、というのも俺が留守の間に騒ぎを起こしたみてえだな。
若頭補佐は俺だが、部下が成りきっていてよ。
うちの馬鹿共が勝手な真似をしていたのは謝るぜ。」
当初から話も所々矛盾があり、束ねる風格もないと怪しんではいたが
それは相手が影武者を使っていたわけでなく
勝手に若頭補佐を名乗っていたチンピラの仕業であったという。
「そう言われてしまうと···俺も少々やり過ぎたな。」
「はっはっは、少々どころじゃねえやい!
だがこいつ等の頭冷やすのに丁度良かったさ。
むしろオレは筋を通すあんた等が気に入ってよ。
古株とはいえ組では端から数えた方が早いオレだが
手伝える事があったら言ってくれねえかい?」
「それは···協力を申し出てくれたと解釈していいのか?」
「そうだ。
アウトロー方面で困った事があったら月季のロサって名前を出しな。
通用するエリアを有効活用してくれ。」
「古くても薔薇の名を授かった株が落ちぶれるわけなかろう。
ありがとう、助かる。」
誘拐魔の所属組織は根が太い強大な反社会的組織らしく
幹部クラスや身内に薔薇の名が与えられているのだ。
頼もしい人脈に恵まれ、二人はようやく安堵を取り戻した。
車両での移動はチカには久々で、本来なら燥いでいた所だが
顰め面で淡々と運転をしているイチゴが空気を重くし、それどころではなかった。
彼の機嫌が悪いのは依頼先でのひと悶着が原因である。
マフィアが絡むやや危険な現場だったのは承知であったが
依頼主とその部下達に、チカに色目を使う者や下品な応対をする者
挙げ句目の前で連れ込もうとした輩がいたのだ。
その挑発的行動に堪忍袋の緒が切れたイチゴは···
息があったから命だけは助かっていると信じたいが
その場にいた者を全員動かなくなるほど殴り倒したので
組織としては半壊させてしまった可能性すらある。
車も返却し、無事帰宅も果たす。
雨が振り、暗い夜が益々暗くなる。アザルシスの雨は臭くて汚い。
屋内まで汚されないようしっかり戸締まりをする。
「······すまなかった。」
「へ?」
そろそろ就寝の時間と思い布団を敷き始めた時である。
久々に出た言葉はイチゴからの謝罪だ。
「ようやく掴み始めた誘拐魔への足掛かりがこれで絶たれでもしたら···」
「ええっ?!そ、それを気にしていたのかい?!僕はてっきり」
「ああ、勿論チカに手を出した輩にキレたのはそうだ。
だが俺は俺自身も許せなくてだな···軽率な真似をしてしまった。
暴力でしかねじ伏せれない俺はお前の好機すら潰し···」
「しっかりしたまえ、僕の力が及ばない時の君の出番じゃあないか!」
持っていた物を横に全て投げ飛ばす。
柄にもなく塩らしい様子に不安を覚え、詰め寄る。
「···それとも、嫌になったのかい?」
「好きだ、仕事もチカも。」
「そ······んん??」
「だから完璧にこなしたかった、だが俺も不器よ···」
「待って、今、なんて言った?仕事も、以外のとこ」
「チカも好きだ。」
「ちょ、そ、それは···likeの方、だよね?」
「いや?本心からだぞ。」
「んびゃあああ?!」
雨音に混じり響く絶叫。発狂しながら赤面しながら悶えるチカ。
その有様を前に、イチゴはかえって冷静になれた。
「···嫌だったか?」
「そそそんなわけないだろうー?!
う、嬉しいに、決まってるじゃないか?!
君から!ド好みの君から!夢から飛び出したみたいに理想的な君からだぞ!
君の主になれるって思った時からずっとドキドキしてたのに!」
そういえば主従関係だった。
お互い対等に接し続けていたため忘れかけていた。
「じゃあ嫌で泣いたわけじゃないんだな。」
こくり、と頷く。
滝の様に溢れ出る涙。嬉し涙にしては取り乱しすぎな気もする。
チカの素性は未だ知らない部分も多く、問い詰めたい所だが
とにかく先ずは落ち着かせたく···抱き寄せた。
食屍鬼は流す涙がない。感情の欠落ではなく、体質の問題。
それ故か、ヒトの涙は沁みる···
···そんな穏やかな空気を遮ったのは端末に届いた一本の着信。
仕事用の端末、相手は例のマフィアから。
無言で視線を合わせ、頷き、イチゴが応答する。
今のチカは対応できる状態ではない。
「···なんだ?」
「お、ダンナか。
そう凄むな、あんたと喧嘩なんてできねえよ。この有様を見たらさ」
「お前は···あの時いなかったな?」
貫禄のある、低く響く中年の声。
若い連中にはなかった滲み出る気迫ですぐに実力者だと判った。
「ああ、というのも俺が留守の間に騒ぎを起こしたみてえだな。
若頭補佐は俺だが、部下が成りきっていてよ。
うちの馬鹿共が勝手な真似をしていたのは謝るぜ。」
当初から話も所々矛盾があり、束ねる風格もないと怪しんではいたが
それは相手が影武者を使っていたわけでなく
勝手に若頭補佐を名乗っていたチンピラの仕業であったという。
「そう言われてしまうと···俺も少々やり過ぎたな。」
「はっはっは、少々どころじゃねえやい!
だがこいつ等の頭冷やすのに丁度良かったさ。
むしろオレは筋を通すあんた等が気に入ってよ。
古株とはいえ組では端から数えた方が早いオレだが
手伝える事があったら言ってくれねえかい?」
「それは···協力を申し出てくれたと解釈していいのか?」
「そうだ。
アウトロー方面で困った事があったら月季のロサって名前を出しな。
通用するエリアを有効活用してくれ。」
「古くても薔薇の名を授かった株が落ちぶれるわけなかろう。
ありがとう、助かる。」
誘拐魔の所属組織は根が太い強大な反社会的組織らしく
幹部クラスや身内に薔薇の名が与えられているのだ。
頼もしい人脈に恵まれ、二人はようやく安堵を取り戻した。
PR
Comment