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建物は多いくせに人が少なくて妙な寒気が漂っている。何なんだ此処は。
下水や街灯が機能している辺り無人じゃあないと思うんだが、今は逆に困るな。
温かい飯と情報が欲しいんだよ。

…これは、匂う。アルコール、微かに紛れた脂、諸々。
何より其処は灯りが付いている。
階段から下がった、他だと地下に当たる位置に酒場があった。


…ヒトがいるのを確信した途端、出会い頭につい癖で金を要求したが
今はむしろ金以外が欲しかった。
まあこのでかめの拳銃で脅せばなんか出すだろう。
例え相手が食屍鬼でもだ。

「いやあ、そんな名前のカクテルあったかな」

あぁ?!ふざけてんのは表情だけにしとけよこいつ?!
鼻の上の傷かっぴろげてやろうかおいゴルァ?!
再度銃口を突きつけるが反応に代わり映えが無い。

「ん〜、多分それ撃たれても私は死なないと思うな」

いやいや、いくら丈夫でも当たりどころってもんがあるだろ?!

「でもどんな弾入れてるか判らないから一応防衛するね」

何か尖った物を投げた、のは判るが物の名称は判らないし何よりなんだあの速さ?!
とにかくその尖った物が銃口を塞いで中まで深く刺さっちまった。
もう使い物にならねえなこれも…
ていうか、俺に当たっていたら死んでなかったか…?

「で、どうするんだい?銃の損害分として一杯奢るよ?」

なんなんだこいつ……舌打ちしつつ、俺は流されるように着席した。
ヒトって諦めがつくと妙に素直になれちまうんだな。
元々、俺が欲しかったのは温かい飯と情報だ。


フォスフォシデライトという名前を明かしたのも久々だ。
ああ話が止まらない、おかしいな…逆に情報出してねえか?
工場勤務に嫌気がさして火をつけて逃げた事から始まり
強盗で食い繋いで旅している事まで喋っちまった。

「蝗みたいな生活してるんだねえ」

差し出されたカクテルを飲みつつ会話を…
え、なんだこれは、今まで酒とは次元が違う…
いやビビるな、主導権をこれ以上こいつに握らせるな、俺…!!

「それにしても今までよく生きてこれたねえ」

あぁ?こいつ俺の事なめてんな?俺には異能があんだぞ?
そうだ今まさしく呑みながら室温を奪っていた所だ。
じきに凍えてちびりながら侘びてくるだろう。

「奇遇だねえ、今まさに私も条件満たしたから私も出来るよ」

え?

「饗した者を掌握するの。抗いようの無い死に至る苦痛を与えて。試してみる?」

じょ、冗談じゃねえ!ハメやがったなこの野郎?!

「おとなしくしていれば普通に酒作って呑んでもらうだけだよ。
おとなしくしていれば」

本当なんなんだこいつ……でも酒が旨いからつい呑んじまう。
ダイオプテーズと名乗ったこの食屍鬼、食屍鬼のための憩いの場を設けたと言っている。
酔狂って言葉はこいつの為にあるんじゃねえのか?
これは…ああ、ハムはハムでも人肉のハムだなこりゃ。
獣肉には無い筋っぽさを巧く誤魔化し旨くしている。
通しと同時に色々有用な話を聞けてしまった。
味方とは言い難いが、敵でも無いなこいつは…
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ダイオプテーズの助言通りに辿り着いたそこは、きな臭い連中ばかりで空気も違った。
屋外だってのに煙たいのは相当だ。この柔らかく酸っぱい感じの臭い、薬物か。
立ち止まらないように目星を付けて、手頃な相手を捜す。
複数人固まっていたり、少人数でも明らかに手練っぽい奴等がいたりで接触が難しい。
ヒトを喰って力を付けた俺だが、まだまだ喧嘩は慣れていない。
屋内なら持久戦勝ち確なんだがなあ。

「ねえねえ、そこのおにーさん。」

甘ったるいアニメ声が俺を呼び留める。
振り向いた先にいたのは青肌…だが食屍鬼じゃない?角と翼と尻尾が生えてる。
何より線が細くてめちゃめちゃかわいいな?初めて見るタイプの亜人種だ。
屋根の端から此方を見下ろしてるのが気に喰わないが。

「初めて見るヒトだけど、どしたの?迷子?
ボクはイマチヅキっていうの。おにーさんは?」

良く言えばフレンドリーなのかもしれないが笑顔がかわい過ぎて怪しい。
ていうかこんな所の常連なら只者じゃあねえよな。
地元のガキだとしても肝が座り過ぎだ。
とりあえず質問を返すとしよう。名はともかく迷子というのは微妙に困る表現だが。
なんたって俺は自由の身ではあるが、スムーズな旅への活路が見えてない。
ある意味迷子になっているし、それもこれも他の食屍鬼だとか強い奴が多いせいだ…!

「え〜、フォスフォシデライトさんもすごいんじゃない?
強くないと相手の強さってわかんないもんだよ?
プルペラ鉄工場だなんて遠い所からこっちまで逃げ続けてるわけだし。
素人なのにやっぱりすごいってえ。」

笑顔でべた褒めして…
ん?俺はまだ何処から来たかまで言っていないし、素人だと?


背中に細く鋭い物が刺さり、『何か』が注入された。
振り払うと、雑に引き抜かれて地面に放り投げだされたそれが見えた。注射器だ。
一体何を仕込んだ?!雑に射ちやがって…ヤバい目が回る……力が入らん…



「眼鏡の食屍鬼っつーからビビったけど、見た事ねえなこいつ?」
「こらこら、雑に扱わない。」

何処からともなく群がるチンピラ達。
倒れて動かない食屍鬼の頭を足蹴にする者を、イマチヅキが制止する。

「組長が気に入ったらどうすんのさ」
「ははは、あの人は尻があれば他は十分だろ」
「とりあえず運んで『処理』しとこうぜ。おい、そっち持てよ」
「重…おいあと1人か2人手伝えよ、こいつ重いわ〜」

結局4人がかりで四肢を持って、ワンボックスカーに押し込む。
イマチヅキはというと、運ぶのは手伝わずにバックパックを回収してから後に続いた。
誰にも聴こえない溜め息を吐きつつ。



…なんか、ヒヤッとする。外側だけ…体の内側は熱いのに。
頭はぼんやりするし…ん?なんか視界が妙だな?
なんだこの圧迫感…何かに覆われている?何か頭に被っていたのか俺は?
頭の方を掴もうとしたが球状の物に阻まれているのが判った。
ヘルメットか何かか?このままだと周りも見えねえしとりあえず外してみるか。

「あ!駄目だよ、それ取ったら禿げちゃうよ!」

聞き覚えのある特徴的な声……イマチヅキだ。野郎、何処から喋ってんだ。

「今の君は薬槽に全身浸かって脱毛していた所なんだよ。
でもそろそろ良いかな?抜くね。」

下から吸引される感触が足元に伝わり、水位が下がっていく。
真緑で気付かなかったが、俺は真っ裸だった。
しかも毛が、無いだと…跡形も無い。
まるで元から生えていなかったかのように綺麗に…ガキでもこんなつるつるじゃないだろ…

「わ〜フィルターが詰まってる〜やっぱり食屍鬼って剛毛だな〜」

俺の見えない所で何やってんだあいつは?!俺の抜け毛を見てはしゃぐな?!
もう脱毛の原因らしき緑色の液体も失くなった事だし、ヘルメットを取って投げ捨てた。
出口は何処だ?通気口はあるから必ず何処かで外に通じているはずだ。
如何にも何かありそうな鉄板を剥がす。
この雑な配電は素人が見様見真似でやった感が強いな。
此処の『電流を奪い取って』その状態で此処を捻って…手応えありだ。

「ありゃ?!開いちゃった?!」

俺の背後に出入り口があったようだ。
ロックもセキュリティも馬鹿になって馬鹿みたいに口を開けた。
開いてるうちにとっとと出る。服は何処だ…
なんなら真っ先に来た野郎をぶっ倒して奪い取るか?

「ね、待って。」

のこのこ現れたのはイマチヅキだった。あざとい上目遣いをしやがって…

「そんな怖い顔しないでよう、ハメたのは確かだけどさ〜。ね?ほら、君の荷物。」

と、差し出したのは確かに俺のバックパック。畳まれた衣服付き…なんのつもりだ?

「警戒するのも無理ないけどボクね、君に興味持っちゃってさ。ね、一緒に出ない?」

協力するのか?
だとしてもこいつの狙いが判らない以上やっぱり素直に飲めねえ。罠かもしれん。
だがとりあえず荷物を奪い返して服を着た。
毛がないと寒くて仕方ないしもろ出しで外に出れん。
…俺が着衣する様子を楽しそうに見てなんのつもりだ?

「やっぱり服は着れた方が良いよね。組長は服が着れないからさあ。」

どんな変態だよ…。
いや待てよ、こいつ組長クラスの顔知ってんのか?これは使えるかもな…
よし、連れて行くか。妙な真似したらその時点で切り離せば良し。

俺主体に旅をする事を前提の絶対条件を設けつつ許可した。

「やったー!無難なバイトに退屈してたんだあ!」

ふん、こき使ってやるから覚悟しな。
外に出てようやく全容が判った。
思ったよりチンケな小屋に俺は連れられていたようだ。
拉致するに当たって段取り毎に施設と配役を分散して
不慮の事故を想定して尻尾切りしやすくした、というのはまあ納得した。
尻尾切りか、そういやプルペラ鉄工場でも…
辞めさせたい奴にはどうでもいい超重労働をさせて、クビにしやすくする流れがあったな…
そんなクソみたいな環境を思い出しつつ、手頃なバイクを見つけ『逆カスタマイズ』を施す。
ゾクの車両っぽいが無駄な改造が多いのが気に喰わない。

「あ、そのバイク…まあいいか。大丈夫大丈夫」

含みのある言い方が少々気になるが、お前がいいならまあいいか。

このマフラーはあるだけうるさくて邪魔だし
こんな長椅子だと荷物もヒトも載せれなくて邪魔だし
ライトは無駄に多いし変な棘はあるしとにかく邪魔だ邪魔だ!
ていうかなんだこのクラッチは!クラッチ板が一枚足りなくて代用品で奇跡的にハマってるんじゃねーか!!
…なんとか納得いく形まで整えられた。バイクも原型を取り戻せたんじゃないのか?

「荷物が重いと思ったら工具入れてたんだね、それにしても本当に器用だなあ」

やたらと楽しそうに見ているな、何がいいんだ?そんな珍しいのか?

「珍しいよお、だって皆壊すのばっかだから、君みたいに直せるヒトは本当珍しいよ。
だからボク、君に尚更興味湧いたのかも。
…ねえ、フォスフォシデライトって長いから愛称付けるよ。
フォスって呼びたい所だけど、別個体と被るからフォシデにするね。」

別個体と?誰の事だ?

「フォスフォフィライトの事だよ。え?知らないの?
食屍鬼って同胞同士で情報共有してないんだ?てか、君のNo.なに?」

No.だって?知らん。ナンバリングするほど多いのか?

「ええ〜?名前はあって、自分の番号忘れてる?変なの、なんかされた?」

なんかされたと言われても否定しきれねえな…
何処から来てどうしてあのクソみたいな工場にいたのか判らねえし。

「知りたくないの?ボクは気になるなあ。」

そう言われると俺も気になってきたじゃねーか……
そうだな、新たに1つ目標を建てるか。俺の出自について。
バイクに跨りエンジンを掛けると、イマチヅキは飛びついて俺の肩にしがみつく。
邪魔にならないどころか軽く走れている気がするぞ?

「ボクねえ、『与える』異能使いなの!
今君に追い風与えていたんだあ。どう?走りやすい?」

『奪う』俺とは逆に『与える』のか、こりゃあいい。細工の幅が更に広がるぞ。
2人になったことだし強盗も少し大胆に仕掛けてみるか。




物を盗んで換金する際の質屋利用でもイマチヅキは役に立つ。
アウトロー特有のディープな繋がりの賜物か、異形相手でも交渉できてる。
換金率がやや気紛れな事を除けば資金源として十分アテになる。

「このお金もすぐに使っちゃうんだよね?フォシデは纏まったお金は持たない主義?」

そう、金は必要な時に必要なだけ作って即使う。貯金はしない。
ぶっちゃけ物々交換でも良いくらいだが、世の中は金じゃないと得られない物も割とあって困る。
目の前にある物が俺には全てだ。

イマチヅキも納得した所で、携帯食と燃料の補充を済ませ、バイクで駆る。



…一本道に差し掛かった瞬間、遠方で行く手を阻む存在に逸早く気づき、同時に危険を感じた。
あれは、食屍鬼だ。何か黒くてでかい物が2つ?3つ?まとわりついている?
一気に加速をして壁伝いに駆けてそいつを避けようとしたが、黒くてでかい物が大口を開けて行く手を阻む!

「わー?!」

俺は放り投げだされ瓦礫に埋もれる形で着地したが
イマチヅキとバイクが飲み込まれただと…
化物め。
よく見たら黒くてでかい物と食屍鬼は尾のように繋がっている。
どういう生態してんだ、あいつ?

「よう、出れんか?手伝ってやろうか?今ケツひっぱたいてやるからよ。」

別の黒くてでかい物が鞘を咥えて…ナイフ、じゃないな?なんだあの長いエモノは?
斑模様の金属はただの鉄じゃあない、鋼か何かの混ざり物か?
若干弧になっていて鈍く輝く様が鋭さを醸し出す。職人業が光っているな。
あれで斬られたら防ぎようがない、死ねる。そう直感した俺は…
当然、奴が振り下ろした瞬間に強引にその場から跳んで避けた。崩れる瓦礫の山。
なんなんだこいつは、マフィアの回し者か?

「いや、俺はいつも独断の単独で動いている。
お前みたいなやんちゃ坊主を見ると挨拶したくなってなあ」

何言ってんだ、初対面のくせに。

「ああ、俺が一方的にお前を知っているんだ。
フォスフォシデライト、お前あちこち食い荒らしてんじゃねえよ。
たまに小悪党に痛い目に遭わせてるみてえだが、大体は文字通り火事場泥棒しやがって。」

って、喋りながら振り回すなよ?!薙ぐ音がやべぇ。
タイミング悪く着地点で振り下ろされた…!
刃を側面両側から挟んで、寸での所で止め…られなかった。
刃先への絶妙な力加減の変化が肌に伝わる。手を強引に抜けた刃先が俺の肩に食い込む。
このままだと真っ二つにされる、俺は必死で後退して抜け出した。
飛び散る血を見て激痛が走る……痛みで腕に力が入らん…

「…そうだなあ。
足が1つ欠けた鼈甲の櫛とか、お前は使うように見えねえな。何処にトバした?」

いきなりなんだ?
ああ確か、素材に価値があるからって他のと纏めてイマチヅキが換金したはずだな…

「やっぱりてめえ等が盗ったんだな、最寄りだとあの蛙みたいな店主の質屋か。
ならまだ間に合うか、あいつ顔はアレだが物の扱いは丁寧だから即横流しはしねえし。」

そういうあんたも使いそうにねえがな?
楽に獲れる物を狙ったつもりだが、割りに合わねえ相手に巡り会ったもんだ…

「ほらよ。返すぜ。
お前が仲間も見捨てる屑だったらまとめて斬り捨てていたが、今回は特別だ。」

黒くてでかい物から吐き出され、イマチヅキとバイクは解放された。
太くなって留まっていたからもしやとは思っていたが、消化されずに済んだようだな…

立ち去る食屍鬼…なんなんだあいつ?
のったり歩いて、物に執着があるのか無いのか判らん。

「ああ〜!死ぬかと思った!フォシデ、大丈夫?!」

大丈夫なわけあるか。腕が痺れてきたから神経辺り傷付いたかもな。
応急措置をしながら奴について尋ねてみる。

ビクスバイトとかいう古株の食屍鬼で
あの異様な尾は信仰している神から授かった物だと。
後天性の異形でも改造手術した奴とは異なり、物理的にあり得ない構造や力を備えている。

「通称『モル信』って言われていてえ、ああいう赤黒い色服を着た個体が大体そうだから注意ね。」

なんだよ、食屍鬼ってやべぇ奴ばかりじゃねーか?!
組長に官憲に信者になんでもありすぎだろ?!

「だってえ、君達それが目的で造られたんでしよ。
色んな強みがあって、色んなヒトの助力になってるんだってさ。」
役割か、ふん。人工物なんてそんなもんか。
俺を造った奴は俺の才能に後悔するがいい。
便利能力のつもりで人様に迷惑かけてるだなんて思いもしてないだろう?

…痛む肩を堪えてバイクの容態を診る。
雑に飲み込まれたから電気系統とか特に不安だったが、無事なようだ。
ミラーやブレーキレバー部分といった先端部分にストレスかかった程度で済んでいる。
なんだよ軽傷じゃねーか……イマチヅキは無傷だし、一番負傷したの俺か…

…よし、広い道に出るか。街の外側目指してバイクで駆る。

「あ、フォシデひょっとして『ウロボロステイル』目指していた?」

そうそれ。
いつぞや工場にいた時、運搬業者が言っていたのをふと思い出した。
開けた道なら見通しも良いし官憲や何やらが追っても逃げ切りやすいだろうと。
…地平線が見える、もうすぐだ。

「もしもーし」

ん?イマチヅキか?いや、首を横に振って否定してんな?

「おにーさん、許可証ないでしょ。駄目だよ『そっち』行ったら」

このスピードで並行して声を掛けてくる奴だと?
フルフェイスヘルメットで素顔が判らん、革スーツの黒ずくめだ。
ゴツい高級バイクに乗ってやがるし、なんか気に喰わねえな…

「えっ、ま、まさか…?!」
「あらぁ後ろのかわいこちゃんが聞こえてるなら、私の声も届いているはずだよねえ?」

更に加速をしたかと思えば、先回りをして行く手を阻んできた。
此方も既にスピード出しきってるからもう避けれん、轢くしかないぞ?

激しく衝突、と思いきやこいつ…片足で前輪を止めやがった?!
反動でこちら側は一瞬宙に浮かび、激しくバウンド。
ケツを打ったのは俺だけでイマチヅキは飛んで衝撃を避けた。また俺だけ被害か。

「いいかい?『ウロボロステイル』は物流と要人を運んで支える大事な道。
許可なく割り込むと罰則が来ちゃうの。
私達のように同じ顔の者がやらかすと連帯責任負わされかねないんだよお?」
「ああっや、やっぱり?!同じ顔って事は食屍鬼…
しかも上位存在として公認でバイク乗りの個体、スーパーセブン?!」
「当たりぃ、私ってそんな有名人だったあ?」

ヘルメットを脱ぎあらわになった顔は、確かに青肌黒白目で同様の銀髪だが…
俺よりずっと顔色悪いし、にちゃっとして気持ち悪いぞこいつ…
なんでイマチヅキはこんな畏まってんだ?あと許可証が要るだと?
なら…こいつから許可証とやらを奪えば話は早いんじゃねえか?
と、脅してみるも動揺する素振りもなく、粘り気のある笑みを返してきやがった。

「お勉強させてもらえなかったのかな、かわいそうにねえ。」

そう来たかこの野郎、俺に喧嘩を売るのか?

「や、やめた方がいいよフォシデ!触ったら呪われちゃうかもしれないよ?!
呪いに掛かると死ぬほど厄介なんだよ、治す手段も滅多に無いの!」

は?呪い?いや確かに幸薄そうな面はしているが、まさか異能か?

「ああ〜、なんか中途半端に私の事伝わっているのね。まあいいけど。
とにかく『あっち』に君を渡らせるつもりはないよ。
仮に突破した所でえ、無許可で走ってる所見つけたら私がめっしちゃうよ?」

何を偉そうに…む?奴の荷台に見覚えのあるシルエットが…
鞘か?!長いエモノの?!ビクスバイトを連想した、が、こいつは強いのか?
いや、厄介な存在であるだけで十分強いか…

「と、とりあえず引き返そうよフォシデ〜!」

ちっ、イマチヅキも逃げ腰になっちまったな。
悔しいがエモノに加えてマジで呪われでもしたら厄介だ。
Uターンして別の道を探し始める事にした。
赤っ恥かいちまったなちくしょうめ···



「『ウロボロステイル』知ってて許可証持ってないとは思わなかったよ、も〜
あの人の言う通り、物流のための大事な道だからセキュリティが一際厳しいんだよ。」

なんだって、じゃあ運搬業やってる奴等はそれを予め備えていたってわけか。
…よく考えてみたらそうでもしないと野盗の格好の餌食になるか。

「そういうこと。知らずに走っていたら僕達木っ端微塵にされてたかも。」

容赦ねえな、見せしめのつもりか?
命拾いしたのは確かかもしれねえが、あの野郎に感謝したくねえや。

くそ、当時どうせ資格取るならそれを真っ先に取りたかったぜ。
マクロンハーツの事だから俺が逃げる術を失くすために黙っていやがったんだろうな。
誰かさんの事務所を占拠して休憩していた。
時間帯によっては一人で留守を預かる奴もいるから楽勝。
首を捻るのは古錆びた手回しジャッキを回すより楽だ。


イマチヅキからヤバい奴を教えてもらいながら地図を照らし合わせて見て
なんとなくだがヤバさは伝わった。
国境越えはまあなんとかなりそうだが、大陸跨ぎの難易度が桁違いに高い。
片や大砂漠でただでさえ移動手段に制限があるのにマフィアの巣窟だし
片や陸を繋ぐ橋の前後に『モル信』がいるらしい。前後にって、もう2人いるのかよ…
『無明の繭』とまではいかないが周辺国には行きたかったんだがな。
こちら側は良く言えば平凡、悪く言えば地味。あちら側は魅力に溢れている。

「まあね〜。会社やお店が沢山あって充実してるし、遊び場にも困らないよ。」

やはりそうか。
マクロンハーツの小言からちらっと聞いた事あるんだが
あちら側にもプルペラ鉄工場系列の工場があって、いつかそちらを本拠点にするとか。
稼業にするにはうってつけの環境がある、即ち人が多い、即ち財産に溢れている。

「フォシデは時々慎重なのか大胆なのかわかんないねえ」

基本的に慎重で素直だが、無知だから無謀に思われてるんだよ俺は。

「んっふふ、そこまで自分の事判っていて出生だけ判ってないのが不思議だよ。」

全くだ。
なんだか俺も巷で噂になっているようだし、俺について詳しい奴が現れたりしないものか。

「あ、でもね。もしあっち側に着いたとしてもギベオンにだけは絶っっっ対会わないようにね!
食屍鬼の中でもトップクラスに超危険人物なんだ、見た目もヤバいけど頭もヤバい。
あいつと会ってめちゃめちゃにされた人は数知れないよ。」

これは………マジな奴だな。もうヤバさを説明しきれないくらいヤバいのか。
そこまでいくともう勝っても負けてもヤバいな。
負けは死に直結だし、勝つと目立って他のヤバい奴に注目されちまう。逃げるが最適。

…さて、人肉も十分食い漁ったし金品も盗ったから出るか。
息を殺したつもりの人の息使いが増すのを俺は聞き逃さない。
鼓膜がイカれる様な環境に元いた身としては、これだけ静かだと針一本落ちても聞き分けれる。
窓から出てバイクに即跨り、即壁を走る。
イマチヅキがいるから屋根や壁伝いの柔軟な移動も容易なのは助かるぜ。
車道利用していると待ち伏せされる事が多いからな。

「あっ!フォシデ、あのもやもやしてる所!絶対避けて!!」

なんだそんなに必死になって。その緊迫感に応えるように、大きく避けた。
その拍子に屋台の屋根が2つ3つ壊れたが不可抗力不可抗力。

「稀にある野生の歪曲空間だよ。あれに引っかかるとロクな目に合わないんだ。
知らない世界に飛ばされたり変なのが出てきたり、最悪バラバラになって死んじゃう。」

とんでもねえデストラップだな、なんでそんなのがこんな下町にあるんだ?!

「下町だからこそ、かなあ。
アザルシスって基本的に歪みまくってるけど専門家が修繕や調整してるらしくて
お金持ちは逆に歪曲空間を利用して異世界から資源を仕入れているみたいよ。
でも有益な物を抜き取れるパターンってそう多くもなくてえ
逆に怪物や疫病が飛び出す原因になる事のが普通だよ。」

手付かずの空間に歪みはあり得るって事か?
なんだよ、ヒトに限らず地形にまで気を付けねえといけないのか。
旅を初めて数ヶ月経ったが、今まで鉢合わなかったのは運が良かったんだな。

「運も立派な実力だよお、色んなジャンルで『力持ち』を見てきたけどね
事故や災害であっさり逝ったヒトも結構いたもの。」

『力持ち』…財力、権力、武力ってとこか?
無さ過ぎたら人権ねえし、あり過ぎても叩かれるし、あってもなくても死ぬときは死ぬ。
やっぱり好きな時に飲み食い強奪して、殺したい奴は殺して殺されそうになったら逃げるに限るな。



さて、今夜は…想定外の豪勢な食卓だ。
質素な外装と裏腹にサービスの行き届いた高級ホテルだったようだ。
それでも楽に侵入出来たから雑魚しかいないと思っていたんだが
襲った相手はどうもマフィアの幹部クラスの親父だったらしい。
教えてくれたイマチヅキはシャワールーム。
俺は肴を雑にかっ食らって赤ワインをデカいグラスに波々注いでがぶ飲みしていた。
…渋すぎる。正直言って不味い。高いから美味いとも限らねえんだな。
ダイオプテーズの作る酒が少し恋しい。
蓄音器で音楽も聴いていたようだが止めた。興味ない音楽は騒音と変わりない。成金め。

「フォシデ〜、今夜どうする?」

湯上がりのイマチヅキの唐突な問いかけ。
タオルで頭は拭いているくせに下は隠さねえんだもんなこいつ。
無駄毛もなけりゃ起伏も無い、男の勲章はある。

「ああ、そういう意味でなく今夜此処で一晩過ごすのかって。
このおじさん、部下や警護がいてもおかしくないからさあ。」

ああ、そういう事か。時間差でこいつの取り巻きに寝込みを襲われないか、と?
万が一を考慮して毎回俺が異能で仕掛けておいてから寝てるだろ、今夜もそのつもりだ。
だからとっととぶら下がってるの隠して寝床に付きな。明日は早いんだ。


…………どうやら先に目が覚めたのは俺のようだな。
俺の耳が捉えた異音は密着しているイマチヅキの寝息より
『まだ』小さいはずなのに、はっきり響いて聴こえた。
消灯した部屋は、異能で室内の音と臭いを『奪って』おいたがかえって怪しまれたか?
そういえば整髪剤臭い親父だったな。空調機でも吸いきれないくらい臭かった。

生々しい音が更に近付いてくる。自分の心臓の爆音がうるせえ…
この這って肉が擦れるような音、俺は蛇を連想した。
ピット器官とやらで熱感知、赤外線センサー的な機能があるやつ。
もしこの施設に、或いは室外にいる奴にそれが備わっていたとしたら音も臭いも関係ない…

そっとイマチヅキを起こして、俺の予測含め一連の状況説明を施した。

「ど、どうする?此処の窓は開閉できないタイプだよ…?」

とりあえず工作だ。
俺は、俺とお前の体温を室温同等まで『奪い』
イマチヅキはあの親父を生前並に体温を『与える』

物音を立てないように、且つ素早く異能で工作し始める俺達の前に、あいつは現れた。

隙間の無い扉の隙間から強引に、爪か?触手か?
とにかく異形の物が割り込んで扉を握り潰しながら入室。
外灯りで頭部のシルエットだけ辛うじて見えた。目から…角が生えてる。
食屍鬼の形をした化け物だ。

「……おい、イワロ。床で寝るなんてらしくねえな?」

イワロ、多分俺が殺ったあのマフィアのおっさんの名だろう。
俺の予想通り、状況が見えてないあたりあいつは『熱』で形を捉えているようだな。
気づかれないうちに俺もイマチヅキも窓側にゆっくり、音を立てないように歩み寄る。

「返事がねえな、クラシック好きの奴が静かにしてらしくねえなあ?」

違和感に勘付き始めた、こうなると非常に拙い…!!

「誰かいるなら答えやがれおるぁぁぁあ!!」

体を大きく歪ませたかと思えば、鎌のように鋭利な切っ先の触手を複数生やして室内いっぱい振りましてきた。
思った通り、やけクソで攻撃してきやがった!複数箇所浅くも深くも斬られた。
ああこれはもうバレたな。
俺は窓に駆け寄ると手を当て、局所的に空気を『奪い』真空による窓破壊をした。
でかい窓のでかい穴、余裕で二人行ける。俺達は外へ飛んで逃げた。


着地。滴り落ちる血の雨。俺の体から出た血だ。
見上げると少々服と髪を切られたイマチヅキと、あの部屋から飛び出す巨腕が見えた。
あの掌、俺達を握り潰すのに十分なサイズだ…とっととバイクに跨り俺達はホテルを後にした。

あちこち抉るように斬られて痛え。
だがじっとしているわけにはいかんな、俺が運転している間に応急措置をさせる。
くそ、今度は服探しするか。ブランド生地がボロ切れになっちまった。

「あいつがね、ギベオンなんだよ。ボクもうっかりしていたな。
『無明の繭』の軍人だけど、ブローカーでもあるから
こっちで商人とつるんでいても不思議じゃなかったね…」

死ぬかと思ったぜ。あんな化物、勝ち負け以前の問題だ。
屋内を肉体で圧迫されたら俺にはどうしようもない。対抗できる奴が存在するのか?
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