蟹〜
袖を捲れば異様な蚯蚓腫れ…俗に言う異形腫れの右腕があらわになる。
呪いの痕だ。
「これはねえ、右筆(ゆうひつ)さん。」
「希少な字書きがあんたに憑いていたんだったわ。」
「まあねえ、剣を握る手と同じなもので。」
「これだよ、肉体言語。偶に筆も握ったらどうだい、端末叩いてばかりで勿体ない。
ラピスラズリのがずっと達筆だよ。」
「あらぁ、それは確かに負けていられませんねえ。やはり活字は強い。」
アザルシスで筆を使う者と言われれば
絵師や設計士、美容師等描く側の印象が一般的。
書く側となると話は別。小説家や記録係は滅多にいない。
世に出ている文字のほとんどは替えが容易な印刷物。
だからこそ肉筆の重みは際立ち、時が経つにつれそれは顕著となる。
そもそもアザルシスは、文化圏や語学力読解力に幅があり過ぎた。
その字の意味が伝わる者にしか伝わらない事は、最大の弱みでもあり強みでもあり
時に無知は死を意味するその有り様は、正しく呪いを体現していたのであった。
右筆というのは身分の高い者の秘書役であり、文章の代筆が主な職務の文官である。
時代が進むにつれて事務官僚としての任務を担うようにもなり
とある右筆はその才知から主の口代わりと言っても過言ではなく
それを誇りに思い健気に応えてきた。
だが逆に、口答えは許されなかった。愚直にならざるをえない環境。
口を縫い付けられた。痩せ細る身体。脚より腕のが太く筋肉質。
抜け落ちる毛も失くなってきた。爪は伸びなくなってきた。
やがて人と直接触れ合う事もなくなった。人恋しくなる想いも失われていた。
閉ざされた個室、扉の上の口に文書の投函し、下の口から食器の出し入れ。
開けられたのは火災が発生し鎮火してからである。
延焼こそしていないが、満遍なく広がった黒い煙を皆大なり小なり吸わされた。
右筆の安否を確認しに来たが
其処にいたのは激臭と黒い廃材に囲まれ、人の形を失った異形だけであった。
恐怖した人々は異形を銃殺したが、爆ぜて飛び散った体液が壁や床に字を遺した。
『私の価値が活字にあるとならば字として生きましょう』
異形の字は不意に壁や床に浮かび上がっては
見る者の文化圏や語学力読解力に添った字で見えて
その内容はひたすら闇深く、目を閉じても脳内にまで及び
止まない悪夢で精神を病ませ、死に至らせた。
これを呪いとみた一同は、スーパーセブンに解呪を依頼。
字をも殺すのかと周りに皮肉を言いつつ
スーパーセブンは字に向かって
『貴方の名と字が変えてくれた世界をお見せしよう』
そう説得すると、相手は多少なりとも気を許したのか身を委ねたのであった。
醜く腫れ上がる右腕、其処に右筆がいる。
ヒトの記憶を刻んできた、字を書く喜びだけは失いきれなかった健気な文官。
余談だがバイクで駆っていると右腕が疼くので
事故だけは起こしてもらいたくはないものだ。
上着を脱げば、疣のような異形腫れの左肩があらわになる。
呪いの痕だ。
「これはねえ、左官(さかん)さん達。」
「一時期一部地域で流行ったやつだね。」
「そうそう」
「…左官『達』?」
「ええ、一人で家は成り立ちませんもの。」
戦による縄張り争いで潤う商いも多い。
左官もその一つ。
建築物が崩落した際は建築士による再建築が妥当だが
半壊以下、言うなれば蘇生が可能な建築物を蘇生するのが彼等の役目。
仕事は塗りだけに留まらない。
穴を塞ぎ、ヒビを閉じて、色褪せた壁を塗り替え、強度と彩りを与える。
破壊を得意とする者が多いアザルシスにおいて
創造、修復、治療行為等『なおす』力は尊ぶべき重要な力である。
とある左官の男は自身の仕事に誇りを持つ。
依頼が来れば念入りに時間と金を掛けて塗り壁作業を施す。
時間をかけ過ぎて無精者と誤解を受けたり
金を掛け過ぎて詐欺を疑われたりもしたが
最後にはお互い笑って誤解を解き明かす。
毎回自身が納得がいくまで力の限りを尽くしていた。
それにしても何故こんなに壁の塗材を用意できるのか?
それは不足が無いよう、大量に手作りして作り置きしているからだと。
木っ端微塵で資材回収が捗らず苦戦する事もあるんだとか。
廃材利用と言われれば少々訳が違う。
その左官は人骨を砕き、カルシウム粉末にして、塗材の足しにしていたのだ。
それはアザルシスにおいてはよくある話ではあるし
むしろ賢い再利用法とまで言う者までいる始末。
ある日の事。
紛争もおさまり、平穏を取り戻してから早数年、傷んでも尚立ち続けていた
我が家を労うために雄姿を整えてやりたいのだと、とある富裕者が依頼してきた。
いつものように労力を尽くして仕上げた左官。
依頼主である富裕者もその出来映えに満足していたが
その出来映えを一番見せたかった家族がいない。
家事でもしていたのか?内職でもしていたのか?
そう思い直前まで捜して廻っていたがついに見つからなかった。
左官にも行方を尋ねた。
愚痴も吐かず倹約に励み家計を支えてくれた妻。
延命は望まず次世代に協力を惜しまない両親。
我儘も言わず幼くも賢い我が子達。
特徴を聞いて、悪怯れなく左官は答えた。砕いて塗材に混ぜましたよ、と。
平和な此処だと資材がどうしても不足してしまうから、必要だからやったのだと。
事を知った周囲から罵詈雑言を受けながら
激怒した依頼主から拘束された上で火を点けられ
左官は自分が修復した家の中で絶命した。
…かのように思われたが、後日その家が丸ごと異形と化していた。
無数の孔や触手が生えた肉塊のような異形。
唸りながら畝って、周囲の物を破壊しながら取り込み、膨らみ続ける。
これを呪いとみた富裕者は、スーパーセブンに解呪を依頼。
皆貴方に尽くした身だろうにと皮肉を言いつつ
スーパーセブンは肉塊に向かって
『もう仕事は終わったんだよ、皆お疲れ様。』
そう説得すると、相手は気を許したのか身を委ねたのであった。
大きく腫れ上がった左半身、すぐに左肩に収束したが其処に左官達がいる。
愚かで素直な左官と、死人と見分けがつかぬほど尽力した一家が。
呪いの痕だ。
「これはねえ、右筆(ゆうひつ)さん。」
「希少な字書きがあんたに憑いていたんだったわ。」
「まあねえ、剣を握る手と同じなもので。」
「これだよ、肉体言語。偶に筆も握ったらどうだい、端末叩いてばかりで勿体ない。
ラピスラズリのがずっと達筆だよ。」
「あらぁ、それは確かに負けていられませんねえ。やはり活字は強い。」
アザルシスで筆を使う者と言われれば
絵師や設計士、美容師等描く側の印象が一般的。
書く側となると話は別。小説家や記録係は滅多にいない。
世に出ている文字のほとんどは替えが容易な印刷物。
だからこそ肉筆の重みは際立ち、時が経つにつれそれは顕著となる。
そもそもアザルシスは、文化圏や語学力読解力に幅があり過ぎた。
その字の意味が伝わる者にしか伝わらない事は、最大の弱みでもあり強みでもあり
時に無知は死を意味するその有り様は、正しく呪いを体現していたのであった。
右筆というのは身分の高い者の秘書役であり、文章の代筆が主な職務の文官である。
時代が進むにつれて事務官僚としての任務を担うようにもなり
とある右筆はその才知から主の口代わりと言っても過言ではなく
それを誇りに思い健気に応えてきた。
だが逆に、口答えは許されなかった。愚直にならざるをえない環境。
口を縫い付けられた。痩せ細る身体。脚より腕のが太く筋肉質。
抜け落ちる毛も失くなってきた。爪は伸びなくなってきた。
やがて人と直接触れ合う事もなくなった。人恋しくなる想いも失われていた。
閉ざされた個室、扉の上の口に文書の投函し、下の口から食器の出し入れ。
開けられたのは火災が発生し鎮火してからである。
延焼こそしていないが、満遍なく広がった黒い煙を皆大なり小なり吸わされた。
右筆の安否を確認しに来たが
其処にいたのは激臭と黒い廃材に囲まれ、人の形を失った異形だけであった。
恐怖した人々は異形を銃殺したが、爆ぜて飛び散った体液が壁や床に字を遺した。
『私の価値が活字にあるとならば字として生きましょう』
異形の字は不意に壁や床に浮かび上がっては
見る者の文化圏や語学力読解力に添った字で見えて
その内容はひたすら闇深く、目を閉じても脳内にまで及び
止まない悪夢で精神を病ませ、死に至らせた。
これを呪いとみた一同は、スーパーセブンに解呪を依頼。
字をも殺すのかと周りに皮肉を言いつつ
スーパーセブンは字に向かって
『貴方の名と字が変えてくれた世界をお見せしよう』
そう説得すると、相手は多少なりとも気を許したのか身を委ねたのであった。
醜く腫れ上がる右腕、其処に右筆がいる。
ヒトの記憶を刻んできた、字を書く喜びだけは失いきれなかった健気な文官。
余談だがバイクで駆っていると右腕が疼くので
事故だけは起こしてもらいたくはないものだ。
上着を脱げば、疣のような異形腫れの左肩があらわになる。
呪いの痕だ。
「これはねえ、左官(さかん)さん達。」
「一時期一部地域で流行ったやつだね。」
「そうそう」
「…左官『達』?」
「ええ、一人で家は成り立ちませんもの。」
戦による縄張り争いで潤う商いも多い。
左官もその一つ。
建築物が崩落した際は建築士による再建築が妥当だが
半壊以下、言うなれば蘇生が可能な建築物を蘇生するのが彼等の役目。
仕事は塗りだけに留まらない。
穴を塞ぎ、ヒビを閉じて、色褪せた壁を塗り替え、強度と彩りを与える。
破壊を得意とする者が多いアザルシスにおいて
創造、修復、治療行為等『なおす』力は尊ぶべき重要な力である。
とある左官の男は自身の仕事に誇りを持つ。
依頼が来れば念入りに時間と金を掛けて塗り壁作業を施す。
時間をかけ過ぎて無精者と誤解を受けたり
金を掛け過ぎて詐欺を疑われたりもしたが
最後にはお互い笑って誤解を解き明かす。
毎回自身が納得がいくまで力の限りを尽くしていた。
それにしても何故こんなに壁の塗材を用意できるのか?
それは不足が無いよう、大量に手作りして作り置きしているからだと。
木っ端微塵で資材回収が捗らず苦戦する事もあるんだとか。
廃材利用と言われれば少々訳が違う。
その左官は人骨を砕き、カルシウム粉末にして、塗材の足しにしていたのだ。
それはアザルシスにおいてはよくある話ではあるし
むしろ賢い再利用法とまで言う者までいる始末。
ある日の事。
紛争もおさまり、平穏を取り戻してから早数年、傷んでも尚立ち続けていた
我が家を労うために雄姿を整えてやりたいのだと、とある富裕者が依頼してきた。
いつものように労力を尽くして仕上げた左官。
依頼主である富裕者もその出来映えに満足していたが
その出来映えを一番見せたかった家族がいない。
家事でもしていたのか?内職でもしていたのか?
そう思い直前まで捜して廻っていたがついに見つからなかった。
左官にも行方を尋ねた。
愚痴も吐かず倹約に励み家計を支えてくれた妻。
延命は望まず次世代に協力を惜しまない両親。
我儘も言わず幼くも賢い我が子達。
特徴を聞いて、悪怯れなく左官は答えた。砕いて塗材に混ぜましたよ、と。
平和な此処だと資材がどうしても不足してしまうから、必要だからやったのだと。
事を知った周囲から罵詈雑言を受けながら
激怒した依頼主から拘束された上で火を点けられ
左官は自分が修復した家の中で絶命した。
…かのように思われたが、後日その家が丸ごと異形と化していた。
無数の孔や触手が生えた肉塊のような異形。
唸りながら畝って、周囲の物を破壊しながら取り込み、膨らみ続ける。
これを呪いとみた富裕者は、スーパーセブンに解呪を依頼。
皆貴方に尽くした身だろうにと皮肉を言いつつ
スーパーセブンは肉塊に向かって
『もう仕事は終わったんだよ、皆お疲れ様。』
そう説得すると、相手は気を許したのか身を委ねたのであった。
大きく腫れ上がった左半身、すぐに左肩に収束したが其処に左官達がいる。
愚かで素直な左官と、死人と見分けがつかぬほど尽力した一家が。
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