蟹〜
此処は●百年後のアザルシス……
常闇に閉ざされ…
奈落が広がり…
異形と恐怖で満ち溢れ…
此処はもう、深淵が支配している。
ヒトは少ない。人間はもっと少ない。
絶滅危惧種認定されてから
『一望の塹壕』という、日常生活には困らないが
獣の檻と大差ない施設に保護という名の監禁をされている。
だがハーブウォーターだけは違った。
彼には知恵と仁義と希望があり
『一望の塹壕』管理者という立場が証明していた。
亜人種もいる中で抜擢された人間……
とは言っても、亜人種を隠れ蓑にする為
肌の色も顔も変えてしまったが。
整形は他の人間もやっている事だし常套手段だが
彼はよりにもよって食屍鬼シリーズの顔を使っている。
もう●百年前に絶滅した人食い種…
彼は彼等を愛して止まない。
肌を青くし、銀毛に変えて、コンタクトで黒白目を再現し
体の至る所に薔薇の入れ墨……
長身も相俟って厳つい外観だが
それでも周囲から慕われていたし、又彼も応えていた。
衣食住には困らない。
遥か向こう側にある『基地』からこまめに支給品が来るから。
まるで不便がない……なんとなく過ごす日々。
大量の鍵と認証コードをぶら下げて
今日も人を茶化しながら施設内の巡回をしていた。
いつもと変わらぬ陽気が返る。
ハーブウォーターに知らない顔と部屋は無い。
……はずだった。
『一望の塹壕』内部では
幾多ものパイプやケーブルが埋蔵されていて
あまり縁のない部屋は大概その制御室だろうと
そう思い込んで大概専門家に任せきりだった。
扉だって別室と同じデザイン…
なのに、ある一室の違和感に、気づいてしまったのだ。
匂ったわけでも煙が立ったわけでもないが
誘われるかのように……総当りで鍵を使用し、解錠を果たす。
開けた室内。
想定外なのは、部屋の広さだけでなく
知ってはいるが配置の報せのない物があった事。
通称『母胎』と呼ばれる其れは
女性を想わせるフォルムをした兵器の一種であり
生物種を内蔵し保管をするのが主な役目である。
人間の種を宿すつもりか?と一瞬勘繰ったが
だがその予定ならば此方に一報無いのは妙だ。
そう、そんな妙な状況下であるのに
ハーブウォーターは『母胎』にある鍵穴に釘付けになっていた。
実は大量にある鍵の中には、鍵かどうかも疑わしい鍵があり
鍵穴とその鍵が一致しそうだと、直感が訴える。
強いて言えば原動力は好奇心の他なかった。
作動させてしまったり破損したりだなんて考えもせず
ハーブウォーターは無意識で鍵を挿す。
凄まじい力が生じたのが手に伝わり、思わず手を離すが
鍵は独りでに回りながら吸い込まれた。
異様な事態を前にようやく理性を取り戻してから
もうどうしようもない焦燥感に駆られた。
これは『母胎』が起動した合図。
既に内蔵されていた『何か』の種が
内部で合わさり、排出される···!
停め方は知らない。破壊行為の正否も知らない。
見守るしかなかった彼が目の当たりにしたのは···
青い肌、銀色の髪と尾、異形の翼が背から生えてはいたが
薄っすら開けた目蓋から見えたのは黒白目で
その外観はほぼ間違いなく
あの絶滅した、あの憧れの人食い種族の、『食屍鬼』···!
ハーブウォーターは生まれたての食屍鬼に釘付けになる。
生まれたてとは言っても長身であるが
培養槽の中で身を丸めているその様は胎児の様。
そして次に決意した。
彼を護ろう···何があっても、自分は彼の味方になろう、と。
常闇に閉ざされ…
奈落が広がり…
異形と恐怖で満ち溢れ…
此処はもう、深淵が支配している。
ヒトは少ない。人間はもっと少ない。
絶滅危惧種認定されてから
『一望の塹壕』という、日常生活には困らないが
獣の檻と大差ない施設に保護という名の監禁をされている。
だがハーブウォーターだけは違った。
彼には知恵と仁義と希望があり
『一望の塹壕』管理者という立場が証明していた。
亜人種もいる中で抜擢された人間……
とは言っても、亜人種を隠れ蓑にする為
肌の色も顔も変えてしまったが。
整形は他の人間もやっている事だし常套手段だが
彼はよりにもよって食屍鬼シリーズの顔を使っている。
もう●百年前に絶滅した人食い種…
彼は彼等を愛して止まない。
肌を青くし、銀毛に変えて、コンタクトで黒白目を再現し
体の至る所に薔薇の入れ墨……
長身も相俟って厳つい外観だが
それでも周囲から慕われていたし、又彼も応えていた。
衣食住には困らない。
遥か向こう側にある『基地』からこまめに支給品が来るから。
まるで不便がない……なんとなく過ごす日々。
大量の鍵と認証コードをぶら下げて
今日も人を茶化しながら施設内の巡回をしていた。
いつもと変わらぬ陽気が返る。
ハーブウォーターに知らない顔と部屋は無い。
……はずだった。
『一望の塹壕』内部では
幾多ものパイプやケーブルが埋蔵されていて
あまり縁のない部屋は大概その制御室だろうと
そう思い込んで大概専門家に任せきりだった。
扉だって別室と同じデザイン…
なのに、ある一室の違和感に、気づいてしまったのだ。
匂ったわけでも煙が立ったわけでもないが
誘われるかのように……総当りで鍵を使用し、解錠を果たす。
開けた室内。
想定外なのは、部屋の広さだけでなく
知ってはいるが配置の報せのない物があった事。
通称『母胎』と呼ばれる其れは
女性を想わせるフォルムをした兵器の一種であり
生物種を内蔵し保管をするのが主な役目である。
人間の種を宿すつもりか?と一瞬勘繰ったが
だがその予定ならば此方に一報無いのは妙だ。
そう、そんな妙な状況下であるのに
ハーブウォーターは『母胎』にある鍵穴に釘付けになっていた。
実は大量にある鍵の中には、鍵かどうかも疑わしい鍵があり
鍵穴とその鍵が一致しそうだと、直感が訴える。
強いて言えば原動力は好奇心の他なかった。
作動させてしまったり破損したりだなんて考えもせず
ハーブウォーターは無意識で鍵を挿す。
凄まじい力が生じたのが手に伝わり、思わず手を離すが
鍵は独りでに回りながら吸い込まれた。
異様な事態を前にようやく理性を取り戻してから
もうどうしようもない焦燥感に駆られた。
これは『母胎』が起動した合図。
既に内蔵されていた『何か』の種が
内部で合わさり、排出される···!
停め方は知らない。破壊行為の正否も知らない。
見守るしかなかった彼が目の当たりにしたのは···
青い肌、銀色の髪と尾、異形の翼が背から生えてはいたが
薄っすら開けた目蓋から見えたのは黒白目で
その外観はほぼ間違いなく
あの絶滅した、あの憧れの人食い種族の、『食屍鬼』···!
ハーブウォーターは生まれたての食屍鬼に釘付けになる。
生まれたてとは言っても長身であるが
培養槽の中で身を丸めているその様は胎児の様。
そして次に決意した。
彼を護ろう···何があっても、自分は彼の味方になろう、と。
PR
オーダーメイドの衣服を与えた。
尾や翼だけでなく腕まで3本目と
合う服が無いのを良い事に、『趣味』を被せて。
食糧については元から余裕があるし
体格の割に食べないので問題は···
···いや、『肝心な物』が無かった。
それを知るのは『一望の塹壕』内でも
マニアである自分しか知らない。
だから先住民等もハーブウォーターに似た亜人が
突然生まれ出てきた、という認識がほとんどで
食屍鬼だと思っても特性を詳細に知る者はおらず
彼の人懐こい性格も相俟って温かく迎え入れてくれた。
食屍鬼だから保護したのに
食屍鬼でなければ『肝心な物』は必要ないのに
といった矛盾で苦悩しつつ
今日も寝て起き飲食し働き遊び一日過ごした彼を見て
ハーブウォーターは安堵する。
父親目線で世話をする日々。
悪戯される事もあるが、可愛いものである。
彼を『グランディディエライト』と名付けた。
長いので専らディディの愛称で呼ばれるが
本人はこの特別な石の名をとても気に入ってくれた。
このまま平穏無事に過ごせれば良いのに···
そう願っていたが、現実は許してくれない。
徐々にだがディディの体が明らかに縮んでいたのだ。
食欲は変わらないのに、服の余りが増す。
力も衰えてきた。
容易にあらゆる重量を上げたり破いていたのが
筋肉質な成人男性にやや勝る程度に。
本人含めた皆がこの変化に対し首を傾げる中
ハーブウォーターだけは焦燥感を隠すのに必死であった。
ディディもヒトが好きだしヒトから好かれいる。
事実を明かしたら拒絶反応を示すのは目に見えていた。
だから必死に黙っていた。申し訳無いと思いつつも······
そんなハーブウォーターの口を
こじ開けさせる大事件が起こる。
『一望の塹壕』を明らかに意識した視線があるという
不吉な一報から始まり
その威圧感の規模から皆恐怖に怯え狂いながらも
正体を察していた。
深淵の広がる外、遥か底から
巨大であること以外名状しがたい異形が
『一望の塹壕』に注目している···
過去にいた、人間社会に紛れ込む余地を与えられた
社交的でひ弱な個体ではなく
圧倒的な存在感は天災に近い事象を齎すような
人類では到底敵わぬ、原種の異形···!
気紛れに触れられただけで施設は容易に墜ちるだろう。
だから祈りながら怯えてやり過ごすしかなかった。
今までは運が良かったため其れで済んだが
今回は施設の照明で照り返された大きな眼球が
既に見える位置まで来てしまっているらしい。
全滅を覚悟したハーブウォーターは
ディディに真実を告げようと覚悟を決めたが
ディディもまた別の覚悟を決め、告白を一先ず預け···
皆の静止を振り払い、外に飛び出したディディは
剣を抜いて勇ましく異形に対峙した。
剣と言っても金物加工職人が作った
金属製の剣のような形をした物に過ぎず
切れ味も殺傷力も特別な効能等もなく
本能的に構えているだけだが
彼の気迫は明らかに異形に伝わっていた。
いや、恐怖すら与えていたのかもしれない。
夥しい数の触手や唸り声が
ディディを拒んでいるように見える。
防戦一方で余裕もないのに······
誰もがそう思っていたが
しかしディディは抵抗を止めない。
やがて皆が静止を声援に替え始めると
それに応える様に手を掲げ···
自身の内なる力を解放した。
そう形容せざるを得なかった。
ディディ含めた全員に未知の現象である。
敢えて名称するなら『奇跡』や『魔術』だろうか?
全容が判らぬほど大きく、歪な異形が瞬く間に消えたのだ。
飛び立ったとか沈んだとか、ましてや爆ぜたり溶けたり等の動作もない。
気配丸ごと存在が消えた。
ディディが、消したのだ。
数分間確認のため飛行をした後、『一望の塹壕』に帰還。
脅威を消した驚異を皆歓迎し、感謝した。
理想を叶えてくれたディディ···
倒れそうな寸前の所で受け止め、抱き締め
ハーブウォーターは真実を伝える事を決意した。
人間の存続のため?
いや、彼の父親として生き長らえてほしかったからだ。
尾や翼だけでなく腕まで3本目と
合う服が無いのを良い事に、『趣味』を被せて。
食糧については元から余裕があるし
体格の割に食べないので問題は···
···いや、『肝心な物』が無かった。
それを知るのは『一望の塹壕』内でも
マニアである自分しか知らない。
だから先住民等もハーブウォーターに似た亜人が
突然生まれ出てきた、という認識がほとんどで
食屍鬼だと思っても特性を詳細に知る者はおらず
彼の人懐こい性格も相俟って温かく迎え入れてくれた。
食屍鬼だから保護したのに
食屍鬼でなければ『肝心な物』は必要ないのに
といった矛盾で苦悩しつつ
今日も寝て起き飲食し働き遊び一日過ごした彼を見て
ハーブウォーターは安堵する。
父親目線で世話をする日々。
悪戯される事もあるが、可愛いものである。
彼を『グランディディエライト』と名付けた。
長いので専らディディの愛称で呼ばれるが
本人はこの特別な石の名をとても気に入ってくれた。
このまま平穏無事に過ごせれば良いのに···
そう願っていたが、現実は許してくれない。
徐々にだがディディの体が明らかに縮んでいたのだ。
食欲は変わらないのに、服の余りが増す。
力も衰えてきた。
容易にあらゆる重量を上げたり破いていたのが
筋肉質な成人男性にやや勝る程度に。
本人含めた皆がこの変化に対し首を傾げる中
ハーブウォーターだけは焦燥感を隠すのに必死であった。
ディディもヒトが好きだしヒトから好かれいる。
事実を明かしたら拒絶反応を示すのは目に見えていた。
だから必死に黙っていた。申し訳無いと思いつつも······
そんなハーブウォーターの口を
こじ開けさせる大事件が起こる。
『一望の塹壕』を明らかに意識した視線があるという
不吉な一報から始まり
その威圧感の規模から皆恐怖に怯え狂いながらも
正体を察していた。
深淵の広がる外、遥か底から
巨大であること以外名状しがたい異形が
『一望の塹壕』に注目している···
過去にいた、人間社会に紛れ込む余地を与えられた
社交的でひ弱な個体ではなく
圧倒的な存在感は天災に近い事象を齎すような
人類では到底敵わぬ、原種の異形···!
気紛れに触れられただけで施設は容易に墜ちるだろう。
だから祈りながら怯えてやり過ごすしかなかった。
今までは運が良かったため其れで済んだが
今回は施設の照明で照り返された大きな眼球が
既に見える位置まで来てしまっているらしい。
全滅を覚悟したハーブウォーターは
ディディに真実を告げようと覚悟を決めたが
ディディもまた別の覚悟を決め、告白を一先ず預け···
皆の静止を振り払い、外に飛び出したディディは
剣を抜いて勇ましく異形に対峙した。
剣と言っても金物加工職人が作った
金属製の剣のような形をした物に過ぎず
切れ味も殺傷力も特別な効能等もなく
本能的に構えているだけだが
彼の気迫は明らかに異形に伝わっていた。
いや、恐怖すら与えていたのかもしれない。
夥しい数の触手や唸り声が
ディディを拒んでいるように見える。
防戦一方で余裕もないのに······
誰もがそう思っていたが
しかしディディは抵抗を止めない。
やがて皆が静止を声援に替え始めると
それに応える様に手を掲げ···
自身の内なる力を解放した。
そう形容せざるを得なかった。
ディディ含めた全員に未知の現象である。
敢えて名称するなら『奇跡』や『魔術』だろうか?
全容が判らぬほど大きく、歪な異形が瞬く間に消えたのだ。
飛び立ったとか沈んだとか、ましてや爆ぜたり溶けたり等の動作もない。
気配丸ごと存在が消えた。
ディディが、消したのだ。
数分間確認のため飛行をした後、『一望の塹壕』に帰還。
脅威を消した驚異を皆歓迎し、感謝した。
理想を叶えてくれたディディ···
倒れそうな寸前の所で受け止め、抱き締め
ハーブウォーターは真実を伝える事を決意した。
人間の存続のため?
いや、彼の父親として生き長らえてほしかったからだ。
ディディはそもそも視えてる世界が違った。
『数値』が複数視えていて
相手、時間、場所によって微妙或いは大幅に異なる。
とある『数値』を書き換えたら異形は消えてしまった···
超常現象のようだが、心当たりはある。
『数値』を一定法則に基づいて変化させ
空間や時間を意のままに操る術者が複数人存在したのを
ハーブウォーターは食屍鬼のみならず過去について知っていた。
ディディにも同様の術の才能がある可能性と
『食屍鬼ならば生きる為に肝心な物=人肉食』
『原理不明だが必須要素であるのは確かで、無いと衰弱死に至る』
事実を告げる···
大いに動揺しるディディ。
人間は『一望の塹壕』にしかいない。
身内は『一望の塹壕』にしかいない。
「食べれるわけがない、それで生きてても寂しい。」
彼にとって『一望の塹壕』が全てである。
嘗ての人類もこうして彼等食屍鬼を
苦悩させ、使い潰し、滅ぼしてしまったのだろう。
だが今度は、今度こそはそうはいかない。
「『数値』について数列や変動に規則があるなら
ディディを救う為の『数値』も存在するかもしれない。」
気休めに伝えただけではない。
そんな都合が良い事、ハッタリにさえ聞こえるが
根拠を言えば『嘗ての賢将達が無策無念のまま絶えるはずがない』
『一望の塹壕をよく見ると不規則に見えて規則性がある数字がある』
せいぜいこの二点か。
ここまで追い詰めてしまった事に負い目を感じつつ
ハーブウォーターは勘付いたあの日から
施設内にディディを助けるモノは何かないかと
あるかも判らぬ手掛かりを必死に探し続け
そして彼を生み出した『母胎』にそのヒントを見つけた。
空になった培養槽、内部から天井をよく見たら
何やら暗号らしき文字列があったが
『時を駆けろ、今を救うなら過去から救われろ
塹壕に散らした○○を当てはめよ』と解読できた。
『時を駆けろ』とは、ディディは実は時を操る異能力者で
先程の異形を何処かに消したように
都合の良い場所···もとい時代、『過去』に移れるのでは?
『○○』は施設内の部屋数と同様で
意味不明なようで意味深であった各部屋の部屋番号を参照して
『数値』に書き換えたら、もしかしたら『過去』に移れるのでは?
···一縷の望みとはいえ、陳腐な提案だが
真剣に語るハーブウォーターをディディは真摯に受け入れる。
この世で最も信頼している人だ、命を預けるに相応しい。
遥か向こう側『基地』にいる者達は
人間の衣食住は補償しても食屍鬼にはしない。
初めてではない異形の襲来に未だに対策がないあたり
人間も衣食住以外の補償があるのか、疑問さえ芽生える。
なので此処に遺された物に賭ける価値は大いにあった。
もしも読みが成功したとして···
のこす言葉にディディは二択を迫られていたが
ハーブウォーターの目を見て決意した。
「いってきます。」
その一言に帰る意志を含ませたディディは
瞬く間に姿を消した。
『過去』というのが彼の助けとなる世代かは判らないが
少なくとも今より人肉にありつける環境は確かだろう。
···ハーブウォーターは一つ、ディディの前で堪えていた事がある。
『食屍鬼は泣かない』正しくは涙を流せない体質なだけで
(個体にもよるが)非情なわけではなく寧ろ情深く
非常事態な時程奮い立たせる存在なのだと言い聞かせてきた。
なので食屍鬼のふりをしてきた手前···
父親であり皆のリーダーという立場も相俟って堪えてきたが
今は大事なものを手放した一人の人間の男として
顔を覆う手を濡らすのであった···
『数値』が複数視えていて
相手、時間、場所によって微妙或いは大幅に異なる。
とある『数値』を書き換えたら異形は消えてしまった···
超常現象のようだが、心当たりはある。
『数値』を一定法則に基づいて変化させ
空間や時間を意のままに操る術者が複数人存在したのを
ハーブウォーターは食屍鬼のみならず過去について知っていた。
ディディにも同様の術の才能がある可能性と
『食屍鬼ならば生きる為に肝心な物=人肉食』
『原理不明だが必須要素であるのは確かで、無いと衰弱死に至る』
事実を告げる···
大いに動揺しるディディ。
人間は『一望の塹壕』にしかいない。
身内は『一望の塹壕』にしかいない。
「食べれるわけがない、それで生きてても寂しい。」
彼にとって『一望の塹壕』が全てである。
嘗ての人類もこうして彼等食屍鬼を
苦悩させ、使い潰し、滅ぼしてしまったのだろう。
だが今度は、今度こそはそうはいかない。
「『数値』について数列や変動に規則があるなら
ディディを救う為の『数値』も存在するかもしれない。」
気休めに伝えただけではない。
そんな都合が良い事、ハッタリにさえ聞こえるが
根拠を言えば『嘗ての賢将達が無策無念のまま絶えるはずがない』
『一望の塹壕をよく見ると不規則に見えて規則性がある数字がある』
せいぜいこの二点か。
ここまで追い詰めてしまった事に負い目を感じつつ
ハーブウォーターは勘付いたあの日から
施設内にディディを助けるモノは何かないかと
あるかも判らぬ手掛かりを必死に探し続け
そして彼を生み出した『母胎』にそのヒントを見つけた。
空になった培養槽、内部から天井をよく見たら
何やら暗号らしき文字列があったが
『時を駆けろ、今を救うなら過去から救われろ
塹壕に散らした○○を当てはめよ』と解読できた。
『時を駆けろ』とは、ディディは実は時を操る異能力者で
先程の異形を何処かに消したように
都合の良い場所···もとい時代、『過去』に移れるのでは?
『○○』は施設内の部屋数と同様で
意味不明なようで意味深であった各部屋の部屋番号を参照して
『数値』に書き換えたら、もしかしたら『過去』に移れるのでは?
···一縷の望みとはいえ、陳腐な提案だが
真剣に語るハーブウォーターをディディは真摯に受け入れる。
この世で最も信頼している人だ、命を預けるに相応しい。
遥か向こう側『基地』にいる者達は
人間の衣食住は補償しても食屍鬼にはしない。
初めてではない異形の襲来に未だに対策がないあたり
人間も衣食住以外の補償があるのか、疑問さえ芽生える。
なので此処に遺された物に賭ける価値は大いにあった。
もしも読みが成功したとして···
のこす言葉にディディは二択を迫られていたが
ハーブウォーターの目を見て決意した。
「いってきます。」
その一言に帰る意志を含ませたディディは
瞬く間に姿を消した。
『過去』というのが彼の助けとなる世代かは判らないが
少なくとも今より人肉にありつける環境は確かだろう。
···ハーブウォーターは一つ、ディディの前で堪えていた事がある。
『食屍鬼は泣かない』正しくは涙を流せない体質なだけで
(個体にもよるが)非情なわけではなく寧ろ情深く
非常事態な時程奮い立たせる存在なのだと言い聞かせてきた。
なので食屍鬼のふりをしてきた手前···
父親であり皆のリーダーという立場も相俟って堪えてきたが
今は大事なものを手放した一人の人間の男として
顔を覆う手を濡らすのであった···
真っ白、窮屈、冷たい。
頭と体をそれ等で支配されたディディ。
此処は何処なのか、『過去』なのかも判らない。
やがて世界は真っ黒になった。
報告を受け現場に向かった。
亀裂が生じた氷河の谷に異物が見えたような気がする
との事で、異物を対処できる者が他にいないのも相俟って
向かう以外に選択肢はなかった。
氷河の隙間を掻き分けると丸まった青黒い塊が見え
素手で周囲の氷を割って砕いてくり抜いて、塊を回収···
それは判断と処置に非常に悩まされるものであった。
「···だから私を呼んだのですね?」
静かにだが含みのある問い質しで締めて伺うのは
カルメルタザイトことザイト。
彼の情報を読み取る異能と、フットワークの軽さは
界隈でも広く知れ渡っており、重宝されている。
シリシャスシストも縁を使って彼を当てにした。
「こいつがいると説明の手間が省ける。」
正直すぎる彼に対し当人は微笑んで流すが
「同様に求められ多忙な身の後輩に敬意をだな···」
と苦言を漏らすのは元『此処』の管理者であり現司書長の
フォスフォフィライトことフォスである。
食屍鬼が揃って見詰めていたのは、例の青黒い塊。
外観特徴からして同胞のようだが
食屍鬼シリーズにはいそうでいない異形だった。
異能で正体を探るザイト···
格下相手なら詳細に内部情報を読めるのだが
「解答に悩んでいるというより返答に悩んでいるな?
そいつからは俺にも異様な『数値』が視えている···」
そう口を挟むフォスに対し静かに頷く。
「先ずは言葉にして整理してみるんだ。」
「何も満点取れってんじゃねーんだからよ。」
···ザイトの読みによるとこうだ。
『遺伝子的にも食屍鬼の特徴があるだけでなく
シリーズの遺伝子情報もある』
『それも大量どころでなく、全個体分』
『全とはいってもナンバリング1から64までで0は無い』
『製造に携わったのは博士等ではなく機械による完全な自動操作』
『03006066を自称しグランディディエライトと名付けられた』
『最大の特徴は彼が別時空の存在であること』
『時を翔ける異能力者』
···解凍した青黒い塊ことグランディディエライトにも
話の流れで同様に伝えた。
物腰の柔らかい口調のお陰か
突飛な内容の会話だが、お互い落ち着いた様子で聞き入れる···
『別の未来』と『別の過去』の者達で
自己紹介するよりも自己を詳細に紹介される不思議な一場面。
いつの間にか席を外していたシリシャスシストが
戻ってくると同時に、雑に切り分け焼いた肉塊を振る舞う。
微かにだが独特な刺激臭を放つ···
「喰いな。働き者は喰うべきだぜ。」
言うなり、力任せに引きちぎって口いっぱいに頬張る。
ザイトも後に続くが、小さくちぎり小口で喰む。
「これは命を繋ぐ行為だ、命を頂き、生きる手助けをする。
罪悪感はあっても良いが、次にどうするか考える事のが大事だ。
俺達世代は人肉だけでなく知恵や業もお前に授けられる。
それと、帰る手段もな。」
同じく『数値』が視えるフォスからの
あまりにも頼もしい助言に、躊躇う事を忘れたディディは饗しを受け入れた。
初めての人肉食···硬いが噛みちぎれなくはない。オトナの味。
『何か』が気道や食道に入って、全身に溶け込むのを感じた。
力が湧く。生まれた時以上の力を得た気がする···
後日、ザイトとフォスの手により『数値』を逆算し
『ディディの生まれた時空の数値』が導き出された。
異能による力業···より正確に計算できる者もいるにはいるが···
「レンタル料がキツいからお前等を呼んだんじゃねーか!」
シリシャスシストが一蹴。
彼の言い分にも一理ある、別の未来より近い未来のため···
アザルシス屈指の頭脳を数時間拘束するだけで
この施設は一気に経営難になってしまう。
「十分、とっても助けてもらったよ、ありがとう。
人間は好きだし食屍鬼も好き。
僕の生まれた時空で、皆再起出来るように頑張るね。」
力強い目標を述べながら各自に謝礼と抱擁を交わして
ディディは再び時を翔けた。
「で、実際あいつの正体はどうなんだ?」
「此方の定義で言えば合成生物にあたり食屍鬼と言い難いです。
ですが『別の未来』の定義では必ずしもそうと限りません。
何より皆の意志を継いで生まれ、歓迎された存在なのだから
少なくともあちらでくらい食屍鬼と名乗って良いと思います。」
「俺達の本質がディディにあるのだろうな。
命の共依存···人間が少ないうちはまた此処を宛にしてくれれば良い。
『過去』は変えれないが未来は幾つも作れる。」
「じゃあそれで資料作っといてくれ。」
「シリシャスシスト···苦手な作業だからといって丸投げは···」
「ふふふ、扱いに困らせたのは私も同じです。お手伝いしますよ。」
頭と体をそれ等で支配されたディディ。
此処は何処なのか、『過去』なのかも判らない。
やがて世界は真っ黒になった。
報告を受け現場に向かった。
亀裂が生じた氷河の谷に異物が見えたような気がする
との事で、異物を対処できる者が他にいないのも相俟って
向かう以外に選択肢はなかった。
氷河の隙間を掻き分けると丸まった青黒い塊が見え
素手で周囲の氷を割って砕いてくり抜いて、塊を回収···
それは判断と処置に非常に悩まされるものであった。
「···だから私を呼んだのですね?」
静かにだが含みのある問い質しで締めて伺うのは
カルメルタザイトことザイト。
彼の情報を読み取る異能と、フットワークの軽さは
界隈でも広く知れ渡っており、重宝されている。
シリシャスシストも縁を使って彼を当てにした。
「こいつがいると説明の手間が省ける。」
正直すぎる彼に対し当人は微笑んで流すが
「同様に求められ多忙な身の後輩に敬意をだな···」
と苦言を漏らすのは元『此処』の管理者であり現司書長の
フォスフォフィライトことフォスである。
食屍鬼が揃って見詰めていたのは、例の青黒い塊。
外観特徴からして同胞のようだが
食屍鬼シリーズにはいそうでいない異形だった。
異能で正体を探るザイト···
格下相手なら詳細に内部情報を読めるのだが
「解答に悩んでいるというより返答に悩んでいるな?
そいつからは俺にも異様な『数値』が視えている···」
そう口を挟むフォスに対し静かに頷く。
「先ずは言葉にして整理してみるんだ。」
「何も満点取れってんじゃねーんだからよ。」
···ザイトの読みによるとこうだ。
『遺伝子的にも食屍鬼の特徴があるだけでなく
シリーズの遺伝子情報もある』
『それも大量どころでなく、全個体分』
『全とはいってもナンバリング1から64までで0は無い』
『製造に携わったのは博士等ではなく機械による完全な自動操作』
『03006066を自称しグランディディエライトと名付けられた』
『最大の特徴は彼が別時空の存在であること』
『時を翔ける異能力者』
···解凍した青黒い塊ことグランディディエライトにも
話の流れで同様に伝えた。
物腰の柔らかい口調のお陰か
突飛な内容の会話だが、お互い落ち着いた様子で聞き入れる···
『別の未来』と『別の過去』の者達で
自己紹介するよりも自己を詳細に紹介される不思議な一場面。
いつの間にか席を外していたシリシャスシストが
戻ってくると同時に、雑に切り分け焼いた肉塊を振る舞う。
微かにだが独特な刺激臭を放つ···
「喰いな。働き者は喰うべきだぜ。」
言うなり、力任せに引きちぎって口いっぱいに頬張る。
ザイトも後に続くが、小さくちぎり小口で喰む。
「これは命を繋ぐ行為だ、命を頂き、生きる手助けをする。
罪悪感はあっても良いが、次にどうするか考える事のが大事だ。
俺達世代は人肉だけでなく知恵や業もお前に授けられる。
それと、帰る手段もな。」
同じく『数値』が視えるフォスからの
あまりにも頼もしい助言に、躊躇う事を忘れたディディは饗しを受け入れた。
初めての人肉食···硬いが噛みちぎれなくはない。オトナの味。
『何か』が気道や食道に入って、全身に溶け込むのを感じた。
力が湧く。生まれた時以上の力を得た気がする···
後日、ザイトとフォスの手により『数値』を逆算し
『ディディの生まれた時空の数値』が導き出された。
異能による力業···より正確に計算できる者もいるにはいるが···
「レンタル料がキツいからお前等を呼んだんじゃねーか!」
シリシャスシストが一蹴。
彼の言い分にも一理ある、別の未来より近い未来のため···
アザルシス屈指の頭脳を数時間拘束するだけで
この施設は一気に経営難になってしまう。
「十分、とっても助けてもらったよ、ありがとう。
人間は好きだし食屍鬼も好き。
僕の生まれた時空で、皆再起出来るように頑張るね。」
力強い目標を述べながら各自に謝礼と抱擁を交わして
ディディは再び時を翔けた。
「で、実際あいつの正体はどうなんだ?」
「此方の定義で言えば合成生物にあたり食屍鬼と言い難いです。
ですが『別の未来』の定義では必ずしもそうと限りません。
何より皆の意志を継いで生まれ、歓迎された存在なのだから
少なくともあちらでくらい食屍鬼と名乗って良いと思います。」
「俺達の本質がディディにあるのだろうな。
命の共依存···人間が少ないうちはまた此処を宛にしてくれれば良い。
『過去』は変えれないが未来は幾つも作れる。」
「じゃあそれで資料作っといてくれ。」
「シリシャスシスト···苦手な作業だからといって丸投げは···」
「ふふふ、扱いに困らせたのは私も同じです。お手伝いしますよ。」
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