蟹〜
「あの人、組の中でも大人気で、彼氏がいるって噂だけど誰かはまだ判らないんだ。
組長の愛娘だから公にはしにくいんだろうねえ。フォシデはどう?」
あ?興味ねえな、彫師としては腕が立つようだが。
気に入ったらそりゃヒトの女でも『奪う』かもしれねえが、美人だが好みじゃねえし。
それに乳がでかすぎてバイクに乗せれねえよ。
それじゃあそろそろ出発するぞ。
しっかり捕まってろよ、今晩は雨雲から逃げるような旅路になる。
臭くなりたくなかったらお前も加速の手立てしてくれよな。
プルペラ鉄工場。多分深夜。
作業員が優秀なのを良い事に肥溜めみたいな環境で働かせている最悪の工場だ。
無休の重労働、ノルマはバカ高く給料はアホみたいに低い、頭がイカれて狂った性癖に目醒める奴が出る始末。
食屍鬼である俺は更に過酷な作業環境に置かれていた。
二徹三徹どころじゃねえ、週徹だ。
工場長兼社長のマクロンハーツは稼ぎは巧いらしいが、金とヒト使いが粗過ぎる。
飯を食ってるだけでサボり扱いするのはどうなんだ?
トイレ休憩がなかったら油カスとクソの区別がつかなくなるぞ?
なんで俺はこんな奴に従っていたんだったかな···
あ、駄目だ頭が回らねえ······
……何か遠方から聴こえた気がしたが無視した。
部品をセットしてプログラム起動して製作開始、開始……始まらねえ。
エラー表示も出来ないくらいロボットが過労とか世話ねえな…
まあイカれる箇所は大体解っているから構わんが。
タッパと腕力と異能がある俺だからこそ、深く潜り込んで直せるわけで…
ああだが、なんでこいつは俺から手当てしてもらってんのに俺に手当は出ないんだ…
足先に何か引っ掛かった?いや、誰か裾を掴んでいやがるな?
邪魔くさ…マジで邪魔くさい。なんで離さねえんだ?
しつこ過ぎる、パンツが脱げる、気になって仕方ねえ…!
堪らず電盤から頭を離して何処の馬鹿が手を出してんのか
その面拝んでやろうとしたが、妙にもつれて立つ事叶わず尻餅を着かされる。
···馬鹿の正体は職場の中でも俺の次にガタイの良く
頭は悪い方から数えた方が早い野郎ユジャウだという事だけは判った。
判らないのは理由だけ、俺はキレ気味なのを抑えきれずキレながら問い質す。
「ふぉ、フォシデさ。
お…お前、人を殺った濡れ衣被るのと、オレと口裏合わせんのどっちがいい?」
頭の狂った2択を突きつけてきたが、口裏を合わせるとはどういう事なんだ?
「実はよお、ついさっき其処で飛び降り自殺した奴がいんだよ。
多分オレのうっかり発言が原因だと思うんだが
このままオレが逃げたら次は間違いなくあんたが疑われる。
だからアリバイ作りのために抱き合って愛し合うってのはどうだあ?
オレ実はあんたの後ろ姿見ていつもむらむらしてい…」
思わず、工具を持つその手で頭をかち割っちまった。
人の頭って思ったより脆いんだな。中身は電子回路よりシンプルなのに。
下の毛が見えるくらいまでずり降ろされたパンツを戻しつつ…俺は決意した。
まずこの馬鹿の財布と端末を奪う。端金でも多少の足しにはなる。
工具器具備品は高い物から順に奪う。高級品は高耐久軽量と高性能が相場だ。
ロッカールームで私物を回収して他人の物も奪う。
誰か薬物の取引でもしていたか?纏まった現金もあって助かる。
燃料庫から一斗缶を放り出す。全部、球でも投げるかの様に。
鼻を刺すような化学薬品の臭いを間に挟み、臭い油塗れになる一帯。
此処に先程ついでに盗ったライターを点火し放り投げる。
此処は工場の低層フロア…人が居たら人が炙り出されるか焼け死ぬ。
マクロンハーツは最上層で金庫と共にいたはずだがもう知らん。
主だろうが上役だろうがもう俺は人には従わんし助けなんてしない。
金庫を開けに行ってもよかったが逃げ遅れたくもないし
最後まで未踏のエリアでセキュリティも判ったもんじゃない。
なのでそのまま最寄りの窓から飛び降りる。…楽に着地出来た。
以前、無茶な外壁修繕をやらされて屋上から落下したが
無事だったのはまぐれじゃなかったんだな。
…此処に着地したのは駐輪場に近いという理由だったが
どうやら先客が此処にいたようだ。
ユジャウ程じゃ無いが、頭が割れて歪んで首の曲がった女が倒れている。
若作りのババアのくせに色目を使って擦り寄る気持ち悪いババアだったな。
直前のやり取りを考えたくもない。触れたくもないから何も奪わずに離れた。
さて、車両選びだが大体目星は付けている。
人の乗る車は窮屈で嫌だからバイク一択、中でも一番でかい物を探す。
…あれで良いか。少し古臭いがこの場を離れる脚になれば十分。
奪った大量の鍵の中に正解はあるとみて総当りで挿す。挿さった。
蹴って一発でエンジンが掛かった。上物じゃないか。
即座に駆けた。アクセル全開、車線なんて気にしていられん。
うるさいエンジン音も、後ろで焼け爆ぜる音で掻き消されて都合が良い。
工場から警報が鳴らないのは好都合だが
マクロンハーツの野郎がせこい手抜きをしていたのが伺える。
………当面は俺を追うものを払い退ける生活が続くだろう。
同じ場に留まって働くのももう馬鹿らしいから必要なものは奪って食い繋ぐ旅をする。
俺はもう、自由だ…!!
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