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しがみついて離さない···
寂しくて仕方なかったらしい。

「悪いな、遅くなってしまった。」
「もう一人暮らしできないかも···」

『一区切りついたら結婚を前提に付き合ってくれないか』
と喉まで出かけたか飲んだ。
チカが主の現状だと当人のプライドも相俟って
イチゴの資産を換算して生活してくれない。
夫婦として対等な立場になれば財産分与できる。
この狭くて古い安アパートにも愛着はあるが
彼女には良質な衣食住を与えたい。

「···だがお陰様で実入りが多かったぞ。」
「ご飯食べながら教えてっ」
「朝飯も食ってなかったのか···判った。」

アザルシスの飲食は基本的に面白みが無い。
サプリメントの塊のような物をそのまま喰うか蒸かす程度で
栄養価に添った五味は付いてはいるが、旨味は無い。
居酒屋の酒肴等は、異次元から輸入できる異形の業の賜物である。

団子状にした物を齧りながら、イチゴの膝の上で話を聞きながら
チカは何やら熱心に計算や入出力をしていた。

「あまり見ない端末を使ってるな?」
「危ない所をアクセスする時はこれを使ってるんだ。
此方の身元バレや、ウイルス感染予防は勿論
異能による妨害行為も阻めるようにしているんだよ。」
「随分高性能にカスタマイズしたな···」
「あのPWBCのお墨付きのソフトさ、僕の中で一番高い買い物したよ。
······よし、解けたみたいだ!」

アクセスに必要な暗号の解析を果たした。
幾度となく挑んではいたが、あと一歩が至らず
しかし各方面から集めた情報からの関連付けでどうにかなった。
関心して無意識に頭を撫でると、デレデレに喜ぶチカ。
そんな事をしながら長い読み込みを経て、ようやく明かされたのは
玫瑰の詳細であった。

『本名は司馬曜。『魃の蹄』出身のアジア系の人間』
『富裕層の生まれだが11歳の時に盗賊団の襲撃にあい帰る所と家族を失う』
『盗賊団にそのまま拐われ、雑用係をしていた』
『13歳の時に、盗賊団は食屍鬼デザートローズの手により壊滅された。
頭領と共に新たに結成されたマフィア『貪』の一員に加わる』
『捕虜として助けられた身だが、自ら志願して加わった。
幼いながらも起用されたのは、熱意と整った容姿からだと思われる』
『15歳時の強盗誘拐を初陣を機に、誘拐犯担当として活躍し続け
16歳で玫瑰の名との座を貰う。以後は本名を名乗らなくなった』
『好色家のマッチェ、人体蒐集家のグロッシュキー、美食家の八雲文弥
(※以下省略)と繋がりが確定している』
『テロリストとの繋がりも噂されている』
『人当たりがよく気配りもでき礼儀正しく、真面目だが柔軟性ある性格で
純白の頭髪と純黒の瞳が特徴的。砂漠地帯育ちの割に肌色が薄い。
初対面との好感度は間違いなく高く、平時も交渉の緩衝役としてよく呼ばれる程。
だが感情の起伏が非常に乏しく不気味に思う者もいる』

詳細が明らかになったが、チカが指差し注目したのは
人体蒐集家のグロッシュキーの記述。
様々な人繋がりを持っているようだが遡ると彼が玫瑰と一番付き合いが長い。

「本職は操縦士、某空港会社オーナーの息子···
ふ、輸送し放題じゃないか?」
「実際、色んな人や物をこっそり運んだ前科があるみたいだね。」
「こんなことをされたら俺達人外も立場が無いな。」

ふと、イチゴの脳裏に過ぎったのは
『人が引き起こした事件なら、人を辿れば辿り着くものさ。』
『人間だけどその敏腕っぷりは人外並、メンタルは異形ってとこかな···』
···という、二人の言葉。
チカが相手をしているのは人の皮を被った化け物だ。
嘗ての友の安否確認が済むまで気が済まないだろうけども
死んだら元も子もない。引き際の舵取りをせねばならない···

「顔が引き締まってると益々かっこいいよ?イチゴくん。」
「···あー、奴の拠点探しで茶店があったら寄らないか?
情報収集と此方の仮拠点を兼ねて。」

眩しい笑顔が返事代わり。
後輩には塩対応だが恋人にはとことん甘い。



巧妙に隠していたようだが、協力者の甲斐あり確実に追い詰めている···
協力者というのは月季のロサやサファイアだけでなく
先日捕らえたチンピラみたく忠誠心に欠ける者も含まれる。
それも少なくはない。わざわざ出向いてチップと引き換えにした者までいた。
暴力で物を云う輩が多い中で暴力を使わずのし上がった弊害か?

そうして辿り着いたのは環境変化により生じたとある小さな砂漠近隣の町。
『貪』の活動範囲は砂漠地帯が鉄則、条件を満たした土地だ。
茶店で一番高い茶と軽食を頼んで嗜みつつ、情報整理をしていた。
治安は悪いが、食屍鬼を前に喧嘩を売らない賢い者ばかりで助かる。

「聞いてると廃墟っぽいんだよね。家のはずなに···」
「元から廃墟なのを家と言い張った、もしくはもぬけの殻。」
「廃墟って言っても程度や主観もあるから判りにくいよね。僕ん家も大概だし。」
「自覚はあったのか···とにかく、行かない事には判らんな。」

誰もいない方が実は都合が良い。
此処で期待しているのは痕跡を辿る事、被害者がいた場合の救出。
欲しいのは情報で、まだ玫瑰を捕らえに来た訳ではない。

そしてやって来たのは、質素な石壁の···家というより小屋だ。
人一人が寝床にする程度の大きさ、あまりにも質素。
近所もおらず、晒され気味な外観がより貧相さを際立たせている。質素だ。

「隠れアジトにするにうってつけじゃないかな?」
「中も見てないのに根拠はあるのか?」
「砂漠って言っても砂は地表だけで地盤は硬いんだ。
だから地下まで伸ばす事が出来ると思う。」
「なるほどな···確かに地殻変動ならともかく
風の流れで堆積しただけの砂山らしいからな。」

ノック3回、返事がないのを確認してゆっくり扉を開ける。
中は埃っぽく砂っぽくもあり、最低限の家具は配置されてるが
同じく狭い住まいに居るチカだからこそ違和感に気づいた。

「ベッドなのに枕が無い。マットの弾力が新品みたい。土台枠が床を貫通してる。
日曜大工なら凝り性だけど、ちぐはぐ過ぎない?」
「捲くるか。」

マットをそっくりそのまま持ち上げると鉄網の蓋が現れた。
その下には深い穴が覗ける···梯子代わりと思われる乱雑な突起もあった。
読み通り地下が存在したのだ。
チカを背中にしがみつかせて、地下を降る···背中に当たる柔らかい感触···



広すぎる通路。コンテナを台車付きで載せて運ぶ幅や高さは余裕である。
出入り口が点在。扉のない部屋を覗き見すると
薬物、酒の空き瓶、血で錆びたナイフ等が散乱しているのが見えた。

「豪邸だな。低俗な物で穢れてる以外は良物件じゃないか?」
「休憩スペースを入りやすく、且つ何してるのかお互い見やすくしてるね。
だから扉のある側の機密性に期待できちゃうな。」
「倉庫を見つけて物証に肖りたい所だが、さて何が出るやら。」

奥に奥にと行くと、一回り広い丁字路に突き当たる。
行き止まりが見える方に行くと、其処には積み上げられた箱が並んでいた。
型の古いフォークリフトまである。

「この臭い···まさか···」

適当な箱の表面を乱雑に剥いで、断片的にだが中を見た。

「な、何があったんだい?僕には臭いを嗅ぎ取れなかったんだけど。」
「···もうミイラになっている。ざっと見て半ダース分くらい入っているな。」
「なんだって?!6人入るには狭すぎないかい?!」
「乾いている上に手足が無い。大人だろうと詰め込めるさ···」

此処にチカの友がいない事を願うしかなかったが
それを確かめるためにも探せる所は探して証拠や情報を掴まねば。
始めは地下道の冷気で冷房要らずと思っていたが
今はもう、この冷気も忌まわしい。
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一際大きい金属製の扉、ダイヤルロックと鍵で施錠されている。
鍵の代わりと言わんばかりに、イチゴは指先で撃ち抜いて解錠した。

「8桁もの暗号を要求する方が悪い。」
「派手に解錠したねえ、もう堂々入るしかないや。」

遠慮なく扉を開けて入室。
薄暗いが、とても広々している。
僅かに差し込んだ灯りで照らし出される装飾品は
硝子や金属で反射してその輪郭を見せている。

「なんだろう。ダンスホールみたいな雰囲気だけど···
あ?!あんな所にパソコンみたいな物が!!」
「おい、チカ···ん?」

視線を感じた向こうには、石造りの赤子···いや、あれは地蔵?
エスニックな雰囲気の場に似つかわしいオブジェに目を惹かれていた。
しかし、頭上から聴こえる軋み音で我に返る。

「これは···決定的じゃないか!
しかもこのメール、内容が確かなら現場に辿り着けるのでは?!」

チカは夢中で端末に触れていた。
一方で、イチゴは軋みの正体にようやく気付いたのだ。
扉に繋げられた紐が、垂れ下がった巨大シャンデリアをぎりぎり支え
開けた反動で紐が切れて、巨大な振り子と化すトラップ···!
その振り子の角度は、あの端末の範囲内···!!

「伏せろ、チカぁ!!」
「えっ、何?!」

叫んだ衝撃がきっかけになったか?いや、その時が来ただけだ。
紐が完全に切れて、支えを失った巨大シャンデリアが振り下ろされる!
穴が空くほど強く床を蹴って駆け込み、イチゴはチカに覆い被さった。
激しく叩き付けられたイチゴは振り子の衝撃に加えて
硝子や金属片が無数刺さり或いは切れて、更に漏れ出た電気で焼かれる。
体を丸めて身を守る体制になっていたチカ。
薄っすら目を開けると、青い肌に滲み出る赤い血が見えた。

「い、イチゴくん!大丈夫かい?!」
「左腕を少しやられたが何とかな···チカこそ、大丈夫か?
···脚が切れているな。」
「僕はちょっと当たっただけだ!とにかく出よう!」
「まだ調べる余地はあるんじゃないか···?続行しよう···」
「だ、駄目だ!治療が先だ!お願いであり命令だよ!!」

命令ならば···と観念したイチゴはチカに連れられその場を後にした。
···力が入らない。妙だ、軽傷とは言い難いがこの程度、割とよくあるのに。
やがて熱を帯び、吐き気を催し、視界も狭くなる。
懸命に救急要請するチカの声すら聴こえなくなり···意識がフェードアウトした。





「う······ぅ···」
「あ、起きた。ちょっと、聞こえたら手をグッパしてみてっ」

言われるがまま掌を丸めたり広げたりした。

「よかった〜、反応ありだ。」
「その声···博士?」

眩しい。目を細めて見えたのは、照明の逆光で黒い顔のウォリック博士。
イチゴは今、寝かされている状態なようだ。
幾多ものチューブが刺され、ほぼ全身に包帯を巻かれ、呼吸器も付けられ、左腕にはギプス···

「いやあ、さすが丈夫だね。
透析や投薬もしたとはいえ人食いバクテリアもどきを撥ね除けたか。」
「人食い···バクテリア?」
「少し調べた話だと、君達が行った先で空気感染したみたいだ。」

思い当たる物があった。あの不気味な地蔵。
仕組みは判らないが二重のトラップがあの場に配置されていたのは確かだ。

「博士、チカは?チカは何処にいるんです?」
「か、彼女なら○○第一病院に···あ〜ちょっと〜」

聞くなりチューブを乱雑に引き抜き、呼吸器を投げ捨て立ち上がる。
博士の制止虚しく、着替えを済ませて施設から出た。
窓から見送るしかなかった彼の肩に置かれる青い手。

「博士、無駄だぜ。誰も止められねえよ。」
「サファイアがそれ言い切っちゃうとな〜う〜ん。
とりあえず色々フォローしてやって、無駄がなくなるようにね。」
「食屍鬼遣いが粗いねえ。
ま、かわいこちゃんが頑張ったんだし、やらなきゃ男が廃るってもんだ。」



「ちょっと、君!重症患者がいるのに!おい、皆止めてくれ!」

院長の一声により若い男性看護士が束になって掴みかかるが
皆引きづられるだけで止めるに至らない。

「チカ!!!!」
「ぁ···イチゴくんだ···」

ベッドの上で横たわっていたのはチカ、なのだが···
包帯で厚く巻かれた手足、だが片腕片脚は切り落とされたのかもう無い。
そっと手を取ったが、冷たく固く、人形の様。
末端となる四肢が壊死していたのだ。

「やっとあえたぁ···」
「遅くなったな···」
「さむいね···」
「······」

冷暖房完備で暑すぎず寒すぎずを保った快適な室温である。
幻肢痛だ。
どう答えてやったら良いか判らず、口を噤んでしまった。

「ね、イチゴくん···ぼく、きみにまだいってなかったことあってぇ···」
「言ってない事?」
「ぼくの、ほんみょう。『こん はんみ』っていうのぉ···
ちかいっていうじに、くさかんむりのはんに、みりょく···」
「近藩魅、か。判った。」
「これでぇ、あといろいろ、すうじつかったら、あんごうしさん···
きみならつかえるから···」
「し、資産···?
チカ、資産なんて俺はむしろお前に与えたかったんだよ···
一区切りついたらお前と結婚して豊かにしてやりたかったんだよ···
愛している···なあ······チカ······」
「だいすき······」

手が、文字通り取れてしまった。
だがチカは動じてない。
動かない。動かなくなった。何もかも。





「通称『とげぬき地蔵』といってな。マジックアイテムの『号』だったかな。
熱感知して無色無臭のガスを出す、即効性の劇物だね。
吸ってからうっかり怪我でもしたら体が腐り始めちまうんだよ。
ワクチン接種してないと同じ空間に居るのは無理だね、怖いから。
赤ん坊をベースに作られた醜悪な殺人兵器だよありゃ。
特級危険物扱いで、見つけたら即処分が義務付けられてる。」
「手足をトゲ扱いしたってか〜?大したセンスだよ!ぺっ!!」

虫唾が走り痰唾を吐く。

「で、どうすんのかね。」
「あの人次第だがまーだ一言も喋らねんだわ。
いい加減にしてほしいぜ、一週間も待たせてよぉ。期日は明日なのに。」

安アパートの前。
月季のロサとサファイアは合流して、イチゴの代わりに話を纏めていた。
『食屍鬼を連れてきたら昇格させてやる』
上からそう指示を受けた月季のロサは、昇格なぞ微塵も興味無い。
だが断れば命は無い。
当人曰く、『従った所でもう老兵には用済みだ。
なので好き勝手に借りを返させていただく』と断言した。
一方的な妬みを受け、家と妻子を組員の犯行による放火で失ったが
事故に見せかけて知らを切って誤魔化され続けていたのだ。

「だからオレも事故に見せかけて奴等が消えたら良いなっていつも思っててな。」
「復讐かい、いいね。」
「俺もやる···」

徐に姿を現したイチゴ。その目つきは鋭い。

「やるって、復讐をか?」
「ああ。」
「俺ぁてっきり捜索だけやると思ったのに。」
「捜索も復讐もやる。いいか、俺の作戦を聞いてくれ。」

そして安アパート、もといチカの部屋まで二人を案内した。
一方的な約束を守ると思えないのはその通り。
イチゴを連行させるのは、人身売買主犯の濡れ衣を着せるため。
チカに匿われてから風評被害がなくなったのは確かだったが
一連の犯行をしていたため世間的に大人しく見せていた···
等と言ってしまえば、あちらはいくらでも偽装できてしまう。
だが逆に言えばそれを証明するための物証は一部でも現場に確実にあると読んだ。
真の主犯格もだ。

「偽装工作のための囮を空港にあえて残し
本命となるモノを抱えて密輸しつつ
主犯格は俺が囚われたのを確認した後、国境の向こうまで飛び立つ。」
「十分あり得る流れだねえ。
組長に心酔しているなら、玫瑰は食屍鬼である君の事も気に入ってそうだ。
近くで君を見たがる可能性は高い。」
「人間にはオーバーキルのトラップ残したくらいだしな。
意識してんのは違いねえ。なんだっけ、玫瑰は白髪野郎なんだよな?」
「なんなら血で染めても引き抜いても構わないぞ。」
「血気盛んだな、俺ぁそんな野蛮なやり方はしねえよ。ひひひ。
それにあんたがあんたの手でそうしたいんだろ?」
「まあな。俺はまた手加減を忘れかけているからな···」

そう、優しく触れたい最愛の人はもういない。
トゲ(手足)だけでなく命まで刈り取った玫瑰、花弁の様に散らしても足りる気がしない。

狭い部屋の中、男3人は決意をキメた。



来る日。空港目指して食屍鬼を乗せて高級車で駆る。
月季のロサは単独行動も多く、自ら運転する事のが多い。
部下に任せると目的地に着けないから。
···等と他愛もない雑談を交えて和気藹々とはいかない。
ラジオが天気予報を報せる声しか響いていない車内。風はそこそこの飛行日和。


空港に着くとグランドスタッフの出迎えから始まり
奥に行くにつれ通路も案内人も柄が悪くなり
最終的に、場内マップには存在しない階層に連れられた。
埃っぽく砂っぽく、壁にはシミや円形のひび割れが点在。
チンピラとスーツ姿のマフィアが複数人、肝心の白髪野郎はいない。

「此処が集合場所なんだね。」
「定番の場所だ、あんたが覚える必要は無え。
此処で商品に付け足されるからな。」
「待て、用があるのは俺にだけだろう?
この人には世話になったんだ、無事に返さなければ抵抗させてもらう。」
「抵抗だってえ?病み上がりで立ってるのもギリギリそうじゃねえか。
脚もなんだか細いしよお。」
「·········いや、マジで細くないか?こいつ別の奴じゃねえよな?」

ざわつき始める大衆。食屍鬼の猛々しさは周知の認識。
筋骨隆々の見た目通りの豪腕であった···はずだが、病み上がりとはいえ筋肉が薄い。
疑ったチンピラの一人がギプスを掴んで拳銃の持ち手で叩き割った。
やはり腕が妙に細い、そして肩に至っては包帯の下から見えたのは傷痕ではなく···

「な、なんだこりゃ?絵?入れ墨?」
「それは地獄界の鬼だな、お前達の案内人さ。」
「何を···って、え?おい、どうなってんだ?」

視界が下がる、訳ではなく体ごと、足場ごと下がっている。
絶叫が轟音に、体は瓦礫に飲まれる。広間一帯の床が突如崩壊したのだ。
ただし、サファイアと月季のロサの立ち位置は除いて。

「なな、なんだいなんだい何をしたんだあ?!」
「俺の異能さ、はったりが現実になる。
ま、老朽化によるタダの不幸な事故かもしれねえがな?」
「君の前じゃあ悪い事はできないねえ···」
「そう、あくまで俺の声が届く範囲に限る。
話の通じない奴はあの人が直接叩き潰す。
目には目を、歯には歯を、人外には人外を。」

外を見遣ると砂漠方面に飛び立つ飛行機が2機見えた。
片やそのまま空の向こうに消えたが、もう1機は様子がおかしい。
蛇行に加えて速度も高度も不規則不安定。

「今光ったな、救難信号なんて出せるわけねえから···」
「えっ?!まさかダンナは外側から攻めてた?!」
「袋小路にして捕えるのは定石。
食屍鬼にとっちゃ車両や機体は弁当箱みたいなもんだぜ?
食い散らかすのが先か堕ちるのが先か、どっちかねえ。」

にたりと笑うと純白の鋭い牙が覗き見えた。
これぞ人成らざるものによる圧倒的暴力···!



大混乱の機内。
右手で飛行機にしがみつき、左手で延々撃ち続けるイチゴ。
正面窓硝子に穴が空いただけでなく、ヒビが全面走り視界を阻まれ、終いには砕けて散った。

「うわあああああ?!」

操縦士が一人、外に吸い込まれる。
中にいる者は皆しがみつくのが手一杯で操縦の補助はできない。
ならばと無理矢理マシンガンを発砲して、食屍鬼の撃退を試みる者がいたが
数発被弾させるもまるで手応えがない。
効いていないのか、怒りで我を忘れているのか。

「あ"っ」

一閃が口を貫く。射撃手も空に吸われた。

「ひいいい何とかしてくれよ玫瑰いいい」

人体蒐集はするのにいざ自分の死が見えると狂乱する哀れな男が
泣いてしがみついてる相手は白髪の青年、玫瑰だ。
動揺する周囲を気にも留めず微動だにもせず、イチゴに視線が釘付けである。

「人の業で簡単にくたばらず、圧倒する力強さが本当素晴らしい!
私を追ってきてくれて嬉しいなあ、イチゴくん!」

爽やかな笑顔で悪怯れなく歓迎の意を示した。

「その名で俺を···呼ぶなあああ!!」

激昂し、発狂しながら、乱雑な閃光が機体ごと、玫瑰の至る所を貫く。
その勢いのまま突撃を試みたが機体が大きく傾いてしまった。
玫瑰はグロッシュキー諸共機内の奥に滑り落ち、イチゴは空に吸われた。



そして···空港から辛うじて見える距離に、一機墜落したのであった。



「あったあった。は〜力仕事は俺の専門外なのによ!」

仮置き倉庫。
ホコリ被った荷箱を前にカモフラージュされた、人体入りコンテナを発見した。

「此方には丁寧に積み込まれた輸送機が見つかったよ。」
「これで後出しだが大義名分ができたな···って言ってる側から来やがったな。」

遠方が騒がしい。
様々な公共機関車両が警笛を鳴らしながら群がってきたようだ。

「おっさんはあの人回収しに行っといて。絶対生きてる。」
「え、オレは構わないけどあんたは一人であれ等を捌ききる気かい?!」
「なぁに、こういうのが正しく俺の(戦場)持ち場さ。」

任侠の食屍鬼サファイアは、世間を言い包めるために玄関方向へ単身向かう。
チカがいた。手を伸ばしながら駆け寄った。
だが彼女は後退していく。必死に駆け寄った。
手が届いた。手を握る。
しかし眼前で靡くのは黒髪ではなく白髪、玫瑰だった。
薄笑いをする彼はあの忌まわしい石の赤子を抱いていた。

「「また会おう、イチゴくん。」」




「うぅっ·······」

眩しい。照明が目に射し込む。また寝かされていたらしい。

「やっと起きたみたいだね〜?」
「博士···チカは?」

ウォリック博士は無言で返す。

「···そうだった。もういないんだった。」
「墜落からもう2週間も経ったんだよ。」
「そんなに···」

昨日の事のように思い出す···
チカも、玫瑰も。

「君を運んでくれたのは月季のロサさんだし
火消しはサファイアが頑張ってくれたんだよ。
いつでも良いから御礼言ってやってね。」
「ええ···本当に世話になった···」

思えば、密輸を暴露するという賭けじみた大義名分の元行った復讐劇は
報復でしかなく、巧く話を纏めて否がない事を世間に認めさせるのは極めて困難だ。
一番面倒なモノを丸任せにしてしまった。感謝は尽きない。

「俺には何も無いな···戦うしかできないのに残せた物もない···」
「そう言うなよ、君達の働きが実って奴等の悪事が明らかになったんだぞ。
···あ!残った物で思い出したけど!
君、家賃滞納しちゃったから部屋追い出されたみたいだぞ!」
「えっ」
「家具以外の物は全部大家さんがまとめて預かってるのが恩情かなあ。
でもあのアパートも取り壊すみたいだし対応は早い方が良いかなあ。」
「すぐ行きます。」

むくりと起き上がると同時にチューブを乱雑に引き抜き、呼吸器を投げ捨て、着替えに向かう。
博士の制止虚しく、完治する前にイチゴは施設から出て行ってしまった。

「ああ、デジャヴ···まあいいか。」



老朽化に加えて、マフィア達の視線も気になるからと。
それは建前で、此処は土地の価値が非常に高く
老婆の大家は何もしなくて良い快適な老後のために売り払いたいだけだ。
住民もそもそも少なく、チカは毎月期日に家賃を払っていたからという恩情で
荷物だけは特別に預かっていたらしい。
アパートは既に一階しか残っていない。
二階はショベルカーに喰われていた。

「物が少ないから邪魔になり難いと思ってずっと預かっていたけど留守が長過ぎなのよもう〜少し前まで部屋を開けてる方が少ないくらいだったのに最近雨漏りも酷いから汚さないように必死だったのよ私〜チカちゃん可愛かったし貴方カッコいいし良いカップルだと思って多めに見てずっと預かっていたけどカビ臭くなったら私も困る」
「あ、あの。金は用意したので受け取らせてもらって良いですか。」
「ああはいよ。」

長話がループしそうだったので無理矢理遮った。
トランク一つに十分収まる程度で済む荷物···こんなに少なかったか···?

「···あ!そうだあらやだ忘れる所だったわんもー私ったら!!」

奥へ行ってクローゼットから取り出したのは、黒いコートと黒いキャスケット帽。

「これえ、こんな大きいから絶対あなたの物だって思って別の場所に保管しといたのよ!!」
「それは···」

チカが愛用していた探偵衣装。
だがしかし、言われてみればこのサイズ感は···

帽子を受け取るなり被ってみせた。ジャストフィット。
コートも受け取り、袖を通した。ジャストフィット。

「よく似合ってるわーそうやってお仕事していたのね貴方!!そういえば貴方のお名前なんだったかしら?えーとたしか」
「ブラックスター」
「イチg···え?」
「犯罪者を地に伏せ黒星を与える黒星探偵こと、僕の名はブラックスターです。」

あれだけ饒舌だった大家も、呆気に取られ何も言わなくなった。

「お世話になりました···」

礼をし、帽子を目深に被り直し、踵を返すとコートの裾が靡く。
別れを告げると、トランク片手にブラックスターは闇夜に消えた。







「ち、ちくしょう···完璧だと思っていたのに何故バレた?!」
「僕に見つかったのが運の尽きだ。
完全な右利きであるのにサウスポー用アイテムと知らずに使う違和感、見逃さないさ。」

ヤケになり凶刃で刺しにかかるが、此方の脚の長さに至らずローキックで吹き飛ばされる。
こうして三つ子刺殺事件は解決されたのであった。
異能抜きで。

現場を後にすると、その卑しさが懐かしい同胞に会った。

「よう、鮮やかだったな。」
「そうか?所で何年ぶりだ?ロサ氏が老衰で亡くなった時までは覚えていたんだが。」
「2桁年って以外俺もはっきり思い出せねえや。
ていうか、色々探ろうとしたそばから火の旧支配者の異変がよ〜···!」
「あの件まで火消しをしたのか?さすがだな。」
「へへ、褒めるなら飲み屋でしてくれねえか?」
「それもそうだ。祝杯といこうか。僕が払う。」

首を傾げるサファイア。一人称が変わった違和感、気づかないはずもなく。
募る話もあるし呑みながら尋ねる事にした。
あの時の居酒屋、あの時と同じ座席の同じ位置に着く。

「何年経っても店も客も変わらんな、時間の感覚が狂いそうだ。」
「実際此処の時間の流れは特殊らしいぜ?」
「それは当時から知りたかったんだが···」
「まあまあ、それよりあの時とは違う物頼もうぜ?」

あの時よりも高い酒を多く頼み、肴も付け加えた。


空港でのあの忌まわしい事件は『白い薔薇事件』として語り継がれている。
物証に基づいた弁明から始まり状況説明。さりげない論点すり替えによる責任転嫁。
人間と食屍鬼の距離間や必要性について語ったり、ツテのある権力者の名を出したり。
情に訴えたり、はったりをかましたり···
こうしてサファイア達は賠償どころか報酬と賞賛を受け
空港含む玫瑰の傘下は壊滅し
人肉管理のための工場を設けるきっかけ作りに貢献したのだった。
更に様々な機関の協力の甲斐あって、人体の身元が全員分判明。
チカの友達の一人キユも其処にいた。茶髪で傷面の女性だったらしい。

「とてつもない働きぶりだな···」
「俺にかかればこんなもんさ。ま、でもMVPはあんたとチカちゃんだよ。」
「······ああ、ありがとう。」

チカだけだ、と否定しようとしたが止めた。
黒星探偵は二人があってこそ、成果も二人のもの。
酒の席だが帽子を目深に被る···

「あの日の一週間前、俺は自害も考えた。思い直したきっかけは暗号資産だ。」
「いくら入っていたんだい?」
「当時の俺の総資産より三桁多い。とんでもない大金だ。」
「はあ?!貧乏じゃなかったのかよ?!」
「使わなかったから無いと変わりないさ。
ちなみに書き置きも残されていた。」

その記述通りに訳するとこんな内容が判明した。

『チカは自身の名は知っていたが、出生等詳細は一切知らない。
しかし手元には謎の大金があったし、女友達の中でも唯一拐われなかった。
この大金はきっと意味があるはず、個人的に浪費すべきでないと
チカは本名と共に暗号資産を封印した。
最愛の人ができたら一緒に解き明かそう。全てを。
内容が判明したらなるべくそれに添うが、これは多くの人を救うために使いたい。
もし自分が亡くなった場合は、最愛の人に使い途を託す。
最愛の人が見つからなかったら、電子の海の藻屑にしていい。』

···サファイアは、茶化さず呑まず、真摯に聞き入れていた。

「僕はこの金を基金に当てようと思う。」
「基金?なんの?」
「ワクチンだ、あの人食いバクテリアもどきに対するワクチンを打たせるためのだ。
世界中の人に加えて、この世界にやって来た者への分も用意する。
奴の悪意の象徴たる『号』の残り香を消してやる···」
「ブ、ブラックスター。そりゃめちゃくちゃ素晴らしいんだがよお···
基金を設けるなら莫大な金は前提として、太い信頼も必要だ。
反ワクチン、反食屍鬼、敵も多いぜ?」
「その通りだ、だからなかなか踏み込めないでいた。
『号』の完全撤去が確認されていない以上1秒でも惜しいのに。」
「うーん、どうしたもんか。」

冷水を呑むが如く酒を流し込む。
組織に属さぬ孤高の存在、黒星探偵。
今まで培った働きぶりを加味しても知名度が圧倒的に足りない。
単独行動の最大の欠点である。

「···ん?通知が来たな?」
「えっ此処は電波届かないはずなんだが···」

だが確かに端末は鳴いている。

「まさか、じゃあ考えられるのは2つ。異能もしくは我々に未知の技術。」
「どういう事??」

初めて見る発信番号は長すぎて画面からはみ出している。
躊躇わずに応答した。

「はぁいはじめまして!突然ごめんなさいね!私商会会長のエニアなんだけど特殊な送信手段使って貴方に電話掛けたの!貴方がブラックスターさんでよかったわよね?!」
「はい、ブラックスターで間違いありませんが何用ですかな。」

サファイアが驚愕する大物、世界有数の大富豪なら独自の回線で歩み寄る説得力はある。
目の前の先輩個体は大して動じず未知の領域に対応しているのだから畏れ入る。
それにしても、鼓膜に劈くような熟女特有のハスキーボイスだ···

「ちょっとね〜お願いがあるのよ!うちのモーちゃんが貴方に会ってみたいって!」
「はあ、どなたですかな。」
「あらご存知でなかった?!末尾No.41食屍鬼モーシッシの事よ〜!あたしと一緒に住んでるの!ま、とにかく会ってほしいのよ!迎えは此方から出すからさあ!紹介状付きで!すぐに会わせたいけどそちらの都合はどうかしら?!」

目の前の後輩個体に目配せしつつ、飲み代を手渡す。

「僕ならいつでも構いませんよ。居酒屋にいましたが今出ます。」

通話を繋げたままの端末片手に退室。

「モーシッシって···タイムリー過ぎるけど噂通りなら納得だわ。」

サファイアはその食屍鬼について把握していた。
なのでこれから起こる一連の流れも想像がついた。



「はじめまして、ブラックスター様。エニア様の御指示でお迎えに参りました執事です。此方が紹介状となっております。」

路地に一歩出たら大型高級車が目に留まった、かと思いきやの圧倒的スピード感の出迎えが現れた。
触手の塊が人型にまとまりスーツ姿になっている異形。
縮れ毛でも付いていたかと思ったが、ウォリック博士の直筆サイン入りの紙面を見せつける。

「···君の異能かい?」
「作用です、追跡と移動を担っております。御乗車してもらったらすぐに目的地に着けます。」
「乗ろう、案内頼む。」

単独行動の最大の利点はこうして即決断して対応出来る事だ。
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