蟹〜
「···と、所で俺は主となる人を聞きつけて遣ってきたのだが」
「僕がそうだよ!」
「な······」
そこでようやく立ち上がる。人種的に成人女性としては平均的···か?
此方のが遥かに厳つく巨体だというのに、食屍鬼は気押しされていた。
脅迫されているわけではない、とにかく威勢が良い。
「僕の事はチカって呼んでほしい。君は?」
「俺にはまだ名が無い。与えられていない。」
「まだ無いの?!でも他のヒトからなんて呼ばれてた?」
「『食屍鬼』だとか製造番号の『No.15』だ。」
「『No.15』···じゅうご、だと愛嬌無いなあ。『イチゴ』とかどう?」
「待て···勝手に話を進めるなよ。」
主として彼女を認めるには早すぎる。
成人にしては幼く、住居を見るに経済力も怪しく、得体が知れなさすぎる。
喋り方も独特だ。唯一大人らしいのは胸囲ぐらいだ。
「ああ、そうか!これはうっかり!
自己紹介の流れで名乗り合うつもりが主の権限を早速使うとこだったよ。」
「主なら確かに命名権もあるが···。」
「だよね〜。一先ず置いといて。」
とりあえずお互い床に腰を下ろす。彼女の首を痛めないように。
腰を据えて話し込むにはあまりにも体格差がありすぎた。
「僕はこう見えて探偵なんだ。
世のため人のため、そして食屍鬼のため事件を解決しようと
探偵を始めてはや数年さ。」
「探偵、ね···。実績は?」
「えーと···最近だと浮気調査だなあ。浮気の浮気の浮気まで見つけた。」
「浮気···ルガリーシ夫人のやつか···?」
「よく知ってるね?!」
「関係者の『遺体の処理』を任されたからな。」
首吊りだったので『処理』は楽な方だった。
だが騒動の中でチカの存在を聞いてはいない。
詳細を把握している以上虚偽とも思えない。
···憶測だが、調査を依頼したはいいが小娘に頼った事実を伏せたくて
それなりの権力者である依頼者がねじ伏せたのだろう。
「一人で突き詰めたならまあまあ···か。どんな異能を使ったんだ?」
「異能?使ってないよ?そもそも無いよ。
僕の知識と経験さ。強いて言えば才能ってとこかな。」
惚けているなら大したものだが。
異能···もとい特殊な力無くして、後ろ盾も特に無い探偵業···
暴力と狂気で支配されたアザルシスではあまりにも無謀だ。
それでも探偵業を始めてから数年、無名とはいえ生きているのだから
細やかな活躍を重ねて食い繋ぐ実力はある。そんな所か。
「···何故かわからないが、俺に感謝していたらしいな?
俺を起用した理由と合わせて真意を教えてくれ。」
「え〜?だって爆破テロリスト壊滅とか、偽呪術師逮捕の件とか
凶悪犯を何人も倒したり捕まえたり無力化したんじゃないか。
悲しいかな、ああいった大きな事件の主犯格って
大体が強い権力に心酔していたり、逆に捨てるのが身しかない人とか
聞く耳も持ってくれないから、話があまり通じないんだ。
でも君は解決してくれた、多くの人が助けられたんだ。
だから皆に代わって感謝したい、ありがとう!
そしてそんな君から協力を得たいし、君を僕は護りたい。」
「護りたい···?」
聞きたい事は聞けたと思った矢先に。
こればかりは予想だにもしていなかった。
痩せ細の女性が骨格逞しい大男を護るとは、どういう風の吹き回しだろうか。
「そんな君の活躍を快く思っていない人等の盲言だと思われるけど
度々耳にする誘拐事件、食屍鬼の犯行だと噂する人がいるようでね。」
「なんだと···他の個体は知らないが俺はやっていないぞ。
人食いはするにはするが素性を知り承諾を得た上で、だ。」
「そもそも犯行に食屍鬼が関わってすらいない可能性もあるよ。
誘拐された人があまりにも見つからない事から
喰われてしまったんだろうって、早とちりな発想さ。」
「そんな無闇に食い漁っていたら俺達は処分されているぞ···」
複製魔族の一種である食屍鬼達は、人食いをせねば衰弱死してしまう。
なので人間の絶対数確保の為に人間を守る事が義務付けられている。
私利私欲で食い漁る個体は今の所(恐らく)いないが
社会貢献も出来ぬ危険因子と見做され殺処分される運命だ。
「でしょ?だから僕は思うんだ。
これは取るに足らない噂か、或いは逆にとても大きな力が動いているか···!
後者だとしたら君を一人にするのは危険だと思って」
「だが囮捜査にも使えそうだと思って手中に収めたいと?」
「うっ···言い方は悪いけどそうなってしまうのかな。」
「危険なのはお前の方だ、その話から降りろ。」
「降りれないよ、これは譲れない!」
頑なだ。そんな彼女に苛立つ食屍鬼。
力業が使えない相手ほど厄介な者はいない。
「僕がまだ無名だからこそ深入りできると思うんだ!
頼むよ、力を貸してほしい!
そして関わったヒトをこれ以上失いたくない!」
「誰かいなくなったのか?なら尚更···」
「僕が探偵を始める前から、友達が消えている。
僕達には親がいない、家族のように仲良くしていたのに。
事件現場に同じ車両や怪しい人はいたはずなのに、全て揉み消された。」
ヒトが起こした闇に既に巻き込まれていたようだ。
···だが、彼女は、独りで戦い続けていた。
「僕がそうだよ!」
「な······」
そこでようやく立ち上がる。人種的に成人女性としては平均的···か?
此方のが遥かに厳つく巨体だというのに、食屍鬼は気押しされていた。
脅迫されているわけではない、とにかく威勢が良い。
「僕の事はチカって呼んでほしい。君は?」
「俺にはまだ名が無い。与えられていない。」
「まだ無いの?!でも他のヒトからなんて呼ばれてた?」
「『食屍鬼』だとか製造番号の『No.15』だ。」
「『No.15』···じゅうご、だと愛嬌無いなあ。『イチゴ』とかどう?」
「待て···勝手に話を進めるなよ。」
主として彼女を認めるには早すぎる。
成人にしては幼く、住居を見るに経済力も怪しく、得体が知れなさすぎる。
喋り方も独特だ。唯一大人らしいのは胸囲ぐらいだ。
「ああ、そうか!これはうっかり!
自己紹介の流れで名乗り合うつもりが主の権限を早速使うとこだったよ。」
「主なら確かに命名権もあるが···。」
「だよね〜。一先ず置いといて。」
とりあえずお互い床に腰を下ろす。彼女の首を痛めないように。
腰を据えて話し込むにはあまりにも体格差がありすぎた。
「僕はこう見えて探偵なんだ。
世のため人のため、そして食屍鬼のため事件を解決しようと
探偵を始めてはや数年さ。」
「探偵、ね···。実績は?」
「えーと···最近だと浮気調査だなあ。浮気の浮気の浮気まで見つけた。」
「浮気···ルガリーシ夫人のやつか···?」
「よく知ってるね?!」
「関係者の『遺体の処理』を任されたからな。」
首吊りだったので『処理』は楽な方だった。
だが騒動の中でチカの存在を聞いてはいない。
詳細を把握している以上虚偽とも思えない。
···憶測だが、調査を依頼したはいいが小娘に頼った事実を伏せたくて
それなりの権力者である依頼者がねじ伏せたのだろう。
「一人で突き詰めたならまあまあ···か。どんな異能を使ったんだ?」
「異能?使ってないよ?そもそも無いよ。
僕の知識と経験さ。強いて言えば才能ってとこかな。」
惚けているなら大したものだが。
異能···もとい特殊な力無くして、後ろ盾も特に無い探偵業···
暴力と狂気で支配されたアザルシスではあまりにも無謀だ。
それでも探偵業を始めてから数年、無名とはいえ生きているのだから
細やかな活躍を重ねて食い繋ぐ実力はある。そんな所か。
「···何故かわからないが、俺に感謝していたらしいな?
俺を起用した理由と合わせて真意を教えてくれ。」
「え〜?だって爆破テロリスト壊滅とか、偽呪術師逮捕の件とか
凶悪犯を何人も倒したり捕まえたり無力化したんじゃないか。
悲しいかな、ああいった大きな事件の主犯格って
大体が強い権力に心酔していたり、逆に捨てるのが身しかない人とか
聞く耳も持ってくれないから、話があまり通じないんだ。
でも君は解決してくれた、多くの人が助けられたんだ。
だから皆に代わって感謝したい、ありがとう!
そしてそんな君から協力を得たいし、君を僕は護りたい。」
「護りたい···?」
聞きたい事は聞けたと思った矢先に。
こればかりは予想だにもしていなかった。
痩せ細の女性が骨格逞しい大男を護るとは、どういう風の吹き回しだろうか。
「そんな君の活躍を快く思っていない人等の盲言だと思われるけど
度々耳にする誘拐事件、食屍鬼の犯行だと噂する人がいるようでね。」
「なんだと···他の個体は知らないが俺はやっていないぞ。
人食いはするにはするが素性を知り承諾を得た上で、だ。」
「そもそも犯行に食屍鬼が関わってすらいない可能性もあるよ。
誘拐された人があまりにも見つからない事から
喰われてしまったんだろうって、早とちりな発想さ。」
「そんな無闇に食い漁っていたら俺達は処分されているぞ···」
複製魔族の一種である食屍鬼達は、人食いをせねば衰弱死してしまう。
なので人間の絶対数確保の為に人間を守る事が義務付けられている。
私利私欲で食い漁る個体は今の所(恐らく)いないが
社会貢献も出来ぬ危険因子と見做され殺処分される運命だ。
「でしょ?だから僕は思うんだ。
これは取るに足らない噂か、或いは逆にとても大きな力が動いているか···!
後者だとしたら君を一人にするのは危険だと思って」
「だが囮捜査にも使えそうだと思って手中に収めたいと?」
「うっ···言い方は悪いけどそうなってしまうのかな。」
「危険なのはお前の方だ、その話から降りろ。」
「降りれないよ、これは譲れない!」
頑なだ。そんな彼女に苛立つ食屍鬼。
力業が使えない相手ほど厄介な者はいない。
「僕がまだ無名だからこそ深入りできると思うんだ!
頼むよ、力を貸してほしい!
そして関わったヒトをこれ以上失いたくない!」
「誰かいなくなったのか?なら尚更···」
「僕が探偵を始める前から、友達が消えている。
僕達には親がいない、家族のように仲良くしていたのに。
事件現場に同じ車両や怪しい人はいたはずなのに、全て揉み消された。」
ヒトが起こした闇に既に巻き込まれていたようだ。
···だが、彼女は、独りで戦い続けていた。
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博士が何故詳細を伏せて紹介したのかよく判った。
知り合いのツテとは言ったが、その知り合いは厄介払いのつもりだ。
適当な人物に任せたらこの探偵気取りも誘拐の被害に遭いかねない。
無闇な人食いイメージを拭うためのカモフラージュも兼ねて
食屍鬼を警護に当てた、そんな所だろう。
「···で、君の意見はどうなんだい?」
顔が迫る。澄んだ碧い瞳に映るのは青肌の顔。
「···俺を呼ぶなら一先ずその『イチゴ』でいい。」
「おおっ?!それってもしや」
「俺の管轄の中にお前の行動範囲がある以上放っておけない。」
「うわ〜やった〜!よろしく頼むよ、イチゴくん!」
体いっぱい抱きついて歓喜を示す、そんなチカの行動に動揺を隠せない。
だが、そういえば···殴り合う以外で触れ合うのは初めてかもしれない···
生きた人間はこうも温かいものか。それと柔らかい。
「···あ!このままだと狭くて動きにくいよね!今片付けるよ!」
後ろ手を回す間もなく離れると周囲にある物をまとめ始めた。
部屋が狭い自覚はあったようだ。
前以て片付けなかったのは恐らく、断られる可能性も考慮したから。
···散乱していた物を見るに
安価な私物が多い一方で趣味と思われる物が多数と言うことは
衣食住よりも趣味に生きる性分なのが伺える。
薄着というかほぼ下着姿であるし、線が細い。
飯は食えているのだろうか?
住まいだけでなく体調管理も怪しい···
疑問は尽きないが、不安や不満は無い。
むしろ···『何か』が軽くなった。
それが求めていたモノだとイチゴが気づくのは、もう少し後になってから···
「チカ、ドライヤーは?」
「無いよ〜勿体無いから買ってないよ〜」
「風邪ひいたらどうすんだ全く···」
タオルでわしわし拭くとぐわんぐわん動く頭。
「ああ〜画面が見えない押し損ねる〜」
「後でやったらどうだ?」
「今ログボに期間限定モノがあってえ
って?!あああ水滴が勝手にポチッてキャンセルしちゃったああ」
阿鼻叫喚、後頭部をイチゴの胸部に押し付ける。
イチゴの膝はもうチカの特等席だ。
高さや硬さがちょうど良い。狭い部屋で偶に共同作業もするので何かと都合が良い。
「どういう訳か今回は報酬が多かったので
今度のショッピングは奮発するよ!」
「妥当じゃないか?鮮やかだったぞ、チカの推理。」
「イチゴくんのフォローがあったからさ!」
「大した事はしてないぞ、俺は。」
難聴を悪用され強盗殺人の濡れ衣を着せられそうになった被害者の
無実の罪を晴らし真犯人を特定しただけでなく
長年身内からの冷遇が続いていた事まで見事に暴いてみせた。
彼女の鋭い洞察力と純粋な推理力が功を成したのだ。
イチゴがやった事と言えば所々の補助と
報酬を出し渋ろうとした依頼主を睨みつけた程度。
「それにしても、お前は本当に異能抜きでやり通すんだな。」
「普通の事じゃない?」
「そうか···?正直俺はお前から初めて話を聞いた時から
奥の手でも隠しているのだと思い続けていたんだが」
「えっそう来たか〜!僕は本当に特別な力は無いよ。
人よりちょっと頭が冴えてちょっと雑学に触れてる程度だよ。
それでも解決できる事は世の中沢山あるんだ。」
「そういうものかね···」
「そういうものだよ。
人が引き起こした事件なら、人を辿れば辿り着くものさ。
異能は手段の一つ、僕は動機の方に重きを置いているんだ。」
「そうか···そうかもな。」
言い得て妙である。
確かに事件を起こすのは人間か。
人成らざるものが起こすのは異変や災害であり、チカの出る幕ではない。
「でも否定するわけじゃないよ。やっぱり便利だろうし。
ねえ、イチゴくんは異能あるのかい?」
「まあな。」
「どんなタイプ?戦う系?便利系?大体でいいから教えてほしいな。
異能による超常現象が起きた場合君も疑わなくちゃならないから。」
「ふふ、そう来たか。俺のは戦う系だ。それも割とシンプルな物。」
びっちり落書きされ役目を果たしていない標識を指差す。
チカが不思議そうに見詰める中、突如光る指先。
轟音が鳴ったとほぼ同時に標識は宙を舞い、棒立てだけが残った。
その時、チカの瞳もときめきにより輝いていた···!
「溜め無し即射ちだとこんな所か。俺のは射撃だ。
貫通力はある程度調整できるとして
特徴的なのは一度マーキングした箇所を再度撃つ度に威力や精度が増す。」
「す、凄いじゃないか!かっこいい!!
ねえねえ、一体何を飛ばしてるんだい?!霊力?気?オーラ?」
「魔力。」
「魔力と来たか〜!君は本当凄いな!
ただでさえ誰よりも腕力が強いのに遠距離までカバーできるのか!
スキがなくて最強じゃないか!!」
スキはあるし最強でもない。
現にチカの前で曝け出してしまっている。
しかしこうして、無邪気に燥いで抱き付くチカを見ていると
彼女の前では最強であり続けたいと思えた。
衣服を買う···
というから市場に向かうものだとばかり思っていたが
通信販売で済ますらしい。そしていざ届いた物は
「···でかすぎないか?」
「これで良いのだ!」
オーダーメイドの黒いキャスケット帽に黒いコート。
帽子はがばがばに垂れ下がり、裾は床を這う。
チカの体型に対して明らかに大きすぎる。
「これで探偵っぽく見えるだろう?!」
「ああ···まあ、そうだな···」
「なんだか微妙な反応だなあ?!」
「いや、ええと···気にしていたのか···」
「そりゃあもう!
君が探偵で僕が助手、という誤解が広まりつつあったしね!」
助手どころかチカを養子と勘違いされた事も何度かあった。
彼女の名誉のために伏せておくが
本題である推理に入る前に説明を挟むのも億劫になっていた所である。
「黒星探偵チカ、参上!」
「はあ?どうした、自虐か?」
「おっと、言葉足らずで意味が伝わらなかったな!
犯罪者を地に伏せ黒星を与える黒星探偵、チカ参上!」
ポーズなどキメて最高に浮かれている···
本人が気に入ったようなので一先ず良しとした。
ただし、これで一度でも躓いたら脱がすつもりだ。
知り合いのツテとは言ったが、その知り合いは厄介払いのつもりだ。
適当な人物に任せたらこの探偵気取りも誘拐の被害に遭いかねない。
無闇な人食いイメージを拭うためのカモフラージュも兼ねて
食屍鬼を警護に当てた、そんな所だろう。
「···で、君の意見はどうなんだい?」
顔が迫る。澄んだ碧い瞳に映るのは青肌の顔。
「···俺を呼ぶなら一先ずその『イチゴ』でいい。」
「おおっ?!それってもしや」
「俺の管轄の中にお前の行動範囲がある以上放っておけない。」
「うわ〜やった〜!よろしく頼むよ、イチゴくん!」
体いっぱい抱きついて歓喜を示す、そんなチカの行動に動揺を隠せない。
だが、そういえば···殴り合う以外で触れ合うのは初めてかもしれない···
生きた人間はこうも温かいものか。それと柔らかい。
「···あ!このままだと狭くて動きにくいよね!今片付けるよ!」
後ろ手を回す間もなく離れると周囲にある物をまとめ始めた。
部屋が狭い自覚はあったようだ。
前以て片付けなかったのは恐らく、断られる可能性も考慮したから。
···散乱していた物を見るに
安価な私物が多い一方で趣味と思われる物が多数と言うことは
衣食住よりも趣味に生きる性分なのが伺える。
薄着というかほぼ下着姿であるし、線が細い。
飯は食えているのだろうか?
住まいだけでなく体調管理も怪しい···
疑問は尽きないが、不安や不満は無い。
むしろ···『何か』が軽くなった。
それが求めていたモノだとイチゴが気づくのは、もう少し後になってから···
「チカ、ドライヤーは?」
「無いよ〜勿体無いから買ってないよ〜」
「風邪ひいたらどうすんだ全く···」
タオルでわしわし拭くとぐわんぐわん動く頭。
「ああ〜画面が見えない押し損ねる〜」
「後でやったらどうだ?」
「今ログボに期間限定モノがあってえ
って?!あああ水滴が勝手にポチッてキャンセルしちゃったああ」
阿鼻叫喚、後頭部をイチゴの胸部に押し付ける。
イチゴの膝はもうチカの特等席だ。
高さや硬さがちょうど良い。狭い部屋で偶に共同作業もするので何かと都合が良い。
「どういう訳か今回は報酬が多かったので
今度のショッピングは奮発するよ!」
「妥当じゃないか?鮮やかだったぞ、チカの推理。」
「イチゴくんのフォローがあったからさ!」
「大した事はしてないぞ、俺は。」
難聴を悪用され強盗殺人の濡れ衣を着せられそうになった被害者の
無実の罪を晴らし真犯人を特定しただけでなく
長年身内からの冷遇が続いていた事まで見事に暴いてみせた。
彼女の鋭い洞察力と純粋な推理力が功を成したのだ。
イチゴがやった事と言えば所々の補助と
報酬を出し渋ろうとした依頼主を睨みつけた程度。
「それにしても、お前は本当に異能抜きでやり通すんだな。」
「普通の事じゃない?」
「そうか···?正直俺はお前から初めて話を聞いた時から
奥の手でも隠しているのだと思い続けていたんだが」
「えっそう来たか〜!僕は本当に特別な力は無いよ。
人よりちょっと頭が冴えてちょっと雑学に触れてる程度だよ。
それでも解決できる事は世の中沢山あるんだ。」
「そういうものかね···」
「そういうものだよ。
人が引き起こした事件なら、人を辿れば辿り着くものさ。
異能は手段の一つ、僕は動機の方に重きを置いているんだ。」
「そうか···そうかもな。」
言い得て妙である。
確かに事件を起こすのは人間か。
人成らざるものが起こすのは異変や災害であり、チカの出る幕ではない。
「でも否定するわけじゃないよ。やっぱり便利だろうし。
ねえ、イチゴくんは異能あるのかい?」
「まあな。」
「どんなタイプ?戦う系?便利系?大体でいいから教えてほしいな。
異能による超常現象が起きた場合君も疑わなくちゃならないから。」
「ふふ、そう来たか。俺のは戦う系だ。それも割とシンプルな物。」
びっちり落書きされ役目を果たしていない標識を指差す。
チカが不思議そうに見詰める中、突如光る指先。
轟音が鳴ったとほぼ同時に標識は宙を舞い、棒立てだけが残った。
その時、チカの瞳もときめきにより輝いていた···!
「溜め無し即射ちだとこんな所か。俺のは射撃だ。
貫通力はある程度調整できるとして
特徴的なのは一度マーキングした箇所を再度撃つ度に威力や精度が増す。」
「す、凄いじゃないか!かっこいい!!
ねえねえ、一体何を飛ばしてるんだい?!霊力?気?オーラ?」
「魔力。」
「魔力と来たか〜!君は本当凄いな!
ただでさえ誰よりも腕力が強いのに遠距離までカバーできるのか!
スキがなくて最強じゃないか!!」
スキはあるし最強でもない。
現にチカの前で曝け出してしまっている。
しかしこうして、無邪気に燥いで抱き付くチカを見ていると
彼女の前では最強であり続けたいと思えた。
衣服を買う···
というから市場に向かうものだとばかり思っていたが
通信販売で済ますらしい。そしていざ届いた物は
「···でかすぎないか?」
「これで良いのだ!」
オーダーメイドの黒いキャスケット帽に黒いコート。
帽子はがばがばに垂れ下がり、裾は床を這う。
チカの体型に対して明らかに大きすぎる。
「これで探偵っぽく見えるだろう?!」
「ああ···まあ、そうだな···」
「なんだか微妙な反応だなあ?!」
「いや、ええと···気にしていたのか···」
「そりゃあもう!
君が探偵で僕が助手、という誤解が広まりつつあったしね!」
助手どころかチカを養子と勘違いされた事も何度かあった。
彼女の名誉のために伏せておくが
本題である推理に入る前に説明を挟むのも億劫になっていた所である。
「黒星探偵チカ、参上!」
「はあ?どうした、自虐か?」
「おっと、言葉足らずで意味が伝わらなかったな!
犯罪者を地に伏せ黒星を与える黒星探偵、チカ参上!」
ポーズなどキメて最高に浮かれている···
本人が気に入ったようなので一先ず良しとした。
ただし、これで一度でも躓いたら脱がすつもりだ。
遠方からの依頼。悪路も相俟ってレンタカーでの移動を余儀なくされる。
車両での移動はチカには久々で、本来なら燥いでいた所だが
顰め面で淡々と運転をしているイチゴが空気を重くし、それどころではなかった。
彼の機嫌が悪いのは依頼先でのひと悶着が原因である。
マフィアが絡むやや危険な現場だったのは承知であったが
依頼主とその部下達に、チカに色目を使う者や下品な応対をする者
挙げ句目の前で連れ込もうとした輩がいたのだ。
その挑発的行動に堪忍袋の緒が切れたイチゴは···
息があったから命だけは助かっていると信じたいが
その場にいた者を全員動かなくなるほど殴り倒したので
組織としては半壊させてしまった可能性すらある。
車も返却し、無事帰宅も果たす。
雨が振り、暗い夜が益々暗くなる。アザルシスの雨は臭くて汚い。
屋内まで汚されないようしっかり戸締まりをする。
「······すまなかった。」
「へ?」
そろそろ就寝の時間と思い布団を敷き始めた時である。
久々に出た言葉はイチゴからの謝罪だ。
「ようやく掴み始めた誘拐魔への足掛かりがこれで絶たれでもしたら···」
「ええっ?!そ、それを気にしていたのかい?!僕はてっきり」
「ああ、勿論チカに手を出した輩にキレたのはそうだ。
だが俺は俺自身も許せなくてだな···軽率な真似をしてしまった。
暴力でしかねじ伏せれない俺はお前の好機すら潰し···」
「しっかりしたまえ、僕の力が及ばない時の君の出番じゃあないか!」
持っていた物を横に全て投げ飛ばす。
柄にもなく塩らしい様子に不安を覚え、詰め寄る。
「···それとも、嫌になったのかい?」
「好きだ、仕事もチカも。」
「そ······んん??」
「だから完璧にこなしたかった、だが俺も不器よ···」
「待って、今、なんて言った?仕事も、以外のとこ」
「チカも好きだ。」
「ちょ、そ、それは···likeの方、だよね?」
「いや?本心からだぞ。」
「んびゃあああ?!」
雨音に混じり響く絶叫。発狂しながら赤面しながら悶えるチカ。
その有様を前に、イチゴはかえって冷静になれた。
「···嫌だったか?」
「そそそんなわけないだろうー?!
う、嬉しいに、決まってるじゃないか?!
君から!ド好みの君から!夢から飛び出したみたいに理想的な君からだぞ!
君の主になれるって思った時からずっとドキドキしてたのに!」
そういえば主従関係だった。
お互い対等に接し続けていたため忘れかけていた。
「じゃあ嫌で泣いたわけじゃないんだな。」
こくり、と頷く。
滝の様に溢れ出る涙。嬉し涙にしては取り乱しすぎな気もする。
チカの素性は未だ知らない部分も多く、問い詰めたい所だが
とにかく先ずは落ち着かせたく···抱き寄せた。
食屍鬼は流す涙がない。感情の欠落ではなく、体質の問題。
それ故か、ヒトの涙は沁みる···
···そんな穏やかな空気を遮ったのは端末に届いた一本の着信。
仕事用の端末、相手は例のマフィアから。
無言で視線を合わせ、頷き、イチゴが応答する。
今のチカは対応できる状態ではない。
「···なんだ?」
「お、ダンナか。
そう凄むな、あんたと喧嘩なんてできねえよ。この有様を見たらさ」
「お前は···あの時いなかったな?」
貫禄のある、低く響く中年の声。
若い連中にはなかった滲み出る気迫ですぐに実力者だと判った。
「ああ、というのも俺が留守の間に騒ぎを起こしたみてえだな。
若頭補佐は俺だが、部下が成りきっていてよ。
うちの馬鹿共が勝手な真似をしていたのは謝るぜ。」
当初から話も所々矛盾があり、束ねる風格もないと怪しんではいたが
それは相手が影武者を使っていたわけでなく
勝手に若頭補佐を名乗っていたチンピラの仕業であったという。
「そう言われてしまうと···俺も少々やり過ぎたな。」
「はっはっは、少々どころじゃねえやい!
だがこいつ等の頭冷やすのに丁度良かったさ。
むしろオレは筋を通すあんた等が気に入ってよ。
古株とはいえ組では端から数えた方が早いオレだが
手伝える事があったら言ってくれねえかい?」
「それは···協力を申し出てくれたと解釈していいのか?」
「そうだ。
アウトロー方面で困った事があったら月季のロサって名前を出しな。
通用するエリアを有効活用してくれ。」
「古くても薔薇の名を授かった株が落ちぶれるわけなかろう。
ありがとう、助かる。」
誘拐魔の所属組織は根が太い強大な反社会的組織らしく
幹部クラスや身内に薔薇の名が与えられているのだ。
頼もしい人脈に恵まれ、二人はようやく安堵を取り戻した。
車両での移動はチカには久々で、本来なら燥いでいた所だが
顰め面で淡々と運転をしているイチゴが空気を重くし、それどころではなかった。
彼の機嫌が悪いのは依頼先でのひと悶着が原因である。
マフィアが絡むやや危険な現場だったのは承知であったが
依頼主とその部下達に、チカに色目を使う者や下品な応対をする者
挙げ句目の前で連れ込もうとした輩がいたのだ。
その挑発的行動に堪忍袋の緒が切れたイチゴは···
息があったから命だけは助かっていると信じたいが
その場にいた者を全員動かなくなるほど殴り倒したので
組織としては半壊させてしまった可能性すらある。
車も返却し、無事帰宅も果たす。
雨が振り、暗い夜が益々暗くなる。アザルシスの雨は臭くて汚い。
屋内まで汚されないようしっかり戸締まりをする。
「······すまなかった。」
「へ?」
そろそろ就寝の時間と思い布団を敷き始めた時である。
久々に出た言葉はイチゴからの謝罪だ。
「ようやく掴み始めた誘拐魔への足掛かりがこれで絶たれでもしたら···」
「ええっ?!そ、それを気にしていたのかい?!僕はてっきり」
「ああ、勿論チカに手を出した輩にキレたのはそうだ。
だが俺は俺自身も許せなくてだな···軽率な真似をしてしまった。
暴力でしかねじ伏せれない俺はお前の好機すら潰し···」
「しっかりしたまえ、僕の力が及ばない時の君の出番じゃあないか!」
持っていた物を横に全て投げ飛ばす。
柄にもなく塩らしい様子に不安を覚え、詰め寄る。
「···それとも、嫌になったのかい?」
「好きだ、仕事もチカも。」
「そ······んん??」
「だから完璧にこなしたかった、だが俺も不器よ···」
「待って、今、なんて言った?仕事も、以外のとこ」
「チカも好きだ。」
「ちょ、そ、それは···likeの方、だよね?」
「いや?本心からだぞ。」
「んびゃあああ?!」
雨音に混じり響く絶叫。発狂しながら赤面しながら悶えるチカ。
その有様を前に、イチゴはかえって冷静になれた。
「···嫌だったか?」
「そそそんなわけないだろうー?!
う、嬉しいに、決まってるじゃないか?!
君から!ド好みの君から!夢から飛び出したみたいに理想的な君からだぞ!
君の主になれるって思った時からずっとドキドキしてたのに!」
そういえば主従関係だった。
お互い対等に接し続けていたため忘れかけていた。
「じゃあ嫌で泣いたわけじゃないんだな。」
こくり、と頷く。
滝の様に溢れ出る涙。嬉し涙にしては取り乱しすぎな気もする。
チカの素性は未だ知らない部分も多く、問い詰めたい所だが
とにかく先ずは落ち着かせたく···抱き寄せた。
食屍鬼は流す涙がない。感情の欠落ではなく、体質の問題。
それ故か、ヒトの涙は沁みる···
···そんな穏やかな空気を遮ったのは端末に届いた一本の着信。
仕事用の端末、相手は例のマフィアから。
無言で視線を合わせ、頷き、イチゴが応答する。
今のチカは対応できる状態ではない。
「···なんだ?」
「お、ダンナか。
そう凄むな、あんたと喧嘩なんてできねえよ。この有様を見たらさ」
「お前は···あの時いなかったな?」
貫禄のある、低く響く中年の声。
若い連中にはなかった滲み出る気迫ですぐに実力者だと判った。
「ああ、というのも俺が留守の間に騒ぎを起こしたみてえだな。
若頭補佐は俺だが、部下が成りきっていてよ。
うちの馬鹿共が勝手な真似をしていたのは謝るぜ。」
当初から話も所々矛盾があり、束ねる風格もないと怪しんではいたが
それは相手が影武者を使っていたわけでなく
勝手に若頭補佐を名乗っていたチンピラの仕業であったという。
「そう言われてしまうと···俺も少々やり過ぎたな。」
「はっはっは、少々どころじゃねえやい!
だがこいつ等の頭冷やすのに丁度良かったさ。
むしろオレは筋を通すあんた等が気に入ってよ。
古株とはいえ組では端から数えた方が早いオレだが
手伝える事があったら言ってくれねえかい?」
「それは···協力を申し出てくれたと解釈していいのか?」
「そうだ。
アウトロー方面で困った事があったら月季のロサって名前を出しな。
通用するエリアを有効活用してくれ。」
「古くても薔薇の名を授かった株が落ちぶれるわけなかろう。
ありがとう、助かる。」
誘拐魔の所属組織は根が太い強大な反社会的組織らしく
幹部クラスや身内に薔薇の名が与えられているのだ。
頼もしい人脈に恵まれ、二人はようやく安堵を取り戻した。
告白をしてから益々距離感が縮まった。
聞けば、チカにとって食屍鬼は高嶺の花。
上流階級の従者か或いは独立し、高潔或いは硬派で
恵まれた体格と人外特有の長命から
異性に靡かず性に興味を示さず
人一人喰らえば一騎当千の強さを見せつける猛将だと。
なのでウォリック博士から招待を受けた時には耳を疑ったとか。
話を聞いて苦笑いをするイチゴ。
「そんな高尚な存在ではない、もっと俗っぽいと思うぞ。感性は人間と大差ない。
他の個体も巧く隠しながら活躍しているんだろうな。」
「そうなの?!」
「そうだ。···ああ、言われてみれば
博士もその先入観を拭おうと努めていたようだった。
これから改良も重なれば俺よりもフランクで強い奴もできるんじゃないか?」
「同じ顔でもイチゴくんが一番強くてかっこいいんだい!!」
そうもストレートに惚気けられると調子が狂う···
厳つい見た目も相俟って硬派に思われていたようだが
普通に色を知っているし、伴侶がいる個体だっている。
ヒモのような生活もしている個体もいるとも噂が···
「色といえば···」
「ん?」
趣味に素直なチカがひた隠しにしていた一角があり···
触れないようにはしてきたが、偶然見つけてしまったのだ···
「そ、それはっ?!」
「好青年同士の友情に愛情が加わる名作『鴉と鳩』···」
の、コピーROM。ジャンク品でも買い漁ったのだろう。
他2点類似品を確認、チカの嗜好趣味と断言できる。
「あわっあわわわ······紛れもなく僕のだけども···」
「チカ、あくまで趣味なんだろう?判っている。」
「うう、イチゴくん···」
「俺もエロいのは普通に嗜むしな。」
「えっ?!」
まさしくハトが豆鉄砲を喰らったかのような顔をした。
先日の騒ぎもあり、性的表現に嫌悪感を抱く先入観を与えたようだが
そんな事はない。少なくともイチゴは違う。
「そ、そう···そっかあ······」
途端によそよそしくなる。
「チカ?」
「ぼ、僕では駄目かな···満足させれないかな···」
明らかにいつもと違う上目遣い···誘っている。
「······チカ、無防備な格好のお前を前にして
俺は常日頃抑えるのに必死だったんだぞ。」
「ご、ごめん。」
「満足させれないかだって?此方の台詞だ。」
先ず、唇を重ねた······
瞬く間に夜が更ける···
アザルシスに昼夜を知らせる日差しが無いとはいえ
二人共夢中になり、時間を忘れていた。
この日に何の予定も無いのが幸いである。
起き上がれない。
チカが寝ながらも無意識に抱き付いて離さない。
なので手を伸ばして自分の端末を取り、暇を潰すのに徹する···
これはあくまで趣味、本命はチカ、と自身に言い聞かせながら動画を嗜む。
音を消した分、画により集中できた。
···なので、見つけてしまったとある物。咄嗟にチカを揺さぶり起こす。
「う、うぅん···どしたの?」
「見ろ、この背中。縫い目も無い横一文字の切り傷···」
「こ、これは?!それに黄金の瞳に毛色!
間違いない、シイちゃんだ!!!!助けないと!!」
チカの友達の一人、シイちゃん。
容姿端麗で目立つ風貌とは裏腹に、臆病が過ぎて本性を表に出さない
護りたくなる哀しい演技派だったが、真っ先に拐われた人物。
背中の切り傷は逆上した軟派男にナイフで切られた痕で
貧困生活で工面叶わず医師の治療も受けれなかったため
縫合されないまま、心の傷と共に残ってしまった物。
いざという時のためにと友達各位の特徴は聞いて
記憶していたのが功を成したようだ。発見のきっかけはともかく。
未加工を良い事に画像から撮影現場や投稿者を辿りつつ
少々気恥ずかしいが月季のロサにも頼り
望まぬ売春婦を特定し対象を絞っていく···
とある廃ビル。内部一角に判りやすく手の行き届いた一室がある。
ここは6階、飛び降り逃げる事は人間には出来ない。
それは被害者だけでなく加害者にも言える事。
迷わず扉を開けた。食屍鬼の怪力の前に施錠は役目を果たせない。
「なっ···食屍鬼?!ビクスバイト?!」
「個体違いだ。」
光る指先が取り巻きの男二人の膝を撃ち、出鼻をくじかせる。
驚き竦み上がる肥えた男は、女性にのしかかって離れないため首を掴んで持ち上げた。
自らの重みで首が締まり、もがき苦しむ···動かなくなってから手を離した。
「シイちゃん!」
「えっ?!···チ、チカちゃん?!」
「そうだよ!助けに来たよ!遅くなってしまってごめんよ!」
「そんな、私助かるの?あ、ありがとう······」
泣きながら抱き合う二人。十数年ぶりの再会。
女同士の感動的な友情を尻目に、イチゴは男を脅迫していた。
膝を撃たれた男の髪を掴み上げると、相手は痛がりつつも拳銃を突き出す。
だがそれすら空いた手で掴み、握り潰したのだ。
「ひっ···」
「発砲した所で俺を殺すに至らないがな、こんな小さい銃。
それで、お前達は誰の指示で小遣い稼ぎをしていたんだ?」
「い、言えるわけねえだろそんなの···!」
「じゃあ足先からゆっくりお前を喰うとするかな。」
「わああああ判った言えば良いんだろ?!マイカイ、玫瑰だよ!
飛び級でトップクラスになって最近調子に乗ってる白髪野郎だ!
どうせ気に入らなかったし言ってやらぁ!!」
月季のロサでも知り得なかった、トップ層幹部の通り名。
こんなチンピラが知っているのは恐らく組織内でも派閥があり
独自の人選で小間使いしていたからであろう。
手柄を独占するためだとか、理由は様々考えられる。
「玫瑰···!そいつが誘拐魔なんだね?!」
「そう···あの人がそうなの、あの人に拐われてるの。皆。
すごく優しくて善い人だと思って、誘われて、穏やかに過ごしていたのに
気づいたら怖い人に囲まれて乱暴されるようになって···」
絶句しながらもチカは、泣き崩れる友を宥める為背中を優しく擦る。
皆というからには他の友或いは被害者も見てきたのか
お互い無力なまますれ違った、といった所だろう。
「へっ、お前なんてまだ運が良い方だぜ···」
この期に及んで減らず口か?
男の腹部を蹴り上げ、血反吐を吐かす。もう動かない。
「ああっイチゴくん何て事を···」
「生きてるだけでも運が良い。と、こいつも言っただろ?
病院にぶち込んで詳しい事は月季のロサに吐かせよう。」
と、男二人を両脇に抱え連行しようとするも、チカは慌てて阻止する。
「ま、まだあそこにもう一人いるではないか?!」
「らしくないな?落ち着け、あいつはもう事切れてる。」
恐る恐る倒れた男に近づき確認すると、舌を噛み切っていたのが判った。
人食いともなると死相がすぐに判るのだ。
聞けば、チカにとって食屍鬼は高嶺の花。
上流階級の従者か或いは独立し、高潔或いは硬派で
恵まれた体格と人外特有の長命から
異性に靡かず性に興味を示さず
人一人喰らえば一騎当千の強さを見せつける猛将だと。
なのでウォリック博士から招待を受けた時には耳を疑ったとか。
話を聞いて苦笑いをするイチゴ。
「そんな高尚な存在ではない、もっと俗っぽいと思うぞ。感性は人間と大差ない。
他の個体も巧く隠しながら活躍しているんだろうな。」
「そうなの?!」
「そうだ。···ああ、言われてみれば
博士もその先入観を拭おうと努めていたようだった。
これから改良も重なれば俺よりもフランクで強い奴もできるんじゃないか?」
「同じ顔でもイチゴくんが一番強くてかっこいいんだい!!」
そうもストレートに惚気けられると調子が狂う···
厳つい見た目も相俟って硬派に思われていたようだが
普通に色を知っているし、伴侶がいる個体だっている。
ヒモのような生活もしている個体もいるとも噂が···
「色といえば···」
「ん?」
趣味に素直なチカがひた隠しにしていた一角があり···
触れないようにはしてきたが、偶然見つけてしまったのだ···
「そ、それはっ?!」
「好青年同士の友情に愛情が加わる名作『鴉と鳩』···」
の、コピーROM。ジャンク品でも買い漁ったのだろう。
他2点類似品を確認、チカの嗜好趣味と断言できる。
「あわっあわわわ······紛れもなく僕のだけども···」
「チカ、あくまで趣味なんだろう?判っている。」
「うう、イチゴくん···」
「俺もエロいのは普通に嗜むしな。」
「えっ?!」
まさしくハトが豆鉄砲を喰らったかのような顔をした。
先日の騒ぎもあり、性的表現に嫌悪感を抱く先入観を与えたようだが
そんな事はない。少なくともイチゴは違う。
「そ、そう···そっかあ······」
途端によそよそしくなる。
「チカ?」
「ぼ、僕では駄目かな···満足させれないかな···」
明らかにいつもと違う上目遣い···誘っている。
「······チカ、無防備な格好のお前を前にして
俺は常日頃抑えるのに必死だったんだぞ。」
「ご、ごめん。」
「満足させれないかだって?此方の台詞だ。」
先ず、唇を重ねた······
瞬く間に夜が更ける···
アザルシスに昼夜を知らせる日差しが無いとはいえ
二人共夢中になり、時間を忘れていた。
この日に何の予定も無いのが幸いである。
起き上がれない。
チカが寝ながらも無意識に抱き付いて離さない。
なので手を伸ばして自分の端末を取り、暇を潰すのに徹する···
これはあくまで趣味、本命はチカ、と自身に言い聞かせながら動画を嗜む。
音を消した分、画により集中できた。
···なので、見つけてしまったとある物。咄嗟にチカを揺さぶり起こす。
「う、うぅん···どしたの?」
「見ろ、この背中。縫い目も無い横一文字の切り傷···」
「こ、これは?!それに黄金の瞳に毛色!
間違いない、シイちゃんだ!!!!助けないと!!」
チカの友達の一人、シイちゃん。
容姿端麗で目立つ風貌とは裏腹に、臆病が過ぎて本性を表に出さない
護りたくなる哀しい演技派だったが、真っ先に拐われた人物。
背中の切り傷は逆上した軟派男にナイフで切られた痕で
貧困生活で工面叶わず医師の治療も受けれなかったため
縫合されないまま、心の傷と共に残ってしまった物。
いざという時のためにと友達各位の特徴は聞いて
記憶していたのが功を成したようだ。発見のきっかけはともかく。
未加工を良い事に画像から撮影現場や投稿者を辿りつつ
少々気恥ずかしいが月季のロサにも頼り
望まぬ売春婦を特定し対象を絞っていく···
とある廃ビル。内部一角に判りやすく手の行き届いた一室がある。
ここは6階、飛び降り逃げる事は人間には出来ない。
それは被害者だけでなく加害者にも言える事。
迷わず扉を開けた。食屍鬼の怪力の前に施錠は役目を果たせない。
「なっ···食屍鬼?!ビクスバイト?!」
「個体違いだ。」
光る指先が取り巻きの男二人の膝を撃ち、出鼻をくじかせる。
驚き竦み上がる肥えた男は、女性にのしかかって離れないため首を掴んで持ち上げた。
自らの重みで首が締まり、もがき苦しむ···動かなくなってから手を離した。
「シイちゃん!」
「えっ?!···チ、チカちゃん?!」
「そうだよ!助けに来たよ!遅くなってしまってごめんよ!」
「そんな、私助かるの?あ、ありがとう······」
泣きながら抱き合う二人。十数年ぶりの再会。
女同士の感動的な友情を尻目に、イチゴは男を脅迫していた。
膝を撃たれた男の髪を掴み上げると、相手は痛がりつつも拳銃を突き出す。
だがそれすら空いた手で掴み、握り潰したのだ。
「ひっ···」
「発砲した所で俺を殺すに至らないがな、こんな小さい銃。
それで、お前達は誰の指示で小遣い稼ぎをしていたんだ?」
「い、言えるわけねえだろそんなの···!」
「じゃあ足先からゆっくりお前を喰うとするかな。」
「わああああ判った言えば良いんだろ?!マイカイ、玫瑰だよ!
飛び級でトップクラスになって最近調子に乗ってる白髪野郎だ!
どうせ気に入らなかったし言ってやらぁ!!」
月季のロサでも知り得なかった、トップ層幹部の通り名。
こんなチンピラが知っているのは恐らく組織内でも派閥があり
独自の人選で小間使いしていたからであろう。
手柄を独占するためだとか、理由は様々考えられる。
「玫瑰···!そいつが誘拐魔なんだね?!」
「そう···あの人がそうなの、あの人に拐われてるの。皆。
すごく優しくて善い人だと思って、誘われて、穏やかに過ごしていたのに
気づいたら怖い人に囲まれて乱暴されるようになって···」
絶句しながらもチカは、泣き崩れる友を宥める為背中を優しく擦る。
皆というからには他の友或いは被害者も見てきたのか
お互い無力なまますれ違った、といった所だろう。
「へっ、お前なんてまだ運が良い方だぜ···」
この期に及んで減らず口か?
男の腹部を蹴り上げ、血反吐を吐かす。もう動かない。
「ああっイチゴくん何て事を···」
「生きてるだけでも運が良い。と、こいつも言っただろ?
病院にぶち込んで詳しい事は月季のロサに吐かせよう。」
と、男二人を両脇に抱え連行しようとするも、チカは慌てて阻止する。
「ま、まだあそこにもう一人いるではないか?!」
「らしくないな?落ち着け、あいつはもう事切れてる。」
恐る恐る倒れた男に近づき確認すると、舌を噛み切っていたのが判った。
人食いともなると死相がすぐに判るのだ。
拐われた者達は拐われた自覚すらない。
玫瑰の傍は居心地が良いと錯覚して、逆に喜んで身を捧げている。
逃げれない、ではなく、逃げるという選択肢の消失。
共に逃げようと企てた仲間を殺した者がいると聞いて
絶望したシイも逃げる意思を削がれたのだ。
「まるで洗脳のようだね。」
「どんな巧みな話術を使っているやら。」
病室で友の回復と安眠を確認し、帰路に発つ二人。
ちなみに先日の男達は別の病院で意識不明のままだ。
「僕が思うに恐怖とは逆に、優しさや鷹揚さで弱みに漬け込んでると思うんだ。
北風と太陽理論!」
「弱みな···社会的弱者とかか?」
「うーん、でもそれだと『愚落』もそうじゃない?」
「あの破落戸連中か···例外だ。
神性生物がいるかも判らん所に喧嘩を売るのは阿呆しかいない。
化け物みたいな食屍鬼が用心棒についているようだし、拐わせないだろうな。」
「僕が思ったよりずっと逞しかった···」
「そういえばどちらも実力者のくせに正体を伏せるのが巧いよな···」
「トップ層幹部っていうくらいだから犯行を重ねただろうに
今の今まで名前すら判らなかった玫瑰···
スキは突くけどスキは見せない、恐ろしい奴···!」
「厳しい相手になりそうだが、暴いてやろう。」
イチゴの含みのある笑みを見て首を傾げる。
「あまりにも社会的脅威の存在となるならば
人間だけでなく俺達食屍鬼にとっても障害となり、出ざるを得なくなる。」
「え、それって···?!」
「近日博士に用事があってな。
同胞から助力を得られないか相談してみようと思っていた所だ。」
「それは頼もしい!
でも君達みたいに強いヒトが集まったら、マフィアの抗争に巻き込まれないかい?」
「俺達もお前達も生まれた時から既に敵に囲まれている。
マフィアだけでなく異形や神性生物にも。
戦い挑むのは早いか遅いかの問題だ。
だがそのきっかけや熱量は···守り抜きたい者ができた瞬間から生じて変わる。
俺にとってのそれがお前だよ。尽くさせてくれ、チカ。」
「い、イ、イチゴくん······」
歓喜、困惑、焦燥諸々···複雑そうな表情で赤面したがついに顔を覆った。
「なんでそんな嬉しい事ばかり言ってくれるんだい君は〜···」
「なんでだろうな?俺自身も不思議に思う。お前の前だと素直になれる。」
数十ヶ月ぶりに会った博士からも
人相が変わった、穏やかで別個体かと思った、とも言われた。
「君のケアに大ハマリしたみたいだね。
評判も良好傾向になってきたし。」
「お陰様で···所で例の件ですが···」
「ああ、彼に頼ると良い。末尾No.21、君の後輩個体だ。
くせ者で一言多いけど悪気は多分ないからお手柔らかにね。」
「21?いつの間に随分ナンバリングが進みましたね?」
「もっっっと進んでいるよ?製造に携わる博士が増えて競争状態さ···」
そう嘆きながら手渡したのはとある居酒屋で使われてるプレート。
その店にサファイアがいる、という意味だ。
其処は人外や異形の常連客ばかりで人間が近寄り難い老舗···
「お、来たな。まあ探偵の助手らしいし妥当か?」
「酒席で茶化すな。」
「ひひ、そう固くなるなよ。薔薇の養分になるぜ?」
床座りの座席、テーブルを挟んで向かい合う形で座る。
既に呑んでいるが肴はない。クセの強い酒を空けていた模様。
同じ顔の別人とは言ったものだが、不思議な感覚である···
青緑のワイシャツ、肌けた胸元からちらりと見える宇治の橋姫の入れ墨。
アウトロー寄りの個体だ。
「薔薇、というからには既に色々伝わっているようだな?」
「そりゃあもう。ていうかちょっとした有名人だぜあんたら。
美女と野獣ならぬかわいこちゃんと猛獣。」
煽られたようで褒められた気になれない。
「あんた等が相手してんのはでかいマフィアの幹部だ。
三大マフィアの一つ『貪』、人身売買が主な稼業のとこさ。」
「人身売買だと······」
「ああ、元々盗賊団だったがある野郎の介入を期に一変。
拠点である砂漠地帯だけでなく市場までじわじわ占めるまでになった。」
「市場···厄介だな、彼処には政治に関わる権力者も少なくはない。」
「そうだ、ご自慢の怪力が振るえない相手ばかりだぜ。
だけどな、へへへ、聞いて驚け。そんな『貪』の組長どんな奴だと思う?」
「さあな、想像もつかない。」
「食屍鬼だよ、食屍鬼。」
「なっ···」
その個体はウォリック博士が造った者ではないが末尾No.39と若く
名をデザートローズという。組織を持つとは···食屍鬼の概念が崩れた。
「そいつの一族が組織上層部を占めてるから青肌ばかりらしいぜ。」
「玫瑰でそんな特徴聞いていなかったが···いや、待てよ。
飛び級とか言っていたな、人間でありながら認められたと?」
「とんでもねえやべー奴だって判ってきたかい?
人間だけどその敏腕っぷりは人外並、メンタルは異形ってとこかな···」
酒も頼まずに話し込むイチゴを見兼ねて店員が割って入ってきた。
顔の無い店員だが、何処からか聴こえる声には怒気がある。
高いが、盃一杯で済む物を頼んで追い払った。
「人身売買が稼業···玫瑰は有能な誘拐魔、気に入られる理由はそこか?」
「ん〜、ちょっと違うと思うぜ。
気に入られたいから有能な誘拐魔になったんじゃね?」
「根拠はあるのか?」
「組長に心酔してんだよ。美形らしいし抱かれたかもなあ。」
「うん?女、か···?」
「まだ頭固いなあんた、それはさておき一筋縄で行かねぇのは伝わったか?
俺も忙しくてな、判ってるのはここまでだ。」
「十分だ、かなり深堀りできた。」
注文した酒が来た所で乾杯。
「ところで、あんたなんて名前だっけ。俺はサファイア。」
「······」
「な、なんだ?名乗る名は無いってか?盃交わしておいて」
なんとなく、他の者にイチゴと呼ばせたくなかった。
「···ああ、名といえばビクスバイトという名に心当たりはないか?」
「誤魔化しやがった···まあいいか。知ってるも何も俺が敬愛してる大先輩だ。
それこそなんであんたが知ってんだ?」
「チンピラにその人と間違えられたからには
食屍鬼とは思っていたがやはり···」
「裏社会にふらりと現れては不届き物を蹴散らす流離い人さ。
あの人の剣は時に大物も断つ。燻し銀だよ。」
「俺は剣は使っていないぞ···」
「俺もだよ。俺の武器(異能)は…おっと今は伏せておくか。」
「誤魔化したな、まあいいか。これで御愛顧だ。」
玫瑰の傍は居心地が良いと錯覚して、逆に喜んで身を捧げている。
逃げれない、ではなく、逃げるという選択肢の消失。
共に逃げようと企てた仲間を殺した者がいると聞いて
絶望したシイも逃げる意思を削がれたのだ。
「まるで洗脳のようだね。」
「どんな巧みな話術を使っているやら。」
病室で友の回復と安眠を確認し、帰路に発つ二人。
ちなみに先日の男達は別の病院で意識不明のままだ。
「僕が思うに恐怖とは逆に、優しさや鷹揚さで弱みに漬け込んでると思うんだ。
北風と太陽理論!」
「弱みな···社会的弱者とかか?」
「うーん、でもそれだと『愚落』もそうじゃない?」
「あの破落戸連中か···例外だ。
神性生物がいるかも判らん所に喧嘩を売るのは阿呆しかいない。
化け物みたいな食屍鬼が用心棒についているようだし、拐わせないだろうな。」
「僕が思ったよりずっと逞しかった···」
「そういえばどちらも実力者のくせに正体を伏せるのが巧いよな···」
「トップ層幹部っていうくらいだから犯行を重ねただろうに
今の今まで名前すら判らなかった玫瑰···
スキは突くけどスキは見せない、恐ろしい奴···!」
「厳しい相手になりそうだが、暴いてやろう。」
イチゴの含みのある笑みを見て首を傾げる。
「あまりにも社会的脅威の存在となるならば
人間だけでなく俺達食屍鬼にとっても障害となり、出ざるを得なくなる。」
「え、それって···?!」
「近日博士に用事があってな。
同胞から助力を得られないか相談してみようと思っていた所だ。」
「それは頼もしい!
でも君達みたいに強いヒトが集まったら、マフィアの抗争に巻き込まれないかい?」
「俺達もお前達も生まれた時から既に敵に囲まれている。
マフィアだけでなく異形や神性生物にも。
戦い挑むのは早いか遅いかの問題だ。
だがそのきっかけや熱量は···守り抜きたい者ができた瞬間から生じて変わる。
俺にとってのそれがお前だよ。尽くさせてくれ、チカ。」
「い、イ、イチゴくん······」
歓喜、困惑、焦燥諸々···複雑そうな表情で赤面したがついに顔を覆った。
「なんでそんな嬉しい事ばかり言ってくれるんだい君は〜···」
「なんでだろうな?俺自身も不思議に思う。お前の前だと素直になれる。」
数十ヶ月ぶりに会った博士からも
人相が変わった、穏やかで別個体かと思った、とも言われた。
「君のケアに大ハマリしたみたいだね。
評判も良好傾向になってきたし。」
「お陰様で···所で例の件ですが···」
「ああ、彼に頼ると良い。末尾No.21、君の後輩個体だ。
くせ者で一言多いけど悪気は多分ないからお手柔らかにね。」
「21?いつの間に随分ナンバリングが進みましたね?」
「もっっっと進んでいるよ?製造に携わる博士が増えて競争状態さ···」
そう嘆きながら手渡したのはとある居酒屋で使われてるプレート。
その店にサファイアがいる、という意味だ。
其処は人外や異形の常連客ばかりで人間が近寄り難い老舗···
「お、来たな。まあ探偵の助手らしいし妥当か?」
「酒席で茶化すな。」
「ひひ、そう固くなるなよ。薔薇の養分になるぜ?」
床座りの座席、テーブルを挟んで向かい合う形で座る。
既に呑んでいるが肴はない。クセの強い酒を空けていた模様。
同じ顔の別人とは言ったものだが、不思議な感覚である···
青緑のワイシャツ、肌けた胸元からちらりと見える宇治の橋姫の入れ墨。
アウトロー寄りの個体だ。
「薔薇、というからには既に色々伝わっているようだな?」
「そりゃあもう。ていうかちょっとした有名人だぜあんたら。
美女と野獣ならぬかわいこちゃんと猛獣。」
煽られたようで褒められた気になれない。
「あんた等が相手してんのはでかいマフィアの幹部だ。
三大マフィアの一つ『貪』、人身売買が主な稼業のとこさ。」
「人身売買だと······」
「ああ、元々盗賊団だったがある野郎の介入を期に一変。
拠点である砂漠地帯だけでなく市場までじわじわ占めるまでになった。」
「市場···厄介だな、彼処には政治に関わる権力者も少なくはない。」
「そうだ、ご自慢の怪力が振るえない相手ばかりだぜ。
だけどな、へへへ、聞いて驚け。そんな『貪』の組長どんな奴だと思う?」
「さあな、想像もつかない。」
「食屍鬼だよ、食屍鬼。」
「なっ···」
その個体はウォリック博士が造った者ではないが末尾No.39と若く
名をデザートローズという。組織を持つとは···食屍鬼の概念が崩れた。
「そいつの一族が組織上層部を占めてるから青肌ばかりらしいぜ。」
「玫瑰でそんな特徴聞いていなかったが···いや、待てよ。
飛び級とか言っていたな、人間でありながら認められたと?」
「とんでもねえやべー奴だって判ってきたかい?
人間だけどその敏腕っぷりは人外並、メンタルは異形ってとこかな···」
酒も頼まずに話し込むイチゴを見兼ねて店員が割って入ってきた。
顔の無い店員だが、何処からか聴こえる声には怒気がある。
高いが、盃一杯で済む物を頼んで追い払った。
「人身売買が稼業···玫瑰は有能な誘拐魔、気に入られる理由はそこか?」
「ん〜、ちょっと違うと思うぜ。
気に入られたいから有能な誘拐魔になったんじゃね?」
「根拠はあるのか?」
「組長に心酔してんだよ。美形らしいし抱かれたかもなあ。」
「うん?女、か···?」
「まだ頭固いなあんた、それはさておき一筋縄で行かねぇのは伝わったか?
俺も忙しくてな、判ってるのはここまでだ。」
「十分だ、かなり深堀りできた。」
注文した酒が来た所で乾杯。
「ところで、あんたなんて名前だっけ。俺はサファイア。」
「······」
「な、なんだ?名乗る名は無いってか?盃交わしておいて」
なんとなく、他の者にイチゴと呼ばせたくなかった。
「···ああ、名といえばビクスバイトという名に心当たりはないか?」
「誤魔化しやがった···まあいいか。知ってるも何も俺が敬愛してる大先輩だ。
それこそなんであんたが知ってんだ?」
「チンピラにその人と間違えられたからには
食屍鬼とは思っていたがやはり···」
「裏社会にふらりと現れては不届き物を蹴散らす流離い人さ。
あの人の剣は時に大物も断つ。燻し銀だよ。」
「俺は剣は使っていないぞ···」
「俺もだよ。俺の武器(異能)は…おっと今は伏せておくか。」
「誤魔化したな、まあいいか。これで御愛顧だ。」