蟹〜
拐われた者達は拐われた自覚すらない。
玫瑰の傍は居心地が良いと錯覚して、逆に喜んで身を捧げている。
逃げれない、ではなく、逃げるという選択肢の消失。
共に逃げようと企てた仲間を殺した者がいると聞いて
絶望したシイも逃げる意思を削がれたのだ。
「まるで洗脳のようだね。」
「どんな巧みな話術を使っているやら。」
病室で友の回復と安眠を確認し、帰路に発つ二人。
ちなみに先日の男達は別の病院で意識不明のままだ。
「僕が思うに恐怖とは逆に、優しさや鷹揚さで弱みに漬け込んでると思うんだ。
北風と太陽理論!」
「弱みな···社会的弱者とかか?」
「うーん、でもそれだと『愚落』もそうじゃない?」
「あの破落戸連中か···例外だ。
神性生物がいるかも判らん所に喧嘩を売るのは阿呆しかいない。
化け物みたいな食屍鬼が用心棒についているようだし、拐わせないだろうな。」
「僕が思ったよりずっと逞しかった···」
「そういえばどちらも実力者のくせに正体を伏せるのが巧いよな···」
「トップ層幹部っていうくらいだから犯行を重ねただろうに
今の今まで名前すら判らなかった玫瑰···
スキは突くけどスキは見せない、恐ろしい奴···!」
「厳しい相手になりそうだが、暴いてやろう。」
イチゴの含みのある笑みを見て首を傾げる。
「あまりにも社会的脅威の存在となるならば
人間だけでなく俺達食屍鬼にとっても障害となり、出ざるを得なくなる。」
「え、それって···?!」
「近日博士に用事があってな。
同胞から助力を得られないか相談してみようと思っていた所だ。」
「それは頼もしい!
でも君達みたいに強いヒトが集まったら、マフィアの抗争に巻き込まれないかい?」
「俺達もお前達も生まれた時から既に敵に囲まれている。
マフィアだけでなく異形や神性生物にも。
戦い挑むのは早いか遅いかの問題だ。
だがそのきっかけや熱量は···守り抜きたい者ができた瞬間から生じて変わる。
俺にとってのそれがお前だよ。尽くさせてくれ、チカ。」
「い、イ、イチゴくん······」
歓喜、困惑、焦燥諸々···複雑そうな表情で赤面したがついに顔を覆った。
「なんでそんな嬉しい事ばかり言ってくれるんだい君は〜···」
「なんでだろうな?俺自身も不思議に思う。お前の前だと素直になれる。」
数十ヶ月ぶりに会った博士からも
人相が変わった、穏やかで別個体かと思った、とも言われた。
「君のケアに大ハマリしたみたいだね。
評判も良好傾向になってきたし。」
「お陰様で···所で例の件ですが···」
「ああ、彼に頼ると良い。末尾No.21、君の後輩個体だ。
くせ者で一言多いけど悪気は多分ないからお手柔らかにね。」
「21?いつの間に随分ナンバリングが進みましたね?」
「もっっっと進んでいるよ?製造に携わる博士が増えて競争状態さ···」
そう嘆きながら手渡したのはとある居酒屋で使われてるプレート。
その店にサファイアがいる、という意味だ。
其処は人外や異形の常連客ばかりで人間が近寄り難い老舗···
「お、来たな。まあ探偵の助手らしいし妥当か?」
「酒席で茶化すな。」
「ひひ、そう固くなるなよ。薔薇の養分になるぜ?」
床座りの座席、テーブルを挟んで向かい合う形で座る。
既に呑んでいるが肴はない。クセの強い酒を空けていた模様。
同じ顔の別人とは言ったものだが、不思議な感覚である···
青緑のワイシャツ、肌けた胸元からちらりと見える宇治の橋姫の入れ墨。
アウトロー寄りの個体だ。
「薔薇、というからには既に色々伝わっているようだな?」
「そりゃあもう。ていうかちょっとした有名人だぜあんたら。
美女と野獣ならぬかわいこちゃんと猛獣。」
煽られたようで褒められた気になれない。
「あんた等が相手してんのはでかいマフィアの幹部だ。
三大マフィアの一つ『貪』、人身売買が主な稼業のとこさ。」
「人身売買だと······」
「ああ、元々盗賊団だったがある野郎の介入を期に一変。
拠点である砂漠地帯だけでなく市場までじわじわ占めるまでになった。」
「市場···厄介だな、彼処には政治に関わる権力者も少なくはない。」
「そうだ、ご自慢の怪力が振るえない相手ばかりだぜ。
だけどな、へへへ、聞いて驚け。そんな『貪』の組長どんな奴だと思う?」
「さあな、想像もつかない。」
「食屍鬼だよ、食屍鬼。」
「なっ···」
その個体はウォリック博士が造った者ではないが末尾No.39と若く
名をデザートローズという。組織を持つとは···食屍鬼の概念が崩れた。
「そいつの一族が組織上層部を占めてるから青肌ばかりらしいぜ。」
「玫瑰でそんな特徴聞いていなかったが···いや、待てよ。
飛び級とか言っていたな、人間でありながら認められたと?」
「とんでもねえやべー奴だって判ってきたかい?
人間だけどその敏腕っぷりは人外並、メンタルは異形ってとこかな···」
酒も頼まずに話し込むイチゴを見兼ねて店員が割って入ってきた。
顔の無い店員だが、何処からか聴こえる声には怒気がある。
高いが、盃一杯で済む物を頼んで追い払った。
「人身売買が稼業···玫瑰は有能な誘拐魔、気に入られる理由はそこか?」
「ん〜、ちょっと違うと思うぜ。
気に入られたいから有能な誘拐魔になったんじゃね?」
「根拠はあるのか?」
「組長に心酔してんだよ。美形らしいし抱かれたかもなあ。」
「うん?女、か···?」
「まだ頭固いなあんた、それはさておき一筋縄で行かねぇのは伝わったか?
俺も忙しくてな、判ってるのはここまでだ。」
「十分だ、かなり深堀りできた。」
注文した酒が来た所で乾杯。
「ところで、あんたなんて名前だっけ。俺はサファイア。」
「······」
「な、なんだ?名乗る名は無いってか?盃交わしておいて」
なんとなく、他の者にイチゴと呼ばせたくなかった。
「···ああ、名といえばビクスバイトという名に心当たりはないか?」
「誤魔化しやがった···まあいいか。知ってるも何も俺が敬愛してる大先輩だ。
それこそなんであんたが知ってんだ?」
「チンピラにその人と間違えられたからには
食屍鬼とは思っていたがやはり···」
「裏社会にふらりと現れては不届き物を蹴散らす流離い人さ。
あの人の剣は時に大物も断つ。燻し銀だよ。」
「俺は剣は使っていないぞ···」
「俺もだよ。俺の武器(異能)は…おっと今は伏せておくか。」
「誤魔化したな、まあいいか。これで御愛顧だ。」
玫瑰の傍は居心地が良いと錯覚して、逆に喜んで身を捧げている。
逃げれない、ではなく、逃げるという選択肢の消失。
共に逃げようと企てた仲間を殺した者がいると聞いて
絶望したシイも逃げる意思を削がれたのだ。
「まるで洗脳のようだね。」
「どんな巧みな話術を使っているやら。」
病室で友の回復と安眠を確認し、帰路に発つ二人。
ちなみに先日の男達は別の病院で意識不明のままだ。
「僕が思うに恐怖とは逆に、優しさや鷹揚さで弱みに漬け込んでると思うんだ。
北風と太陽理論!」
「弱みな···社会的弱者とかか?」
「うーん、でもそれだと『愚落』もそうじゃない?」
「あの破落戸連中か···例外だ。
神性生物がいるかも判らん所に喧嘩を売るのは阿呆しかいない。
化け物みたいな食屍鬼が用心棒についているようだし、拐わせないだろうな。」
「僕が思ったよりずっと逞しかった···」
「そういえばどちらも実力者のくせに正体を伏せるのが巧いよな···」
「トップ層幹部っていうくらいだから犯行を重ねただろうに
今の今まで名前すら判らなかった玫瑰···
スキは突くけどスキは見せない、恐ろしい奴···!」
「厳しい相手になりそうだが、暴いてやろう。」
イチゴの含みのある笑みを見て首を傾げる。
「あまりにも社会的脅威の存在となるならば
人間だけでなく俺達食屍鬼にとっても障害となり、出ざるを得なくなる。」
「え、それって···?!」
「近日博士に用事があってな。
同胞から助力を得られないか相談してみようと思っていた所だ。」
「それは頼もしい!
でも君達みたいに強いヒトが集まったら、マフィアの抗争に巻き込まれないかい?」
「俺達もお前達も生まれた時から既に敵に囲まれている。
マフィアだけでなく異形や神性生物にも。
戦い挑むのは早いか遅いかの問題だ。
だがそのきっかけや熱量は···守り抜きたい者ができた瞬間から生じて変わる。
俺にとってのそれがお前だよ。尽くさせてくれ、チカ。」
「い、イ、イチゴくん······」
歓喜、困惑、焦燥諸々···複雑そうな表情で赤面したがついに顔を覆った。
「なんでそんな嬉しい事ばかり言ってくれるんだい君は〜···」
「なんでだろうな?俺自身も不思議に思う。お前の前だと素直になれる。」
数十ヶ月ぶりに会った博士からも
人相が変わった、穏やかで別個体かと思った、とも言われた。
「君のケアに大ハマリしたみたいだね。
評判も良好傾向になってきたし。」
「お陰様で···所で例の件ですが···」
「ああ、彼に頼ると良い。末尾No.21、君の後輩個体だ。
くせ者で一言多いけど悪気は多分ないからお手柔らかにね。」
「21?いつの間に随分ナンバリングが進みましたね?」
「もっっっと進んでいるよ?製造に携わる博士が増えて競争状態さ···」
そう嘆きながら手渡したのはとある居酒屋で使われてるプレート。
その店にサファイアがいる、という意味だ。
其処は人外や異形の常連客ばかりで人間が近寄り難い老舗···
「お、来たな。まあ探偵の助手らしいし妥当か?」
「酒席で茶化すな。」
「ひひ、そう固くなるなよ。薔薇の養分になるぜ?」
床座りの座席、テーブルを挟んで向かい合う形で座る。
既に呑んでいるが肴はない。クセの強い酒を空けていた模様。
同じ顔の別人とは言ったものだが、不思議な感覚である···
青緑のワイシャツ、肌けた胸元からちらりと見える宇治の橋姫の入れ墨。
アウトロー寄りの個体だ。
「薔薇、というからには既に色々伝わっているようだな?」
「そりゃあもう。ていうかちょっとした有名人だぜあんたら。
美女と野獣ならぬかわいこちゃんと猛獣。」
煽られたようで褒められた気になれない。
「あんた等が相手してんのはでかいマフィアの幹部だ。
三大マフィアの一つ『貪』、人身売買が主な稼業のとこさ。」
「人身売買だと······」
「ああ、元々盗賊団だったがある野郎の介入を期に一変。
拠点である砂漠地帯だけでなく市場までじわじわ占めるまでになった。」
「市場···厄介だな、彼処には政治に関わる権力者も少なくはない。」
「そうだ、ご自慢の怪力が振るえない相手ばかりだぜ。
だけどな、へへへ、聞いて驚け。そんな『貪』の組長どんな奴だと思う?」
「さあな、想像もつかない。」
「食屍鬼だよ、食屍鬼。」
「なっ···」
その個体はウォリック博士が造った者ではないが末尾No.39と若く
名をデザートローズという。組織を持つとは···食屍鬼の概念が崩れた。
「そいつの一族が組織上層部を占めてるから青肌ばかりらしいぜ。」
「玫瑰でそんな特徴聞いていなかったが···いや、待てよ。
飛び級とか言っていたな、人間でありながら認められたと?」
「とんでもねえやべー奴だって判ってきたかい?
人間だけどその敏腕っぷりは人外並、メンタルは異形ってとこかな···」
酒も頼まずに話し込むイチゴを見兼ねて店員が割って入ってきた。
顔の無い店員だが、何処からか聴こえる声には怒気がある。
高いが、盃一杯で済む物を頼んで追い払った。
「人身売買が稼業···玫瑰は有能な誘拐魔、気に入られる理由はそこか?」
「ん〜、ちょっと違うと思うぜ。
気に入られたいから有能な誘拐魔になったんじゃね?」
「根拠はあるのか?」
「組長に心酔してんだよ。美形らしいし抱かれたかもなあ。」
「うん?女、か···?」
「まだ頭固いなあんた、それはさておき一筋縄で行かねぇのは伝わったか?
俺も忙しくてな、判ってるのはここまでだ。」
「十分だ、かなり深堀りできた。」
注文した酒が来た所で乾杯。
「ところで、あんたなんて名前だっけ。俺はサファイア。」
「······」
「な、なんだ?名乗る名は無いってか?盃交わしておいて」
なんとなく、他の者にイチゴと呼ばせたくなかった。
「···ああ、名といえばビクスバイトという名に心当たりはないか?」
「誤魔化しやがった···まあいいか。知ってるも何も俺が敬愛してる大先輩だ。
それこそなんであんたが知ってんだ?」
「チンピラにその人と間違えられたからには
食屍鬼とは思っていたがやはり···」
「裏社会にふらりと現れては不届き物を蹴散らす流離い人さ。
あの人の剣は時に大物も断つ。燻し銀だよ。」
「俺は剣は使っていないぞ···」
「俺もだよ。俺の武器(異能)は…おっと今は伏せておくか。」
「誤魔化したな、まあいいか。これで御愛顧だ。」
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